19 実戦試験
今日の結果が全てを決めるとケビンは理解していた。
ケビンが将来治める事になるクローネン領は他領と比べると森林地帯が多い。必然人の手が入りにくい個所と言うのは出てきて、魔力だまりの発見の遅れから魔獣の群れが発生することは頻繁にあった。
小型魔獣ならば極論武装した農民でも撃退できる。
だが中型魔獣となると領軍の出動が必要だった。
その度に領民が傷付いて死んでいく。
死んでいった者には親が居て、子が居て、家族がいる。そこから一人欠けさせてしまうのはケビンにとって耐えがたい苦痛だ。
情を切り離して考えても兵士となるのは働き盛りとなる若い男だ。単純な労働力が失われるのも痛い。
もしもこの魔導機士が量産されたら。
これまでの様に国境や大都市と言った限定的な配置にはならないだろう。国土に広く配置されることが予測できた。
この二日間の試験でこの機体がケビンが期待している以上の性能を秘めている事が確認できた。後は実績を作るだけだ。
中型魔獣の群れ。単独で対処できる物があれば領民の犠牲をどれだけ減らせることだろうか。
領の安定。そこに民の事を優先して考えられるケビンは貴族としては稀有な部類だと言える。
「ケビン。十一時の方向にデュアルホーングリズリーが三頭。見えるか?」
「確認した」
魔導機士である試作一号機の方が背は高い。感覚器たるエーテライトも人間の目よりも良く見える。本来ならば試作一号機の方が早く見つけられるはずなのだが、木々によって視線を遮られる今はそうも行かない。
そこで役立つのが解法と射法の適性を持つ斥候兵の存在だった。
エルロンド守備隊の一人である彼は射法で飛ばした解析の魔法で一定距離に存在する物体を把握している。その中に動体魔力反応があればそれは即ち魔獣だ。
ベテランならばその動き、魔力の感じから魔獣の種別や大きさまで判別できる。特にこの斥候兵は腕がいいのだろう。迷宮探索でも大層活躍したと自慢していた。
木々の密度が薄まって僅かに視界が開けたところで。
四足歩行で辺りを伺っていたデュアルホーングリズリーが試作一号機を捉えた。両足で立ち上がって威嚇するように両手を広げる。聞く者の肝を冷やさせる咆哮も装甲に阻まれているのでそれほどではない。
元々中型魔獣としては大きな体躯を持っているデュアルホーングリズリーだが、二足歩行になるとその大きさが際立つ。大凡五メートル程だろうか。試作一号機の腰辺りまでの高さがある。
全身を筋肉で覆って、頑強な毛皮に包まれた大熊は生身で相手をするのは相当にキツイ相手だ。完全装備の盾持ちが数人で相手の攻撃を受け止めて、後方からの魔法攻撃で仕留めるのが定石。
それでも両腕から生えた角は頑強且つ鋭利。受け方を間違えると盾諸共鎧を貫通してくる。サイズ的な関係から中型魔獣だが、大型魔獣とは違い群れを組みやすい。その際の脅威度は大型魔獣にも匹敵する。
先日、クローネン領で発生した魔獣の群れもこれの亜種だ。一頭に二人も貫かれた。その内の一人は子供が生まれたばかりだという話を聞いていただけにケビンの中で苦い物が残った。今もそれは飲み下せたとは言えない。
掴みかかろうとするデュアルホーングリズリーに、ケビンは蹴りあげる足を合わせた。斜め下から襲う強烈な爪先蹴りがデュアルホーングリズリーを数センチ浮かせる。深々と横腹に爪先が食い込み、デュアルホーングリズリーが苦悶の声を上げた。
試作一号機が鞘から長剣を抜刀する。まだ宙にいるデュアルホーングリズリーへと一閃。脳天から股下まで一刀で切り伏せる。
一頭を仕留めた。だがまだ二頭いる。群れの一角が欠けたことにデュアルホーングリズリーが涎をだらしながら試作一号機に突撃してくる。四足歩行でのタックル。足元への攻撃は僅かに上体をグラつかせた。だがそれだけだ。
カルロスの念入りな魔法道具の調整により、ちょっとやそっとでは試作一号機はバランスを崩さない。何よりも動作の安定性を優先した作りになっていた。返す刃でデュアルホーングリズリーが横一文字に切り裂かれる。血飛沫を上げて崩れ落ちる一頭を尻目に、ケビンは残る一頭に向き直る。
最後の一頭は両腕に携えた角で殴り掛かってきた。丁度腰の辺りを狙った攻撃にケビンは慌てることなく盾を合わせる。
普段の盾の使い方と同じだ。インパクトの瞬間に盾を前に押し出すことで相手の体勢を崩す。
魔導機士の膂力でそれをやると最早壁がぶつかって来たに等しい衝撃だ。デュアルホーングリズリーは殴り掛かった角を欠けさせながら後方へ吹き飛んでいく。止めとばかりに長剣を一振り。返ってきた妙な響きにケビンは顔を顰めた。
「失敗したな……」
見れば刀身が一部刃こぼれしていた。最も頑丈な部位である角を斬ろうとした結果だった。
「三頭を一蹴か。凄まじいな」
間違いなく、これがあればログニスの魔獣被害は激減するとケビンは確信する。まだ発展途上という事だが、技術的な事はケビンにはよく分からない。だが武力の事ならば分かる。
この新式の魔導機士はこれまでの兵器から大きく逸脱した武力だ。古式の魔導機士には劣るが量産性でそんな物は幾らでもカバーできる。
「カルロスはこれをどうするつもりなのだろうな……」
対魔獣兵器で終わるはずがない。カルロスがそれを望んでも周囲がそうはさせないだろう。イーサと同じ結論に達したケビンは僅かに機体を動かして投影画面にカルロスの姿を収める。
「ケビン、戦闘を終えたんだが調子はどうだ? 続けられるか?」
足元のカルロスがそう問いかけてくる。僅かにケビンは笑みを浮かべて答えた。
「何を言っているカルロス。こんな物あの日の防衛線に比べれば動いたうちに入らん」
違いないと笑い、カルロスは東側を指差す。
「東にシードシューターが群生しているらしい。伐採しに行くぞ」
「珍しい魔獣だな」
厳密には、周囲に超高速で種を打ち出す様になった花だ。種と言って侮る事は出来ない。人間程度ならば余裕で穴が空く。
不幸中の幸いと言うべきは撃ちだされた種自体は魔獣化する前の植物の物でシードシューターが繁殖する訳ではない。動物型の魔獣の場合は雌雄で子を成すのだから不思議な所だ。
「シードシューターの花弁は高く売れるからな」
「酒に漬けると美味いんだよあれ! 俺も取ってきていいか?」
酒好きのガランがそう言うがカルロスは首を横に振った。
「俺は穴だらけになったお前を見たくはない」
「くっ……そうだったな」
本気で悔しそうなガランにケビンは呼びかけた。シードシューターは近付けば過敏とも言える反応で、種を撃ちだす。果たしてこれまでに迂闊に近づいて骸に変えられた者がいるのか。
「まあ今度の打ち上げ分くらいは確保するようにしよう」
「頼むぜたいちょ!」
カルロスは貴族としては異常な程無邪気に魔導機士を作るという事業に取り組んでいる。そこには名誉欲も金銭欲も無い。強いて欲を挙げるならば、その功績を持って何かを願い出る事くらいだろうか。
機体を巡らせてケビンは思う。そんな彼が現実に押しつぶされてしまわないように支えてやりたいと。
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