21 プレゼント選び

「ふむ……」


 クレアとの買い物を終えた翌日。

 カルロスは今度は一人でエルロンドの雑貨店を巡っていた。

 

「……駄目だ。何を買えばいいのか分からん。イーサ義兄さんに聞いておけば良かったか」


 軽く舌打ちしながら己の審査眼の無さを嘆く。今カルロスが選んでいたのはハンカチ――迷宮事変の際に血まみれにしてしまったクレアの代わりのハンカチを探していた。

 

 一緒に買いに行くという話だったのだが、クレアが突然に「やっぱりカスのセンスを見てみたいわね」と非常に難易度の高い事を言い出したためにこうして朝から彷徨っているのだ。

 

 とは言え、カルロスの場合己の持ち物は実用性一辺倒だ。使えればいいという考えの元、適当な布地を手ぬぐいとして使っている様な男だった。貴族として活動する際にはそれなりの品質の物を持ち歩くが、それとて人任せ。

 

 つまるところ贈り物のセンスが皆無だった。オスカー商会を利用するのも考えたが、それではクレアに見つかる恐れがある。あくまでサプライズにしたいのだ。

 

「どうしたものか……」


 最早諦めて店員に聞くべきだろうか。その場合は一体誰に送るのかを言う必要がある。それが恥ずかしくて躊躇しているがそうも言っていられないかと足を踏み出そうとしたところで、カルロスの視線が店外のとある一点を捉えた。

 

「あれは……アリッサか?」


 裏路地に通じる小路の手前で、アリッサらしき人物と見知らぬ男が言い争っている様な光景が飛び込んで来た。手に取って選んでいた商品を棚に戻してカルロスは店を出る。

 

 少し離れた位置からカルロスは声を張り上げた。

 

「アリッサ!」

「っ! 先輩……」


 何かに怯えたように肩を震わせて、アリッサが振り向いた。そこには不安げな表情が浮かんでいる。対照的に向かい合っていた男の方は拙い事になったという表情を隠しもしない。

 

「おい、そこの――」

「先輩、助けて下さい!」


 男を呼び止めようとしたタイミングでアリッサが体当たりする様にカルロスに抱き着いてきた。しっかりと腰に手を回されてしまってカルロスは前に出る事が出来ない。振りほどく訳にもいかずあたふたしていると、その隙に男は小路に入り込んで姿を隠してしまった。こうなっては追いかけるどころではなかった。

 

「アリッサ大丈夫か?」

「ご、ごめんなさい先輩。でも私怖くて……」


 それはそうだろうとカルロスは思う。相手の男はカルロスから見てもちょっと厳めしい感じだった。言い争っていた様に見えたが、実際は一方的に詰め寄られていたのだろうか。

 

「何があったんだ?」

「えっと……あ、ちょっとぶつかってしまったらあの人が怒鳴りだして……」

「それは災難だったな……」


 露店なども並んでいるこの通りは人通りが多い。慣れていても人とぶつからずに歩くのは大変なのに、まだ入学したばかりのアリッサではまずカルマの村では見なかったような人混みで圧倒されてしまうだろう。そんな中偶々怒鳴りつけるような短気なタイプとぶつかってしまった。不運である。

 

「さっきの男が戻ってくるかもしれないからしばらく一人にならない方が良いな」


 流石に追いかけまわしてまで来るとは思えないが、万が一という事もあり得る。

 

「取り敢えず送っていくから今日は――」


 帰った方が良いと言いかけたところで、アリッサが身体から離れた。

 

「でも、先輩も何か買い物中だったんじゃ?」

「あー。まあそうなんだが、情けない話選べなくてな……」

「選ぶ、ですか。何を?」

「……ハンカチ」


 アリッサの瞳に疑問の色が浮かんでいる。ハンカチを選べないというのはどういう事だろうかと無言での問い掛け。その内に彼女は自分で答えを見つけ出したようだ。

 

「分かりました。自分で使う用じゃなくて誰かに贈る用ですね!」

「うん、まあ……」

「ウィンバーニ先輩ですか?」

「よく分かったな」

「カルロス先輩が長々と悩んで贈ろうとする相手なんて一人しかいませんし」


 後輩にまで見透かされていて、カルロスは少し恥ずかしかった。

 アリッサがしばし考え込む表情を作った後、小さな胸を拳で叩いた。

 

「分かりました。先輩。私が選ぶのを手伝ってあげましょう」

「いや。お前は帰った方が……」

「先輩と一緒なら安全だと思いますし!」


 押し切られた。相変わらずカルロスは後輩に弱かった。

 

 流石と言うべきか。アリッサは幾つかの候補を見つけ出してしまった。カルロスから普段のクレアが使用している物を聞きだし、大凡の好みをカルロスにも分かるように説明する。アリッサ曰く、意外と少女趣味らしい。

 そうしてアリッサが用意してくれた五択の中からカルロスが一つを選んで決めた。

 

「プレゼントの最後は本人が選ばないとダメですからね!」

「確かに」


 一から十まで一人で選ぶことが理想だったが、そうするよりも遥かに良い物を選べたとカルロスは思う。やはりどうせ送るなら喜んでもらいたいものだ。

 そんな事を考えながら歩いていたら隣からアリッサが消えたことに気が付いた。慌てて周囲を見渡すと、露店の一つに並べられていた商品に視線が釘付けになっている様だった。

 鉱物を削った物だろうか。魔法などは一切使っていない手作業の様だった。

 

 アリッサの視線を追うとその中の一つ。籠に入った小鳥を象ったペンダントに目を奪われていた。値札を確認する。家から離れて一人で生活している身には少々厳しい金額だった。

 

「すみません、これください」

「え……」

「はい、ありがとうございます!」


 アリッサの困惑の声を被せる様に、店員が笑顔で値段を告げてくる。どうせリレー式魔法道具のお蔭で金は余っていると開き直ったカルロスは受け取ったペンダントをそのままアリッサに手渡す。

 

「今日のお礼」

「えええ。貰えませんよ。こんな高価な物……」


 確かに、村民の物価からすれば高級品だろうが、カルロスからすればそうでもない。それに、今日のアリッサの働きはカルロスにとってはそれだけの価値がある。

 

「今日は正直凄く助けられたんだ。だからアリッサはそれだけの価値のある仕事をしたと思う」

「でも……」

「はっはは。いまどき珍しい奥ゆかしい嬢ちゃんだな」


 尚も固辞しようとしていたアリッサを見て店員が歯を見せて笑った。

 

「だけど男が渡したプレゼントを突き返されちまったら相手の面子が丸つぶれになっちまう。ここは素直に受け取っておくのが良い女ってもんだぜ」


 その言葉に本当ですか、と無言で問いかけられてカルロスは頷いた。

 そうするとアリッサは唇を一文字に引き結んで、まるで泣くのを堪えている様な表情をした。

 

「あり、ありがとうございます。先輩。大事にします」


 両手で包み込んで、絶対に離さないという姿勢のアリッサを見ればカルロスも嬉しい気持ちになる。ここまで喜んでもらえれば贈った甲斐があった。

 クレアもこれくらい喜んでくれるといいんだけどな、と思いながらカルロスはアリッサを学院の寮に送り届けるのだった。

 

「今日はありがとうございました。先輩! また明日!」

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