20 買い物再び

 第三十二工房よりの簡易報告。

 

 試作一号機による中型魔獣との実戦を交えた三日間の実地試験の全行程を完了。得られた詳細なデータについては別紙参照。

 

 試作一号機によって得られたデータから、従来のコアユニットを使用しない新式の魔導機士は十分な戦闘力を備えている事が証明された。

 現在第三十二工房では量産用に調整した試作二号機の設計に着手。建造計画は先日送付した管理表に従う物とする。

 

 尚、現在第三十二工房は三日間の休暇中。

 

 以上、簡易報告を終了する。

 

 ◆ ◆ ◆

 

「はい、カス。これとこれ。持ってて」

「まだ買うのかクレア……」

「当然よ」


 実地試験が完了し、集まったデータを纏め、次なる試作二号機に取り掛かる前に全員に出した三日間の休暇。その一日をカルロスはクレアと共にエルロンドの街中をめぐる事に費やしていた。

 カルロスの手にはクレアが買った多量の商品が入った袋が下げられている。

 その中身は衣類やアクセサリー……では無く、書籍やら実験道具だったりする辺りが二人らしいと言えば二人らしいか。

 

「倉庫が一度倒壊した時に色々と無くなったのだから入用なのよ」

「オスカー商会で頼めば全部まとめて運んでくれると思うんだが」

「買う物が決まっている時は良いけれども、こうやって見て回らないとより良い物は見つけられないじゃない」

「左様で御座いますか」


 その結果が冷たい風が吹き始める中の荷物持ちをするカルロスである。露天商や店を構えている雑貨屋。そう言った箇所を歩き回ってクレアは自分にとって良い品を探す。意外と足で稼ぐタイプだった。

 

「この試薬と、こっちの薬品。小瓶二つずつ貰えるかしら」

「はーい。ありがとうございまーす」


 愛想よく若い女性の店員が小瓶に薬品を移し替えていく。

 ふと気になってカルロスは聞いて見た。

 

「それ何に使うんだ?」

「香水よ」

「香水い?」


 予想外の回答にカルロスは胡乱げな声を上げた。今の今まで購入した物が悉く実験道具の類だっただけに、急に女性らしいものが出てきて戸惑ったというのもある。

 

「余り取り扱っていないような花の香りとかそう言うのは自作しているのよ」

「意外な特技だな」

「そうでもないわよ。やっている事は普段と一緒だもの」


 態々自作しているくらいだから今も着けているのだろうかと気になったカルロスは鼻を鳴らしてクレアの匂いを嗅ぐ。どこかで嗅いだ覚えのある匂いだと思った瞬間、脛に鋭いローキックが放たれた。言うまでも無く下手人はクレアである。

 

「いきなり何をするのかしらカス……? 不躾にも程があるわよ?」

「いきなり蹴りかます程ですかね!?」

「ダメですよー彼氏さん。幾ら彼女さんが相手でもいきなり匂い嗅いだりしたら」


 タイミングよく、作業を終えた店員が口を挟んできた。彼氏彼女の下りでクレアが少し口角を上げた。


「はい。こちら商品になります」

「ああ、どうも……いや、別に彼氏って訳じゃ――」

「カス。次行くわよ」

「マイペースめ!」

「ありがとうございましたー」


 さっさと次の店へと向かうクレアの背を追ってカルロスは慌てて駆け出す。

 

「せっかちな奴だなもう」

「次に行きたい店があったのよ」

「はいはい、どこまでもお供しますよ……でも俺の腕は物理的にこれ以上荷物を抱えられないぞ」

「大丈夫よ。次は買い物じゃないから。ここよ」


 そう言ってクレアが示したのは行列が出来ている飲食店だった。エルロンドの住人らしき者もいれば、遠方から行商に来ている商人らしき一団も見える。

 

「何だここ。こんな流行ってる店あったか?」

「何言ってるの。少し前に話をした氷菓子の店よ」

「こんな人が並ぶほどになったのかよ」

「ええ、一月先まで予約で一杯よ。他にも色々と美味しい物があるみたいよ。さ、行きましょうか」

「予約してあるのか」

「ええ。勿論」


 その言葉通り、店内に入ってクレアが名前を告げるとスムーズに席に案内された。漸く大量の荷物を腕から降ろすことが出来てカルロスが安堵の息を吐く。

 

「結構きつかった……」

「もうこれ以上買い物をする予定はないから安心していいわよ。良い物を見つけたらその限りではないけれども」

「出来れば見つけないでくれ……」


 そう言いながらカルロスは周囲を見渡す。席数は二十席程度だろうか。その全席が埋め尽くされている。魔法使いが開業した店。その事前知識を元に見てみるとこの規模の店では異常な程魔法道具に溢れている店だった。これだけの数を購入するとしたら莫大な費用が掛かる。そうなるとこんな規模の店では採算が取れないであろう。

 

「全部自作か」


 冬の足音が聞こえ始めた時期だというのに、店内には程よい温度の空気が満ちている。間違いなく魔法道具による物だろう。氷を創法で生み出したのが目玉だったかとカルロスは納得する。温度調整が上手いのだろう。

 

「試作二号機には魔法道具の搭載数を増やす予定だけど魔導炉の出力はどうなんだ?」

「試作二号機に搭載予定の魔導炉にはエーテライト還元の魔法道具と、現在の魔力出力を可視化する計器を取り付ける予定。出力が上がりすぎたら手動で下げる……これが上手く行けば今以上の出力にして不安定になっても持ち直すことが出来るわ」

「高出力で安定性が高いのは」

「現状無理ね」


 それでもこの半年で格段の進歩を遂げているのは間違いない。試作一号機の魔導炉でもここ数十年の壁を突破したばかりだというのに、試作二号機は更にその先を行く。

 

「だけどそこまで行けば試作二号機は遠距離攻撃用の魔法道具を積める様になるな」

「そうね……」


 楽しげなカルロスとは対照的にクレアは表情を曇らせる。

 

「クレア?」


 それに引っ掛かりを覚えたカルロスは彼女の名前を呼ぶと、小さく首を横に振った。

 

「いえ。多分私の考え過ぎね」

「お前の考えって大概当たってるんだよな……気になるから言ってくれよ」

「分からないのだけれども、漠然とした不安があるのよ。本当にこれで良いのかって」

「不安、か……」


 そう言われてカルロスは自分自身を顧みるが不安を感じる要素など思い当らなかった。努めて楽観的な笑みを浮かべた。

 

「上手く行き過ぎていて怖い、って思う事はあるな」

「ふふ、そうね」


 そこでクレアは笑みを浮かべた。

 

「魔導機士の製造技術の再興。私たちの夢まであと一歩ね」

「まさかこんなに早く形になるとは思わなかったけどな」


 運が良かった。カルロスはそう思う。様々な幸運に恵まれた結果、ここに魔導機士と言う一つの形を成した。

 

「ああ。確かに……」


 幸運。そんな運命に翻弄されている様な感覚。自分ではどうしようもない物が関与しているというのは確かに不安にさせられる物だとカルロスはクレアの心情を理解した。

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