36 決着

「クレア。魔導炉の出力このままを維持」

「一応言っておくけれども、長時間は無理よ? 五分が限界。それ以上はまた爆発する。……爆発させる?」


 最後に伺うように付け加えたのは自爆で決着をつける気かと言う確認だ。それにカルロスは首を振った。

 

「いや、このサイズの魔導炉を爆発させたら俺たち含めてみんなが巻き込まれる。それで倒せるかどうかも分からんしね」

「そうね」


 確実に仕留められるならまだしも、九人の命を質に入れるには値しない選択肢だった。

 カルロスが魔導炉の出力を指示したのはただ単純に、エフェメロプテラの駆動系出力を限界まで引き出す為。後先考えずに魔力を注ぎ込めば短時間だが駆動系は通常以上の出力を発揮する。

 最終的に待っているのは自壊の道だが。

 

「何をするつもり?」

「決まってる」


 忌々しそうにカルロスは言う。

 

「こいつを確実に仕留めるんだよ」


 地竜が尚も暴れ回る。噛み砕けない右腕を吐き捨てて別の箇所に噛み付こうとする機先を制して、エフェメロプテラの腕が地竜の顎を抱え込むようにして固定する。上顎を押さえつけられた地竜は一層激しく暴れる。

 それを無視してカルロスはエフェメロプテラの左手を地竜の腹に添える。

 

「行くぞ……」


 そして機体の出力を解放。地竜の腹に拳を突き込むようにして――そして二本の足が地面から離れた。

 

「持ち上げる気!?」

「計算上は行ける!」


 クレアの悲鳴の様な声にカルロスが被せる様に答えた。

 ギリギリ、行けるはずだった。土に塗れた今、完全な状態の地竜では不可能だっただろう。だが尾を切り離された状態ならば。

 エフェメロプテラの骨格が、駆動系が、全て悲鳴を上げる。それでも一歩を踏み出した。骨格の疲労が急速に溜まっていく。

 

 そして一歩、また一歩。その歩を進める先を見てクレアが呟く。

 

「テグス湖……?」


 エルロンドの西に位置する大湖。カルロスが何を狙っているのかクレアは理解した。地竜を湖に投げ込んで溺死させるつもりなのだ。

 そこの水深ならば地竜の足も着かない。

 

「投げ込んじまえばこっちの勝ちだ」


 地竜も何をされるか分かっている訳ではないだろう。自分が持ち上げられているという事に対して暴れる。だがカルロスはその動きを読んでいる。暴れる動きに合わせて機体を動かし、固定を外そうとはしない。

 そのままテグス湖の岸にまでたどり着く。大陸でも有数の巨大湖だけあって向こう岸も霞んではっきりとは見えない程だ。増水の影響もあって普段よりも底が深い。

 

 確実に地竜の全高よりも深い水底へ向けてエフェメロプテラは全身の出力を振り絞って上半身を振り回す。

 そのタイミングに合わせて右腕を切り離し。地竜はエフェメロプテラの右腕を咥えたまま湖の奥まで投げ飛ばされ、巨大な水しぶきを上げて着水した。

 

 巻き上げられた水がエフェメロプテラに降りかかる。感覚器である複眼状のエーテライトに付着した水滴を見てカルロスは眉を顰める。

 

「何か付けないと雨の日とか困るな」

「何かってタオルとかかしら」

「自分で拭くのか。それ」


 と言いながらカルロスは右腕――自分の物では無くエフェメロプテラの――を見る。タイミングよく地竜が離してくれるとは思えなかったため、切り離したが勿体ない事をしたという気持ちが強い。

 丹精込めて作った機体だ。例え未完成品、不完全と言われようとも愛着はある。恐らく今後の研究は一応の稼働が叶ったエフェメロプテラをベースにより実践的且つ量産性を考慮した物を作る事になる。叶うならば第一号であるエフェメロプテラは全身完璧な状態で保管しておきたかった。

 

 そんな感傷を吹き飛ばす様に。

 

 地竜が湖の水面から姿を現した。

 

「なっ!」

「泳げるの!?」


 クレアの滅多にない素っ頓狂な声が全てを代弁していた。泳いでいる。決して速い速度ではないが泳いでいる。非常にゆっくりではあるがエフェメロプテラのいる岸を目指して泳いでいる。

 咥えていた右腕は錘にしかならないので吐き捨てたのだろう。透き通り、水泡の落ち着いた水面から沈んでいく姿がちらりと見えた。

 まだ地竜は戦う気だった。せめてここまでの戦いで怯えて逃げてくれれば良かったのだが、怒りがその判断を覆したらしい。

 

 対してエフェメロプテラは致命的だ。右腕は無い。全身の骨格は悲鳴を上げている。駆動系は高出力を維持していたため、ガタが来ている。


 上陸されたら勝ち目はない。

 

 どうするべきか。カルロスが迷ったのは一瞬。

 

「クレア……先に謝っておく」

「さっきもそんなセリフ聞いた気がするのだけれども……何かしら」

「ちょっと早い水遊びをすることになる」

「まさか……」


 カルロスは言いたいことを言うと、エフェメロプテラを下がらせる。それは後退の為ではない。助走をつけるため。

 

「ちょっと待って。私泳げな――」

「行くぞぉおおおおおお!」


 クレアの言葉を掻き消す様に、己の中の逡巡を振り切るようにカルロスは吠える。

 エフェメロプテラが駆ける。現状出せる最高速度を出して、地面を踏み切った。

 

 跳躍。着地時の脚部へのダメージを考えれば容易く使う事が出来ない行動の一つだが、今はそんな物を考慮する必要はない。

 着地――着水地点にいる地竜は自由に動けない。自分目掛けて飛んでくる存在に気付いても回避に移れなかった。

 

 それもカルロスの狙いの内だった。どんぴしゃの位置に落ちたエフェメロプテラはそのまま地竜に残った左手と両足を絡ませる。そのままカルロスは関節をロック。

 エフェメロプテラが水面に姿を晒していたのは一瞬。すぐさま水よりも比重の重い機体は沈み始める。絡み付いた地竜諸共。

 

 気密性が確保されていない操縦席内に水が入り込んでくる。余り深くなりすぎるとカルロスも脱出が出来なくなる。

 

「行くぞクレア」

「だから待って。私泳げないんだってば!」

「息とめてれば何とかなる!」


 言い切ってカルロスは操縦席のハッチを解放する。エフェメロプテラの背中から一気に水が入り込んで来るがそれに逆らうようにしてカルロスは水を蹴る。ちゃっかりと創法で自分とクレアの口元に操縦席の中に残っていた空気を集めた泡を用意して、足からは水の噴流を出して自在に動いていた。

 

 チラリと後ろを振り返る。

 

 水底へと沈んでいくエフェメロプテラを見送る。

 ここの水深は深い。

 

 ――エフェメロプテラを水面から引き上げる事は不可能だろう。

 

 だから最後に短い時間の愛機を目に焼き付けて、クレアを離さないように左腕でしっかりと抱きかかえながら水面へと向かっていった。

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