09 第三十二魔道機士工房設立
「俺たちが魔導機士の開発に? 誘いは嬉しいが……」
自分たちの工房が立ち上がると聞いたカルロスはまず騎士科の三人に声を掛けに言っていた。錬金科の二人はクレアが声を掛けると言い、魔導科騎士科はカルロスの担当となったのだ。
ケビン、トーマス、ガランの三人に話をすると、カルロスにとっては意外な事にケビンが難色を示した。他の二人はほぼ即答だったにも関わらずだ。
「ん、たいちょはやらんの?」
「ええ! マジかよケビン! こんなチャンス滅多にないぜ!?」
二人にとっても意外だったらしい。ガランは無関心そうに見えて乗り気だったし、トーマスは成り上がるチャンスと喜びを隠してもいない。
「いや、正直に言うと俺が今更何の協力が出来るのかと思ってしまってな……ただ知己だからと言う理由だけでこの事業に名を連ねるのはどうにも気おくれしてしまう」
そんな心情をケビンが俯きがちに吐露するとガランは一理あると頷いた。
「まあ確かになー。うちら何もしてないのになんでいんの? とか言われたらきっついしなあ」
「いやいや、コネ大事だよ。友達がビッグな奴になった幸運を喜ぼうよ!」
トーマスはぶれなかった。安定を好む男である。
そんな三人の意見を聞いてカルロスは頷いた。
「安心しろトーマス。タダメシを食らえるほど甘くは無いから」
「わー。やっぱり。俺労働大好きだよ……」
遊んで暮らせると思っていたのか、トーマスが肩を落とした。対照的にケビンは顔を上げた。
「俺たちに出来る事があるのか?」
「ぶっちゃけ今回集まる人員って揃いも揃って作る側の人間で、乗る側の奴がいないんだよ。騎士ともなると簡単には人を引っ張ってこれないらしくてな……」
騎士階級の移動は目立つ。大抵は何かしらの役に付いている物で、何もしていない騎士と言うのはいないのだ。
元いた場所から引き抜いて、エルロンドに送るという事をしていればそこに騎士が集まっているという情報が生まれてしまう。
あぶれていた魔導機士の技術者を集めるのとはわけが違うのだ。
「だから三人には操縦者として手伝ってほしい」
「カルロスじゃ駄目なん?」
「俺が乗るとほぼ無意識に自分で融法で動かしちゃうからダメだ」
ガランの疑問にカルロスが被せる様に答えた。前回のエフェメロプテラの操縦で慣れたのか、変な癖が付いたというべきか。操縦系の魔法道具を介さないでも自前の融法で直接機体をコントロールできるようになってしまったのだ。ミニチュアで遊んでいる時に発覚した。無論、自分の身体とは大きくスケールの違う物体に動きを合わせる事で自分の身体に戻った時にまともに動かせなくなるのは変わっていないため、実質的にその方法で操縦するのは封印する必要があるが。
「だから三人の力を借りたいんだ」
「そういう事なら喜んで力になろう」
やれる事がある。それが分かったケビンの決断は早かった。力強く頷いて協力を約束してくれる。
魔導科の二人は話がもっとスムーズだった。グラムは既に手伝いを申し入れられていたし、テトラも
「うん、やるやる。楽しそうだし」
と二つ返事だった。
クレアが錬金科の二人を引っ張ってきて、アリッサがカルロスにまとわりついて、トーマスがそれを見て血涙を流しかねない程に歯軋りして。時折来るイーサが男子五人に稽古を付けたり。
ずっと二人だけだった街外れの倉庫にはにぎやかな声が絶えないようになった。
二人きりで研究に没頭するのも楽しい物だったがこうして皆で一つの事を押し進めるのも違った楽しさがあった。
そこからは早かった。
迷宮攻略で被害を受けたエルロンド守備隊の穴埋め。その補充要員、補充物資として徐々にエルロンドに魔導機士の資材と人材が集められてくる。
新規工房のメンバーとして集められた面々は、カルロスが一年近くかけて作った魔導機士の骨格を僅か一月で二台用意してしまったのだ。
丁度そのタイミングで人員も資材も第一次補充が完了した。入れ違いになる様にイーサ達王都守備隊第一大隊は帰還していった。魔導機士の機材を動かすためのカムフラージュとして長期間滞在していたのだ。カルロスは近い内にイーサの家を訪ねる事を約束して、彼らを見送った。
――結局、彼がいる間に魔導機士のコアユニットについて新たな事実が発覚することは無かった。そも、正体が分からない以上下手に解法で解析も行えない。今はこれからの事に専念すべきだろうとカルロスは頭を切り替える。
そして、普段は人気の無いエルロンドに存在する魔導機士の為の整備場。そこには少なくない人間が集まっていた。
学生の姿もある。まだ若い見習いと呼べる職人の姿がある。匠と呼ぶべき名人の姿もある。
年齢は様々だった。だがここにいる皆が一つの目標の為に集っていた。
魔導機士を作る。そんなバカげた夢を形にするためにここに集まっているのだ。
強制された物は一人もいない。全員が志願者だった。
その事がカルロスにはたまらなく嬉しい。無茶だ無謀だと言われていた夢。カルロスとクレアしかいなかった孤独な道筋。そこに多くが加わったのだから。
この国にまだこれだけそんなバカげたことを夢見る連中がいた。その喜びはここにいる全員の思いだ。
そうした中でもカルロスとクレアは称賛の眼差しを浴びていた。
たった二人で馬鹿げた試みに挑み続け、遂にはその壁を一枚突き破ったのだ。
ここにいる誰もが夢見て、どこかで諦めてしまった断絶を飛び越えた飛び切りの馬鹿がいるのだ。
尊敬しないはずがない。偶然だろうとまぐれだろうとその評価は変わらない。ここにいる誰もがその偶然やまぐれを呼び込むことが出来なかったのだから。
「みんな多分色々と言いたい事とか思っている事があると思うけど、俺から一言だけ」
だからここにいる皆が素直に認めていた。この一番の大馬鹿が自分たちのリーダーだと。
柄じゃないと渋るカルロスを無理やり前に立たせて、工房設立に当たって挨拶をさせようとしていた。彼は悩んだ末、一言だけいう事にしたらしい。
「全員で夢叶えようぜ!」
それはカルロスの願いだった。全員の願いだった。拳を突き上げて全員が歓声をあげる。
第一から始まるログニス王国の魔導機士工房。
第三十二分隊を中心とした学生と言う若き才能と、国内から集められた魔導機士の専門家たちによる量産化の為の工房。
奇しくも、国内に存在する三十一の魔導機士とそれを扱う工房に続いて、第三十二魔導機士工房はその日から本格的な稼働を始めたのだった。
大陸歴517年。後に歴史には魔導機士中興始まりの時代と呼ばれる年の事だった。
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