11 起動実験

「私が作ってもこの部品一つ作るのに半日かかるのよ? これだけの精度で作れる人がいたなんて……」


 道すがら、クレアは興奮気味に何度も凄い凄いと褒めちぎっていた。カルロスは何となくクレアが根本的な所で勘違いをしていると気付き始めていたが、面白いので放置する。

 クレアの中で、このような細かく複雑な部品は魔法で創り出すという常識があったのだろう。それは正しい。

 

 ただ、今回集まった者の中に魔法を超えるような技術の持ち主が二人もいたというだけの事だ。

 

 その後、手作業で作ったと聞かされた時のクレアの表情は非常にカルロスにとって楽しい物だった。表面上は褒めながらも内心羞恥に塗れていたクレアの姿と言うのはレア過ぎる物だったのだ。

 楽しんでいる事に気付いたクレアの報復は照れ隠しにぺしぺしと軽い音を立てながらカルロスの背中を幾度と叩く物だったが、その程度でカルロスが痛がるはずもない。

 

 二人は気付いていない。第三十二工房の面々からはそう言った一幕を見られるたびに

 

「……また工房長と副工房長がいちゃいちゃしてる」


 と思われている事を。

 

 そんな光景が日常になりつつ、更に一週間が過ぎた。

 

「……出来たわ。魔導機士用実験型中型魔導炉」


 クレアが誇らしげにそう告げる。特に細かな部品を手伝っていた二人と手を打ち合わせて互いの技術を褒め称えていた。

 カルロスとしても感慨深い。一年間、これを目指して何度も爆発させてきたのだ。爆発が主目的では無かったがそれを商品化したりと苦難の歴史があった。

 

「よし。それじゃあ予定通りに試作一号機に取り付けてくれ。取り付け完了次第、稼働試験を始めよう!」


 カルロスの号令で技師たちが散らばる。横に寝かせられた状態の魔導機士。その腹部に空いたスペースに魔導炉を慎重に設置していく。既に図面は共有されていた。予想外の事態は殆ど無く、魔導炉が取り付けられた。

 

「水銀循環式魔導伝達路との接続試験するぞ。きいつけろ!」


 技師の一人が声を張り上げた。クレアの提案した水銀を触媒とした機体への魔力供給のシステムは最終的に水銀循環式魔導伝達路と名付けられた。これまでの魔導機士とは段違いの魔力効率を誇るこの動力系こそが第三十二工房で作る魔導機士の根幹とも言える。

 既存の魔導機士の動力系部品の流用が不可能だったため、全て特注品となり費用が嵩んだが、そこは気にする必要が無かった。何しろ今のカルロスはリレー式魔法道具の収入で懐が温かい所の話ではない。潤沢な資金をばら撒いて金銭面での停滞を許さなかった。

 

 魔導炉を最低出力で起動させる。水銀を循環させるための魔法道具が低い唸りを立てて起動する。複数の魔法道具が連動して一つの機能を実現する。カルロスの提案したリレー式魔法道具が無ければこれらの実現は大きな困難を伴っただろう。

 

 魔導機士の全身に水銀が巡りまわる。そこに含まれた微量の魔力と共に。

 

「各部チェックだ。漏れが無いかよーく確認しろ!」


 単純な物理的なミスによる水銀の流出。水銀から魔力を再抽出する機構の確認。そこから関節等の魔法道具へと魔力供給が滞りなく行われているかどうか。それらの目視確認を総出で行う。些細なミスも見逃さないと魔導機士の全身を隈なく探していく。

 その中で水銀が漏れ出している箇所を見つけて塞ぐ。一か所再抽出後の魔力供給に失敗している箇所があったのでそこを部品ごと入れ替える。

 

 そうして再度チェック。今度こそ問題ないと判断したカルロスは腹部に張り付いているクレアと技師たちに頷いた。

 

「魔導炉の出力を上げてくれ」

「ええ。行くわよ」


 エーテライトの投入量を増加させる。溶けだす魔力の量が増えだした。魔導機士の足元で水銀内の魔力含有量を解法で調査していた技師の一人が声を張り上げた。隠しきれない喜悦がそこにはある。

 

「出力上昇……規定量を突破! 各部魔法道具の必要魔力分の確保に成功!」


 その声に歓声が上がった。この魔導機士はもう動くことが出来る。少なくともそれだけの魔力を確保できたのだ。

 

「魔導炉の出力はここで止めておきましょう。後はこのまま最低24時間問題ない事を確認ね」

「魔力通すのは始めてだしな。動力系の耐久テストは必要か」


 水銀循環式魔導伝達路自体の耐久性はまだ未知数だ。これまでのテストでも魔力は多少は流しているが、少量だ。魔導機士起動分を回すのは初めてなのだから慎重になるに越したことはない。

 

「……アウェー感が半端ないな」

「いやーすげーってことは分かるんだけど何がどうすげーのかさっぱりだ」

「何で魔力流しただけでここまで盛り上がってるんだ?」


 今一この場の興奮を共有できない騎士科の三人は思い思いの感想を吐いていた。ケビンは身の置き場の無さを、ガランは知識の無さを、そしてトーマスは価値観の相違を。


「分かってないなーすれすれはー。魔法文明が作ったコアユニット抜きで魔導機士が動く直前まで行った。その事に感動を覚えられないなんてー」

「ていうかすれいは割と空気読めないよねー」


 ねーとライラとテトラが顔を見合わせて仲良く声を響かせる。トーマスはお前らキャラ被ってんだよ、と言おうと思ったが悪寒が走って口から発するのを止めた。賢明だった。

 

「うう、アルニカ君もクレアちゃんも頑張ってきた事の成果が出て良かったよお」


 カルラは人目も憚らず目じりから涙を零していた。二人の努力の結果が今実ったという事を理解していた彼女は感極まってしまったらしい。

 

「さあ、カルロス! 早く。早く動かしてみよう!」

「そうですよ。先輩! 早く私たちが作った部分の確認をしましょう!」


 グラムとアリッサは興奮気味にカルロスに操縦系の確認を――三人が中心になって作った融法の魔法道具の成果を確かめたがっていた。

 

「そっちは明日だ。今日は動力系の確認!」

「絶対だぞ? 絶対明日はやるからな!」

「先輩約束ですからね! 約束破ったら……私何をするか分かりませんから」

「こええよ」


 だが実際に動かすのを楽しみにしているのは二人だけではない。否、ここにいる全員が楽しみにしていた。感動を共有できていなかった騎士科とて例外ではない。むしろ彼らの方が楽しみは強いかもしれない。明日実際に動かすのは彼らなのだから。

 

 明日が待ちきれない。全員の思いは一つだった。

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