36 勝敗の分かれ目

 雷光と分解。二種の魔法がぶつかる。

 

 試作一号機が雷光に焼き尽くされるか。

 ヴィンラードが欠片も残さず分解されるか。

 

 それぞれが相手の末路を予測していた。だが現実はそれを裏切る。

 

「むう!」

「くそっ!」


 ヘズンは予想外の光景に驚きの声を。カルロスは瞬時に何故そうなったのかを理解して悪態を吐いた。

 

 試作一号機の分解の魔法剣は確かに威力を発揮している。相手の雷光を、次々と無害な魔力へと変換している。――が、それだけだった。そこから先、相手の大鎌を砕くところまで行かない。

 理由は非常にシンプルだ。分解した側から雷光が補充されている。それはどこまでも無情な、魔力出力の差。

 

 試作一号機が許される全力を込めても、ヴィンラードの平常運転出力に劣る。それは互いの魔法に使用している魔力量にも関わってくる。

 だがそのお蔭で試作一号機が雷によって焼き尽くされることも無い。結果として長剣と大鎌の接触点に激しい閃光が発せられている以外は再度の鍔迫り合いに持ち込んでいた。

 

 ヘズンはその光景を見て思う。恐ろしい事だと。相手の魔法がどんなものか、彼には分かっていなかった。それでも今己の乗機であるヴィンラードの機法に対抗しているのは事実。

 こんな物が量産されていたら、アルバトロス帝国のログニス侵攻計画は全て白紙にせざるを得なかっただろう。それをこのタイミングで阻止できた。まずはその事を喜ぶべきだった。

 

 そしてそれ以上に。

 

 この相手は危険だと理解した。一人拉致したクレア・ウィンバーニには魔導機士量産以外の使い道がある。だが万が一にもログニスにこの技術を残してはいけない。それはどんな事に置いても優先すべき事柄だった。

 

 大鎌から放たれる紫電の量が増す。カルロスは己の身体へかかる負荷も無視して分解の魔法に魔力を注ぎ込む。魔導炉は限界を超えた運転を続けている。機器の冷却に使用していた魔法道具への魔力をカットしたため、あちこちが発熱を始めた。

 そこまでしても、まだ届かない。紫電の全てを消し去る事が出来ない。

 

 ヘズンの側でもまだ向こうが抵抗している事に気付き、更に魔力を注ごうとする。ヴィンラードの魔力にはまだまだ余裕があった。

 だがそれよりも先に破局は訪れた。

 

 鳴り響く雷撃の音よりも遥かに小さな音。それは日常であっても聞き逃してしまいそうな微かな音。

 長剣に、亀裂の入った音。

 

 魔法剣と言う物は魔法を宿らせる物体の格が持続時間を決める。

 特別な金属を使っている訳でもない。ただの鋼鉄の長剣では、僅かな時間しか分解の魔法剣を維持できなかった。

 

 皮肉なことに、勝敗を分かったのは魔導機士では無く、武器の差だった。

 

 罅が広がっていく。魔法を留めていく事が出来ず、分解の力が消える。

 

 蘇った雷光に粉々に砕かれ――。

 

「ああああああっ!」


 喪失感にカルロスは絶叫する。自発的な切り離しも間に合わなかった。己の身体感覚を同調させた状態で大鎌に右腕を切り落とされた。決死の飛び込みで辛うじて胴体を引き裂かれることは避けたが主兵装である長剣を失った以上、勝ち目など無い。

 

 それでも、まだあきらめない。倒れかけの機体の脚部に喝を入れる。右腕を失い、そこから水銀を血液の様に垂れ流す。バランスを崩した試作一号機はそれでも起き上がり、盾を前面に押し立てて突撃する。十分な強度と質量を持ったタックル。当たればまだ流れを取り戻せる。かもしれない。そんな希望に縋った行動はしかし。

 

 切り返された大鎌で盾諸共断ち切られた。左肘から下が一緒に持っていかれる。今度は辛うじて同調の解除が間に合った。紫電で水銀が蒸発する。

 

 諦めない。カルロスは機体の両腕を失っても尚、機体を動かす。

 残った魔力を全て込めて、足の爪先を媒介として分解の魔法を発動させる。

 

 咄嗟にガードしたヴィンラードの大鎌。その柄を破壊する事には成功した。

 だがそこまでだった。分解の魔法はそこで打ち止め。ヴィンラードの腹部に突き刺さった時には既にその効力は無く。単純な強度に負けて爪先が潰れた。

 分かたれた柄の鎖分銅が試作一号機の蹴り足に巻き付く。膝関節に雷光を叩き込まれて膝から下が地面に落ちる。更に翻って石突で機体の腹部を突かれる。その奥にある魔導炉に大きな亀裂が入った。生成されていた魔力が漏れ出す。

 片足だけとなった試作一号機はその衝撃に耐える事が出来ずに転倒した。辛うじて出来たのは倒れる時に背中を上にして脱出の可能性を残す事だけ。

 

 だがそれとてどれ程意味のある事か。

 魔導機士を前にして生身の人間が対抗できる事など無い。

 

 ヘズンは倒れ伏した眼前の魔導機士から操縦者が這い出てくるのを見ていた。

 

「……若いな」


 ヘズンの目からはまだ学生の様に見えた。アルバトロスとの繋がりを最小限にしていた彼らは第三十二工房の人員の内訳を知らない。中心人物とククルスカノラス――アリッサから報告のあったクレア・ウィンバーニしか名を知っている者はいない。

 

 僅かに逡巡した後、ヘズンはヴィンラードに駐機姿勢を取らせて自身を機外に晒す。片手に起動器である短剣を携えて、ゆっくりとカルロスの方へと歩いて行った。


「名を聞こう」


 その姿に、カルロスは手にした長剣を振りかぶって襲い掛かる。利き手とは逆の左手で振るう剣は如何にも頼りない。腰に下げていた魔導炉は既に魔力を精製済みだ。魔力行使の限界まで使い続ける覚悟だった。

 まだ諦めない。白兵戦で相手を制圧し、ヴィンラードを奪えれば可能性はあった。

 

 決死の攻撃は、空を切った。

 

「残念だ」


 ヘズンの溜息の様なその言葉と同時。カルロスの胸部を襲う激痛。恐る恐る視線を下に向けると、心臓の真上から短剣が生えていた。致命傷。

 口の端から血を溢しながら、一歩後ずさって倒れる。短剣が抜けたことで出血が酷くなる。

 

「……残念だ」


 もう一度そう言って。ヘズンはヴィンラードの中に戻る。起動器に付着した血を布で拭って捨てる。

 

 その後、周囲に散らばった残骸を纏めて、テグス湖へと投げ入れる。少しでも発見を遅らせるためだ。胴体部分に新技術が集中している事を考慮して、試作一号機の胴体だけはヴィンラードが担いで行った。

 

 そして最後にカルロスをちらりと見やる。再度の逡巡。彼はアルバトロスに忠誠を誓う身だった。故に、ログニスは敵である。それでも最後まで諦めずに戦った相手の死体を貶めるような事をするのは気が進まなかったが、ここに死体があってはどこに向かったか推測されかねない。

 ヴィンラードでカルロスの身体を掴み、下手投げでテグス湖へと放り投げた。その身体が沈んでいくのを見て、ヘズンは己の部下が奪った機体と、馬車を追うべく機体を走らせた。

 

 ――ヘズンの予想に反して、カルロスにはまだ息があった。

 

 テグス湖の中に放り込まれて、肺に残っていた空気が吐き出される。

 

「先輩!」


 どこか遠くから。誰かの声が聞こえた気がした。極限状態が見せた幻聴かもしれない。

 

 心臓を潰されて失血で死ぬか。

 酸欠で死ぬか。

 

 その二択を強いられている中、朦朧とした意識でカルロスは己の中から何かが流れ出していくのを感じていた。

 

 血液ではない。

 酸素ではない。

 

 何だろうか、これはと思ったら無意識に解法で解析していた。

 

(ああ、これは。これが……)


 それの正体に気付いた。その構造を理解した。そこでカルロスの意識は薄れていく。

 

 湖の底へと沈んでいくカルロスを――赤い二つの光が迎えた。

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