35 逆撃

 まずは尻尾が邪魔だった。

 

 多角的、長リーチ、高威力。

 

 並び立てると少々やりすぎな位に利点が出てくる。そんな尻尾を排除しないと勝ち目が無かった。

 

 第三十二分隊が作った土製の大剣。強度的には十分な物だ。しかしながら、あの砂嵐を纏った尻尾を突破するには残念なことにまだ強度が足りない。

 地竜が己の尾に砂嵐と言う魔法を付与したように。

 エフェメロプテラも大剣に何かを加えなければいけない。

 

 実の所。カルロスには腹案があった。先ほど機体越しでも融法で地竜の思考を一瞬だが読めた。エフェメロプテラの機体制御を並行しながらで長時間の魔法行使が不可能だが、一瞬だけならば使用できる。

 

 つまり。カルロスの得意魔法である『分解』。その魔法剣を魔導機士で再現する。

 

 理屈の上では可能だ。問題は三つ。

 一つ目は単純な魔力の問題。機体を動かす際の余剰魔力で使えた融法と違って、魔導機士サイズで『分解』を使おうとしたら今の出力では足りない。

 二つ目はもっと単純にカルロスの問題。エフェメロプテラの機体制御と並行して、魔導機士サイズの『分解』を制御しないといけない。

 

 そして三つ目。それだけやっても恐らく発動は一瞬。その一瞬で地竜を攻略しないといけない。何とも難易度の高い狩りになってしまった。

 

「……クレア、魔導炉の出力を上げられるか?」


 覚悟を決めたカルロスの問い掛けにクレアが息を呑んだ。

 

「……出来る。けど」

「だったら頼む。一発デカいのぶちかます」

「また、無茶をするのね」

「多分鼻血垂れ流すからふき取っておいてくれ」


 そんな言葉にクレアは小さく笑った。魔法行使の際に、自分が制御できる以上の規模の魔法を使う際、漏れ出した魔力で血管を傷付けるのは魔法使いの間では常識となっている。――限界を超えて、全身の血管がボロボロになったという例も少ないながらある。鼻血が出るというのは単に弱い血管の方が破れやすいと言うだけの話だ。

 

「っと!」


 地竜は背中越しに脳天目掛けて尾を繰り出してきた。それを避けようと後方に跳躍し――。

 

「右!」


 クレアの叫びに着地と同時に右へと弾かれたように飛ぶ。一瞬前までエフェメロプテラが存在していた空間を地竜の『砂の吐息』が通過し、一瞬で左に向けて首を振った。

 着地と同時に飛ばなければ。もしも左に飛んでいたら。ここで終わっていた。

 

 だが避けた。致命となりかねなかった連携を躱して、エフェメロプテラは前に踏み込む。

 対して地竜は身体を大きく捻る。百八十度反転して、遠心力と砂嵐の力を加えた尾の一撃。

 

 エフェメロプテラの突撃に対する完璧なカウンター。それをカルロスは。

 

「そう来るのを待ってたぞ!」


 待ち構えていたと歓迎する。『分解』の魔法剣が長時間維持できない以上、使用は一瞬。相手が避けられないタイミングで使うのが望ましい。地竜がそのタイミングを――、攻撃の為にすぐには止まれない時を最初から狙っていた。

 

「クレア!」

「任せて!」


 一瞬で身体を駆け巡る魔力の量が増える。エフェメロプテラの魔導炉から供給される魔力が、管の中を流れる水銀を通して操縦席に運ばれ、手にした操縦桿に仕込まれている銀が媒介となってカルロスの身体へと流れ込み、意思を乗せて全身に分配される。

 機体を動かす魔法と並列してもう一つ。『分解』を走らせる。高まる負荷に溢れ出る魔力がカルロスの身体を傷付ける。瞼の血管が破けて血涙が流れた。


 タイミングは一瞬。早すぎても遅すぎてもいけない。そのどちらでも砂嵐に大剣は砕かれる。

 発動は一瞬ではない。1.5秒。その僅かな時間を考慮する。

 1.5秒先の未来を斬る。単調な地竜の動きを予測して、カルロスは魔法のタイミングを測った。

 

 大剣が振るわれる。その刀身が砂嵐に触れる。刃が砂で削り取られる。数粒の砂が刀身に触れた後、『分解』が発動した。触れる砂全てを消し飛ばし、魔法が効果を失う。

 その時にはもう、大剣は地竜の尾に刃を食い込ませており――。

 

「おらあああああ!」


 カルロスの気合いの声と同時に地竜の絶叫が響く。

 エフェメロプテラの振るった大剣は刀身の上半分と引き換えに地竜の尾を断った。折れ弾け飛んだ刀身が回転しながら地面に突き刺さる。

 

 だが地竜の動きはここで止まらない。喪失感に耐えながらも更に身体を振り回す。結果として一回転しながら、『砂の吐息』をエフェメロプテラ目掛けて放出する――が。

 その動きはカルロスも予測していた。先ほど見せて尾とブレスの連携。それを再度使ってくることは可能性として考慮するのは当然だった。

 

 折れた大剣を地竜の咥内に突き立てる。半身になったとはいえ、剣は剣。まだ刃としての機能を失ったわけではない。ブレスによって大剣が破壊されるよりも早く突きが、喉奥に突き刺さった。

 

 地竜の喉に存在するブレス発射の為の天然の魔法道具――自然発生した術式の刻まれたエーテライトを大剣が抉り取った。血にまみれたエーテライトは地竜の胃の方へと落ちていき、もうブレスを使う事は出来ない。

 

 今度こそ地竜は絶叫を上げる事も出来ずに感じたことの無い痛みの責め苦に耐える。だがまだ命が絶えていない。尾とブレスの発射に必要な喉を傷付けられた。だがまだ装甲をも噛み砕く強靭な顎が残っている。

 

 己の口の中に突っ込まれたままの腕に歯を、牙を突き立てる。だが腐っても魔導機士。カルロスの手製とは言え簡単に噛み砕ける物では無い。更に加えていうと。

 

「創法は私の得意分野なのよ。この程度なら片手間でも出来るわ」


 とクレアが噛み付かれている部分の装甲を他の部分から持ってきて厚くしている為、地竜も苦戦している。

 

 とは言えエフェメロプテラの唯一の武装も地竜の口の中。拳では歯が立たない事は既に証明済みだ。

 

 お互いに決め手を欠いて手詰まりとなった状況にカルロスは小さく息を吐く。

 

「やっぱ博打が必要か」


 最後の策。現状で唯一地竜を絶命させうる作戦を決行する。

 それは、カルロスにとっては本当に最後の手段。出来得ることならば取りたくのない手段だった。

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