12 クレアの嫉妬

「さ、先輩。一緒に頑張りましょう」


 アリッサが拳を握りしめてこれからの作業に気合いを入れる。その姿は小柄な体躯と相まって微笑ましく、皆の表情が和らぐ。

 24時間の連続運転が終了し、機体各部に問題は無かった。いよいよ実際に動かす所に入るのだ。無意識の内に緊張していた技師たちが肩の力を抜く。

 対照的に肩に力を入れているのはクレアだ。カルロスを向かい合っている小柄な後輩を影から睨むように見ている。

 

「あの小娘……」


 カルロスとしては困った事に、アリッサとクレアの仲は余り良くない。と言うよりも、アリッサは隙あらば抱き着こうとしたりなどのコミュニケーションを取ろうとしているのだが、クレアが只管に避けているのだ。

 

 クレアとて馬鹿ではない。わざわざ人間関係に不和を持ち込む事が得策でない事は理解している。ましてや露骨に避けるなどと言う行為は下の下である事も。何より社交界で反りの合わない相手は只管流すというテクニックを身に着けてきているのだ。当たり障りのない対応は可能である……はずだった。

 

 理由は至極シンプルである。

 カルロスと仲良くしているのが気に食わない。その一言に尽きる。

 

 高い融法の位階と言う稀有な人材。これまでカルロス以外にいなかった人間。必然活かす為にはカルロスのサポートとなる。こうして国が支援するような事になれば今までの様に四六時中共に居られる訳ではないし、自分以外の誰かがカルロスと共に行動する。その事は分かっていた。

 

 だがその誰かが年下の女の子で、カルロスに好意的である所までは予想していなかった。

 

「どうにかして追い出せない物かしら……」


 そんな発言が口から零れてしまったことにクレアは愕然とする。自分がそんな他人を排除しようとしたこともショックであったし、完全な私情で有能なスタッフを罷免しようとしたことはそれ以上に己への嫌悪を抱かせた。

 忘れられがちであるが、公爵家であるクレアは当主でなくとも権力を持っている。学院では建前上身分差は無いという事になっているが、クレアが平民相手に気に入らない、とでも口にしたらその相手の人生は下手したら終わってしまう。

 

 それ故にクレアは自制してきた。ラズルの様に我儘を通さないように。貴人として誰にでも胸を張れるように。自分の感情で誰かを否定することの無い様に。

 

 それなのに境界を超えてしまった。自分でも分かってしまう程の醜い嫉妬によって。己の失言を聞いていた者がいないかどうか。クレアがそっと視線を巡らせると。

 

「んー。くれくれ。そのセリフはすごーく三下の悪役令嬢っぽいぞ」


 とライラが一瞬前のクレアの発言を評した。

 

「ライラ……」

「まあくれくれとしては気が気でないよね。愛しのあるあるに悪い虫が付きそうだもんね」

「別に愛しのとかそういう訳じゃ……」

「うんうん。そうだよね」


 今更否定してもバレバレだとばかりにライラが雑に頷く。第三十二分隊の中でクレアがカルロスを憎からず思っている事に気付いていないのはトーマスとグラムくらいの物だ。

 

「大丈夫だって。あるあるもくれくれにぞっこんだから」


 第三十二分隊の中でカルロスがクレアに心底惚れ込んでいる事に気付いていないのはトーマスとグラム、そして当事者であるクレアくらいの物であった。

 

「だからそういう訳じゃ……」


 と言いながらもクレアの口元はニヤニヤしている。非常に分かりやすいタイプだった。


「でも男の人だしなあ……」


 そこでライラが爆弾をぶち込む。色々と飽和状態のクレアは気付いていないが、ライラは完全にからかう方向に話を持っていこうとしていた。

 

「可愛い女の子に迫られたらコロッと行っちゃうかもしれないよね」

「…………やっぱり男の人ってそうなのかしら」


 何やら真剣に考え込み始めたクレアを余所に、魔導機士の起動実験は進む。

 

「んじゃケビン頼む」

「ああ。任せてくれ」


 魔導機士は現在駐機姿勢を取っていた。四つん這いの姿勢。背中側に存在するハッチは既に解放されて搭乗者を待っていた。

 腹部に設けられた操縦席にケビンが乗り込む。熱いじゃんけん三本勝負の結果、初搭乗はケビンが勝ち取ったのだった。

 

「まずは上体を起こしてくれ」

「上体だな」


 カルロスとアリッサは狭いコクピットに身体を押し込み、更にそこにケビンが乗り込んでいた。試作一号機は当初から融法魔法道具による操縦系の調整が予測されていたため、コクピットは広めに作られていた。とは言え三人もいるとぎちぎちで狭苦しい空間になっていたが。

 特にカルロスとアリッサはケビンの邪魔にならないように操縦席の後ろのスペースに詰め込まれているので密着することになる。油の匂いや鉄の感触に混ざって胸元に感じるアリッサの身体の柔らかさや、石鹸の匂いなどでカルロスは妙な気分になって来た。

 

「機体起こすぞ」


 ケビンが左右それぞれの操縦桿を握ってゆっくりと前に出す。試作一号機が自分の腕を使いながら上半身を立てる。膝立ちの姿勢となった魔導機士を見て歓声が上がる。

 

「動いた……」

「ああ」


 実際に動かしたケビンと、それを作ったカルロスは格別の想いがある様だった。短い一言に万感が込められている。


「アリッサ。入力情報の仲介頼む」

「はい。分かりました。どうぞ、先輩」


 カルロスはアリッサに今のケビンの操作による操縦系魔法道具への入力情報を融法で調べて貰っていた。その情報を渡されたカルロスは苦労しながら羊皮紙のリストにチェックを入れていく。


 多量の関節部魔法道具を制御する操縦系魔法道具。その動作が想定した物になっているか確認していた。二本の操縦桿と、そこに設置された十数個のボタン。更には足元に存在する鐙。それだけで人間に近い規模の関節数を個別に操作するのは無理がある。

 それ故にある程度の動きは操作の組み合わせで実現するようにした。更に細かな調整は融法による搭乗者のイメージの読み取り。それを元に魔法道具が最適動作を算出する仕組みになっていた。

 

 カルロスがエフェメロプテラで鼻血を垂れ流しながら行っていた事を自動化したのだ。融法の魔法道具。そんな物を作って調整できるのはカルロスしかいない。コピーならばある程度の創法の持ち主ならば可能だろうし、内容の確認や考案はアリッサにも可能だが、改造は現状カルロス以外には出来ない。

 

 それ故に負担が大きく最も重要な個所だった。

 

「ケビンの印象はどうだ? 思い通りだったか?」

「まだ上半身を起こしただけだから何とも……特に違和感は感じなかったが」

「単純動作ならまだ問題は出ないか……」


 真剣に考え込むカルロスの顔を見上げてアリッサは熱っぽい溜息を吐く。カルロスは集中しているため気付いていなかったようだが、ケビンはその息遣いに気付いてしまった。

 

(面倒な事になりそうだな……)


 その想いを口に出すことはしなかった。

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