18 試験三日目開始前

 二日目の試験は取り立てて特筆すべき点の無い内容だった。

 

 的が追加された物の、概ね初日と同じ試験。こなすべき項目が明確で慣れが出てきた分、作業量自体は増えても進行はスムーズだった。

 

 二日目では新式の魔導機士に十分な――現状古式と比較すると魔法を攻撃に転用できない分、遠距離攻撃に劣るが近接戦闘能力に置いては遜色ない――攻撃力がある事が証明された。不意打ちの攻撃にも対応出来、歩兵程度の攻撃ならばたいした損傷にならない事も確認済みだ。

 

 尚、その試験担当の魔法使いが試験の度を越えた全力攻撃を行い、挙句に予定されていない合体魔法まで使用した事で防御力に関してはかなり貴重なデータを取れていた。特に最後の合体魔法はある意味でこれまでの常識を覆す――対魔導機士用の魔法とも呼べる物を生み出していた事から試験担当の魔法使いの非才さが見える結果となった。

 

 だがそれはそれこれはこれ。

 

 試験担当の二人は三日目の試験参加は自粛となった。工房の片隅で正座をしながら「私はムキになって全力攻撃をした愚か者です」という札を首から下げる羽目になっていた。

 

 そして三日目が始まる。

 

「目標はヤザンの森深部にいる中型魔獣の群れだ。今回の試験は正直、技師中心の計測班では危険すぎるから同行者がいる」


 カルロスはあらかじめ伝えておいた今日の予定を再度確認する。

 

「先日迷宮に突入したエルロンド守備隊の方たちだ。今回彼らには計測班の護衛として次の位置に配置して貰う事になっている」


 中型魔獣の群れが位置すると思われる森の深部。その各地に配置された計測班と護衛達。周囲から間接的な観測が主となるだろう。

 

「今日の試験が完了したら試作二号機の製造に取り掛かる事になる。恐らく、試作一号機での試験結果は今後幾度となく比較対象として使われることになるだろう。データは少しでも多い方が良い。危険な仕事になるがなるべく少しでも詳細な記録を取る様に心がけてくれ」


 カルロスがそう言うと長老が言葉を引き継いだ。

 

「我々が夢見て、一度は諦めた物が形になりつつあります。今更いうまでもありませんが、どんな作品も最後の仕上げをしくじればそこに価値はありません。気を抜かずにより良きものを仕上げましょう」

「各計測班は移動開始。予定通りに試験を開始する」


 その言葉と同時、大半が走り出す。

 

「んじゃ、ケビン。今日も頼んだぜ」

「……それは良いんだが、カルロスお前は乗らなくていいのか?」

「まあ、正直に言うと乗りたいんだが……完全制御の癖が抜けなくてなあ」


 あれでは新式の魔導機士の試験と言う趣旨からは外れてしまう。良くも悪くも通常から外れた動きをするカルロスの操る試作一号機のデータを今後使う訳にもいかない。

 

「しかも相変わらずあれやるとしばらく腕が動かせなくなるし」

「……そうか」


 乗りたくても乗れないという悲しみがカルロスの背中を煤けさせていた。ケビンはどう慰めていいか分からず当たり障りのない回答に留めた。

 

「大丈夫です先輩! もしそうなったらまた私が一緒に治しますから!」


 アリッサが勢い込んで気合いを入れる。彼女の言うとおり、アリッサの融法で乱れきったカルロスの身体感覚を戻すことが可能なのだ。より正確には魔導機士側に寄っている感覚を人間側に寄せ戻すというべきか。

 こっそり、一度乗って悶えていたカルロスを助けたのもアリッサだった。その治療方法と言うのがなるべく薄着で抱き着くという物だったためクレアの一声で今後は禁止となったのだがアリッサはやる気の様だった。カルラが、

 

「女の子がそんな恰好で抱き着いちゃ駄目だよぉ……」


 と言うと、曇りなき瞳で。

 

「? どうしてですか?」


 と聞き返してきたためカルラが真っ赤になって倒れそうになるという一幕もあったが今は余談だ。

 

「その内専用機とか作りたいな……金ならあるし」

「また増えたのかよお前」


 カルロスの健全とは言えない笑みにトーマスが突っ込んだ。

 リレー式魔法道具の特許料は最早並みの商家を超える額になっている。それらをカルロスはオスカー商会に殆ど預けていた。手元で置くには莫大過ぎる金額だった上に使い切る事もそうはない。主な使用先がオスカー商会という事もあっての結論だ。ある意味オスカー商会に貸している様な状態だった。

 

「おっと、そんな事を言ってもいいのかなトーマス? 試験が全てとどおこりなく終わった暁には宴会がある。その費用が全て俺持ちだったとしても……?」

「一生ついて行くぜカルロス! 綺麗なお姉さんがいる店にしてくれよな!」

「いや、それは無理だ。俺がクレアに殺される」

「金持っててもダメなんだな……」


 悲しそうな目でトーマスが見つめてきてカルロスは目を逸らした。

 

「まあ、俺は行くぞ」

「期待してる」


 親指を立ててケビンが試作一号機に乗り込む。背中側のハッチがスライドし、大きく横一文字に避けた。その隙間から身体を潜り込ませていった。

 

 魔導炉にエーテライトが投入される。生成された魔力が水銀を媒介として魔導機士の全身に行き渡る。

 

「試作一号機1番出入口から出すぞ。注意してくれ」


 拡声の魔法道具で試作一号機が動き出すことを工房内の人間に注意する。うっかり踏みつぶしたらそこには赤い染みしか残らない。言われるまでも無く全員が慌てて通路付近から離れる。

 

「さて、俺たちは馬に乗って試作一号機と並走だ。危ないから気を付けろよ」

「それはこっちのセリフだって。カルロス騎乗訓練受けてないじゃんかよ……」

「なあホントにだいじょぶか? 無理しないで他の計測班と一緒の方が良いんじゃ」


 魔導科に乗馬の訓練は無い。トーマスもガランもそれを心配していた。それに対してカルロスは胸を張って答えた。

 

「大丈夫だ。実家で散々乗り回したしな。それに学院に入る前に王都の成人前の子供の大会だが入賞した事もある」

「本当かよ」

「意外な特技だな」


 すっかり乗る機会が無かったが、今でもその腕は健在だ。馬の扱いは任せろと豪語するカルロスに、二人は一応安心した表情を浮かべた。対して不満そうなのはアリッサだ。

 

「何で私はお留守番なんですか」

「危ないからな」

「他の人はみんな行ってるのに!」

「まあクレアとかだって最低限の戦闘訓練は受けているからな。アリッサはまだ入学したばかりで全然だろう。ただでさえこっちに時間割いてて授業サボってるのに」


 う、とアリッサが怯んだ。様々な授業で後何コマは休めると計算している姿を見られ、実際に工房に入り浸っているのがバレバレなのだ。授業は最低限しか出ていないことは分かりきっていた。

 

「こういう試験に参加したかったらちゃんと授業も受けて自分の身は自分で守れるようになるように」

「はーい……」


 渋々頷いたアリッサの表情がどことなく不満げな顔をしていたクレアに似ていてカルロスは笑った。

 

「んじゃ行ってくる。土産話期待しておけよ」

「絶対ですよ! まず私に聞かせて下さいね?」

「はいはい」


 安請け合いしたカルロスにトーマスとガランが胡乱げな瞳を向ける。またクレアが不機嫌になるなと予測しながらも口には出さない。

 

 何しろ馬に乗っているのだ。蹴られる様な真似をするのは避けたかった。

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