10 クレアの落とし穴
「親分。融法の接続用魔法道具、設置完了したぜ」
「親分。駆動系はこの前発案された第七工房のチェーン駆動方式にしたから操縦系の調整頼むわ」
「親分。今回追加した装置を入れると足回りが若干太くなる。太ももが干渉しそうだから大腿部装甲を削るけど構わねえな?」
今日もカルロスは大人気だった。親分親分と呼ばれるのは慕われているのだと思おうとカルロスは努力する。厳つい男どもに親分と呼ばれていると自分が山賊の類に転職した気分になってくる。
第三十二工房の魔導機士作成は順調の一言に尽きた。
各工房から集められた人間と言うのも好材料だった。各工房でやり方が違うと聞いていたので最初は作業方法やらの不統一が心配だったが、そもそも既存の魔導機士と大きく違う方針で作られる機体はこれまでのやり方を破棄する必要があった。
どの道一からやり方を組み立てる以上、既存のやり方などバラバラでも問題ない。むしろ、それぞれのやり方から良い物を抽出して纏められるという利点の方が大きかったのだ。
その甲斐あって、各工房の先端技術を詰め込んだものとなりそうである。無論、低燃費と言う大前提がある以上分かりやすく派手な技術は使われていないが、見る者が見れば唸りをあげる様な物だ。
「順調ですな」
「長老……長老がみんなを纏めてくれたおかげです」
作業風景を眺めていたカルロスの隣に一人の老人が立って話しかける。長老、と呼ばれている彼はこの中でもぶっちぎりの最年長だ。だがその経歴は確かな物。元第二工房の工房長を勤めていた人物だった。既に引退して老後を送っていたのだが、最後の最後で夢を捨てきれずに来てしまったと話していたのが印象に残っている。
そして、プライドの高い魔導機士の技師達を一つにまとめたのもこの長老の手腕だった。皆良いものにしようと己の知識を主張して収集が付かなくなる所だった。それを調整して人間関係を回しているのは長老抜きではここまでスムーズには行かなかっただろう。
「皆素直な良い子ですよ。ちょっと張り切っているだけでね」
長老以外での最年長は四十半ばだったが、彼からすればまだまだ子の様な物なのだろう。七十近い彼ならばそれくらいの子供が居てもおかしくは無い。
「しかし意外でしたな。当初の話では未完成の操縦系と動力系の内、動力系の方が早く済むという話だったのに操縦系の方が先に終わるとは」
「まあ優秀なアシスタントが二人ついていましたから」
一人は言うまでも無く、カルロスに次ぐ融法の使い手アリッサだ。魔導機士の技師達にも融法の使い手はいなかった。その容姿も相まってすっかりマスコット扱いされていた。
もう一人はグラムだ。理論家で勉強家の彼は融法こそ使えないが、魔法道具への魔導式の記述について一家言持っていた。汎用性のある記述の仕方。類似内容の圧縮。そうした諸々のノウハウを惜しみなく提供してくれた。
その内の幾つかは今回集まった魔導機士技師でも興味深い物だったらしく、度々屈強な男に担がれて拉致されていく姿を見る。どうも彼は筋肉質な相手が苦手らしいので気の毒だが、それなりに話が弾んで楽しそうでもあった。
「グラム君はあの若さで素晴らしい研鑽ですね」
「本人も詰めていくのが好きだって言ってましたから」
カルロスは視線を移す。
エルロンド魔導機士整備場――現第三十二工房には二機の魔導機士が横たわっている。骨格は完全に同型。駆動系、操縦系、動力系で別々の方式を採用した比較試験用の機体たちだ。
「一号機は来週あたりから実働試験が行えそうですな」
「クレアたちの動力系が間に合えば、ですけど」
当初予定していた低動力型から、出力を向上させて機械式の制御装置を組み込んだ中型魔導炉。その開発に難航していた。理論は既に完成している。問題は、その機械式の制御装置。その部品自体の製造難易度だった。クレアくらいしか創法で創り出せない。
クレアが連日限界まで作成しているが、どうもペースが落ちている様だった。
「あそこまで細かな部品をあの精度で創り出すとなるとクレアくらいしか出来ないしな……」
ぽつりと呟いた言葉に長老が反応した。
「ふむ……副工房長が一人でやっているので?」
「ええ。自分以外に出来る人がいないからって」
「ほほ。あの子もまだまだですな。どれ、図面を見せて頂けますかな?」
図面をどうするのだろうかと首を捻ったカルロスは一先ず、クレアの作業スペースに向かった。そこでは血走った目で金属部品を加工しているクレアと、その後ろで小さく旗を振って応援しているカルラ、ライラ、テトラの三人がいた。
「……何してんのお前ら」
「違うんですアルニカ君。私はお茶とかそう言うので応援しようって言ったんです……」
カルラが恥ずかしそうに顔を伏せた。
「最初はー旗振ってー応援しようと思ったんだけどー」
「疲れるから小さいのにしたんだー」
ライラとテトラが何時も通り感覚だけで生きている様な事を言っていた。この二人、声も似ていて喋る内容も似ているので並んでいるとどっちがどっちなのか分からない。何時だったかトーマスが「お前らキャラ被ってるよな」と言った時の事は――カルロスの記憶からは消去したい。融法を自分に掛けて記憶を消せないか一時期真剣に検討した。そしてトーマスは余りの事に記憶が飛んでいるらしい。幸運であった。
「カス……何か用」
いつも以上に不機嫌そうな顔でそう問いかけられると余りの圧力に意味も無く謝りそうになる。
「すまん。ちょっと図面が欲しくて……」
「持って行っていいわよ……毎日にらめっこしているから覚えちゃったし」
切ない事を言いながらクレアは自分の机の上に積み重なった図面を指差す。それを持って長老の元に戻る。長老は笑いながら老眼鏡を取り出して図面を眺めると二度三度頷いた。
「うん、うん……」
そうして作業中の技師二人くらいを捕まえて、図面を見せて何やら指示を出す。そうして再びカルロスの元に戻ってきた。
「確かに創法の魔法は便利です。今となっては魔導機士の製造だけに関わらず、多くの事に創法が使われている。複雑な形状の部品でも使い手がしっかりとイメージできれば作り出せる。ですが、我々職人の技も捨てた物ではありませんぞ?」
その言葉の意味がカルロスにも理解できたのは次の日だ。少し疲れた目をした二人の技師に、小さな部品を手渡された。
「これは?」
「昨日長老から支持された物です。親分に渡す様にと」
「これ姫さんの作ってる奴だろ? 姫さんも俺たちに言ってくれればいいのにな」
そう笑って二人は今日の作業へと戻って行った。どうも、昨日クレアから借りてきた図面に関する物らしい。という事は分かった。複雑な形状をしているという事は分かった。
「まあとりあえず渡してみるか……」
図面も借りっぱなしだ。その二つを纏めてクレアの作業スペースに向かう。
「図面置いておくぞ」
「うん……」
「後これ、何か渡された」
「うん……うん?」
空返事していたクレアの声に意思が宿る。机に置かれた部品を見て目を見開いた。
「これ! これ、誰が作ったの!」
興奮気味のクレアを宥めて、カルロスはついさっき会ったばかりの二人の元にクレアを案内するのだった。
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