34 対古式
人龍大戦と呼ばれる大戦争。人族と龍族が己の命運を賭けて戦った生存競争の極致。
その戦いには全部で三百を超える魔導機士が投入されたという。その内現代まで残っているのは半分にも満たない。一説によると人龍大戦と呼ばれる戦いは一世代では終わらず、五十年近くも続いたとされる。数少ない記録から少なくとも十年は戦っていたことは確実だった。
それだけ激しく長きに渡る戦いで多くの魔導機士が倒れて行く中、数多くの龍を屠り、現代に伝わるまでの大戦果を挙げた機体。
魔導機士ヴィンラード。
御伽噺の中にいた存在が今目の前に敵としている。
「お前たちは先に行け。資料と機体は確実に持ち帰れ」
馬車と試作二号機を守る様に立つヴィンラードを抜き去りたいカルロスだったが、その隙が見当たらない。
ヴィンラードの得物は長柄の大鎌。試作一号機の長剣よりも長いリーチは脇を抜けようとした瞬間に捉えられるだろう。
緊張で口の中が乾いて行く。
戦力差で言うのならば。恐らくは地竜と戦った時以上。
新式の魔導機士は十分な物に仕上がったという自負がカルロスにはある。だが、それは古式の魔導機士と一対一で戦えるという事にはならない。
「さて……折角だ。どれだけの性能の物を作ったのか。一つ実地で試してみようではないか」
ヴィンラードが柄を軽く捻った。その動きで抑え込んでいた長剣が弾かれる。自由になった大鎌が振るわれた。遠心力の乗った一撃はまともに受けては盾諸共断ち切られる。大きくバックステップをして恐るべき暴風圏から逃れる。
逃れたはずだった。
全く予想もしていなかったタイミングで未だ宙にある機体を衝撃が襲う。姿勢を崩して背中から地面に倒れる。
一体何が、と困惑するカルロスの事など一切頓着せずに大鎌が振り下ろされた。その一撃をカルロスは試作一号機を地面に転がすことで回避する。更に一回転した後、背部駆動系の力だけで上半身を跳ね上げる。それに合わせて脚部も地面を蹴る。腕を使うことなく起き上がる試作一号機はその勢いのまま突きを繰り出した。
が、再びの衝撃。重い一撃を受けて試作一号機はまた姿勢を崩しかけるが、今度は倒れない。地面に足を着いた状態ならばチェーン式の駆動系はしっかりと機体を支えてくれる。一歩後ずさりながらも盾と剣を構える。
「ふむ、中々良い反応だ。動きも悪くない」
ヴィンラードの操縦者の反応は余裕を持った物だった。カルロスの方には今の僅かな攻防だけで息が上がっている。
操縦者はヘズン・ボーラスだったかとカルロスは記憶を探る。生憎と面識のある相手ではない。時間稼ぎをするのならば、会話で探りを入れるが、そんな余裕も無い。
それでもこれだけは聞かないと行けなかった。
「ヘズン・ボーラス……」
「ほう、私の名を知っていたか」
「アンタたちはどこの誰だ」
「知れたことを。ログニス王国の第十三大隊だよ」
もしも、それが心からの真実だとしたら。つまりは――これが国の意思だとしたら。その可能性もあるのだ。他国の手による策略にしては手がかかりすぎていた。魔導機士の乗り手を裏切らせるなど、半年にも満たない準備期間で出来る事ではない。
カルロスの背筋に冷たい物が流れる。もしもそうだとしたらどうすればいいのか。ここで勝ったとして、クレアを取り戻したとして。この国に留まっていていいのだろうか。
真実が分からないカルロスには判断を下せる材料が無い。そんなカルロスの迷いを。
「私をヴィンラードのヘズンと知りながら戦いから意識を逸らすとは随分と甘い」
何時の間にか懐に入り込んできていたヴィンラード。初撃同様に股下から両断しようと振るわれる大鎌がカルロスの迷いごと断ち切ろうとしてくる。
それを半身になって避け、長剣による反撃を――。
「甘いと言っている!」
三度、衝撃。そして今度こそ正体を掴んだ。微かな月明かりに照らされて見えたそれは――分銅。大鎌の柄尻に繋がった細い鎖の先端に付けられた見た目以上に重さのある分銅が試作一号機を襲っていた衝撃の正体だった。
大物の武器を振るう隙をこれで潰しているのだろう。その有用性は言うまでもない。先ほどから何度も行動を妨げられているカルロスが身を持って知っている。
種さえ分かれば対処も出来る。要は二段構えだ。
言葉にするほど簡単ではないが、試作一号機とカルロスにはヴィンラードとヘズンよりも勝っている点が一つある。
一つはカルロスの融法による機体反応速度。それは古式相手でも心強い武器となっていた。
大鎌と分銅の二連撃。それをカルロスは体捌きと、盾で切り抜ける。そして遂に大鎌を振るって隙を晒したヴィンラードに長剣を振るう。懐に入り込んだ。長物ならばここから有効な攻撃は難しい筈だった。
カルロスにとって不運だったのは、大鎌などと言うマイナーな武器との戦闘経験が無かった事だろう。
ヴィンラードが大鎌を引いた。内側に刃の付いている鎌は、懐に入り込んだ試作一号機を背中から襲う。背面装甲は然程厚くない。機体を襲う衝撃にカルロスは苦悶の声を上げる。今の一撃で背部駆動系の幾つかが損傷した。
新式の魔導機士は全身を連動させて斬撃の威力を上げられるように調整している。その動きが妨げられるというのは打撃力の低下を意味する。
流石の歴戦と言うべきか。大鎌がどんな位置にあろうと、ヘズンは自由自在に操って試作一号機に攻撃を与えてくる。刃だけではない。柄頭、石突、鎖分銅。器用に大鎌を回転させ、その遠心力すら攻撃力に変換してくる。
そんな嵐の様な攻撃の最中、半ば強引に機体を前に進める。柄頭での突きが来る前に、振り下ろした長剣。無防備に受ければ機体の頭部を打ち砕く一撃に、初めてヴィンラードが防御した。
ヴィンラードは大鎌の柄でそれを受け止める。柄まで鉄なのかなんかのか分からない金属製の大鎌は鍔迫り合いを成立させた。
第七工房が作り上げた魔導機士を除いて、ログニス王国内の魔導機士は全てストリング式の駆動系だ。速度と瞬間出力に優れたストリング式と、継続出力に優れたチェーン式。それはこうした力比べの場になると明確に出る。
「なるほど……どうやらパワーは、互角か」
差があるとしたら、それは魔導炉自体の差。そして魔力を機体に循環させる機構の差。
水銀循環式魔力伝達系は、従来の白金繊維式魔力伝達系と比較すれば圧倒的に効率が良い。だが、魔力の最大供給量と言う点に関して言えば大きく劣る。と言うよりも、新式の中型魔導炉は古式の魔導炉程の出力が出せないが故にそこまで魔力を供給できなくとも問題が無かったのだ。
そうした諸々を加味すると試作一号機とヴィンラードのパワーはほぼ互角。拮抗状態が作りだされた。
しかしカルロスにとっては拮抗ではダメなのだ。一刻も早くこの戦いを終わらせて追跡に移らないといけない。僅か五分。その時間で陽は完全に沈み、周囲は夜の帳が落ちた。そんな中で試作二号機と一台の馬車を探すのは困難になっていく。まして別行動をされたら、馬車など見つけ出すのは二次関数的に難しくなる。
焦りがあった。
状況を打破したい。だが相手はカルロスよりも経験豊富な乗り手。機体性能も総合的に見れば相手の方が上。
短時間での突破は不可能だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます