34 創剣

「徒手格闘の授業取っておけばよかったな……」


 魔導機士の操作をする際、どう機体を動かすかは操縦者の持つイメージが重要となる。人間の身体では無いとはいえ、人型である以上人間向けに開発された技巧と言うのは有効なのだ。

 己の拳を使った格闘戦の経験が浅いカルロスの操縦では、エフェメロプテラの拳もへなちょこパンチにしかならない。

 

 それでも重量のある塊が殴りつけられるのだ。それなりの衝撃がある。地竜はそれを警戒しているが、そう遠くない内に自分には何ら傷を与える事が出来ないと気付くだろう。そうなればもう時間稼ぎも出来なくなる。

 

「せめて何か武器があれば」

「魔導機士が使うサイズの武器で強度を持たせるとなると……私でも時間がかかるわね」


 その言葉は遠まわしにクレアには不可能と言う物だった。今の彼女は魔導炉の出力調整から目を離せない。その役目が無ければ剣の一本や二本作り上げる事が出来るのだが。

 

「っと!」


 地竜の前足。その爪がエフェメロプテラの装甲を切り裂こうとする。まともに組み合っては両断とまでは行かずとも深い裂傷を刻まれる。そうなればその箇所の防御力は著しく低下することになる。

 現状最も攻撃力のある口はカルロスも一番警戒している。幸いと言うべきか。自由度が少ない。どこから来るかと言うのは目を離さなければ問題なく読めるためある意味で最も御しやすい攻撃と言えた。

 

 打撃は効果が薄いので残る手段は組技だとカルロスは考えているのだが、中々懐に入り込ませてくれない。意外な程巧みな尻尾の動きで潜り込もうとすると押し返されるのだ。

 

 時折飛んでくる援護の魔法。多くは地竜への目晦ましだったり足元を陥没させたりの嫌がらせレベルの代物だが、それに救われたと感じたのは一度や二度ではない。

 

 投影画面の片隅に赤い信号弾が映り込む。カルロスは視線を向ける余裕が無かった。代わりにクレアがそれを見つける。

 

「流石、うちの団員たちは頼りになるわね! あっちよ、カルロス!」


 弾んだ声で名前を呼ばれたカルロスもそちらに視線を向ける。そこにあったのは土色――と言うよりも岩を削りだしたような巨大な大剣。魔導機士のサイズに合わせて作られた飾り気の無い大剣は、創法によって作り出された物。少し離れた位置で五人が手を振っていた。

 

「ああ、あいつらはやっぱ最高だ!」


 声を張り上げながらカルロスはエフェメロプテラを走らせる。背を向けたエフェメロプテラを追いかける地竜の気配に押し出されながら、地面に突き立てるように刺さった大剣を手に取る。

 その勢いのまま振り向いて大剣を振るった。その振り心地にカルロスは驚く。錬金科の二人に刀剣の知識など皆無だろう。騎士科の三人が意見を出したに違いない。人間とはバランスの違う手足を持ったエフェメロプテラに合わせた重心位置。即興品とは思えない程しっくりと来る。

 

 遠心力をたっぷりと乗せた大剣の一閃は、砂嵐を断ち切り、地竜の土の鎧すら切り崩してその下の表皮を切り裂いた。地竜が血を流しながら横に飛ばなければそのまま首を両断できた。その確信があるほどの一撃。

 

「凄いわね……ただの土を材料にここまで強度を上げるなんて」


 やっている事は地竜の二番煎じとも言える。土で鎧を作った事を真似ただけ。だがそれを一目見ただけで模倣できる事に非凡さが垣間見える。

 

 地竜が怒りの籠った視線でエフェメロプテラをにらむ。迷宮からの魔力で生まれたばかりの地竜にとってはこの瞬間まで最強の捕食者だった。立ち塞がってくるものは全て餌になった。

 だが今、初めて己に傷を付けて、命を脅かす存在と出会った。そこには敵対者への敵意と僅かな恐れがある。

 

 その感情の動きを、カルロスは余すことなく把握していた。大型とは言え魔獣。刃が触れた刹那に融法を走らせ、相手の精神状態を読み取った。

 

「臆したな?」


 ここまで敵とも認識してこなかった相手を脅威と判断した。それはこれまでにあった油断が無くなると同時に、こちらへの恐怖が生まれたことになる。それによる萎縮。動作の鈍化。

 

 カルロスにとってそれは待ち望んだ隙だった。

 

 大剣が翻る。殴り合いは兎も角、剣の振るい方ならばカルロスは知っている。魔導機士に合わせた動きでもないし、人間の剣術としてもそれなりの域を出ないが、素人ケンカ殺法よりははるかに上等な武術だ。

 切っ先が再び土の鎧を砕いてその下の表皮に触れる。今度は血が滲む程度の傷。魔導機士の膂力で振られる剣は、人間の最大規模の魔法である『山落とし』に匹敵する破壊力がある。巨大であるという事はそれだけで純然たる力なのだ。

 

 再度傷を刻まれた事で更に地竜はエフェメロプテラを恐れる。それは防衛本能へと変わり、地竜に新たな閃きを与える。死ぬような目に合うと生き物は新たな位階へと進むようだった。

 

 地竜の尻尾に沿って砂嵐が巻き起こる。それは『砂の吐息』の様に収束し、されど撃ちだされることは無く尻尾を覆っていた土の鎧を巻き込みながら回転を高める。

 そして地竜は器用に尻尾をくねらせながら正面へと突き出す。それはさながら騎士の繰り出す槍の一撃の様に鋭い。緩急の変化に対応しきれず、エフェメロプテラを掠める。その掠めた個所の装甲がごっそりと消え去っている事にカルロスは戦慄する。

 

「何て威力……」


 『砂の吐息』の様に撃ちだすのでは無いので、土の補給は必要ない。それ故に隙も少ない。尻尾のリーチは大剣だけのエフェメロプテラに対して十分なアドバンテージであり、多角的に攻める事が出来る。威力に関しては申し分ない。良い所どりの様な攻撃だった。

 

「卑怯だろ、これ」

「魔獣相手に何を言っているのかしら、カルロスは」

「手厳しい……」


 思わず出たボヤキに律儀に反応してくれたクレアにカルロスは苦笑で返す。

 

 解法で機体状態を確認する。急造で作り上げた筐体は最早限界だった。各所が悲鳴を上げている。消耗した関節や骨格から残りの最長戦闘時間を推測する。どれだけ慎重に操縦したとしても十五分は持たないだろう。

 カルロスの技量では賭けに出るしかなかった。

 

「先に謝っておく。クレア。失敗したらごめん」

「一応聞いておくけれども、失敗したらどうなるのかしら」

「……最悪死ぬ。だから――」


 降りてくれ、と言おうとしたら後ろから柔らかな指で口を塞がれた。

 

「その先を言ったら怒るわよ」

「そりゃ困る」


 クレアが怒ると怖い事をカルロスは知っていた。だから言おうとした言葉を変えた。

 

「付き合ってくれ。最後まで」

「ええ。そのお願いに対する私の返事は何時だって決まっているわよ


 耳元に唇を寄せて、囁くようにクレアはカルロスに告げた。


「――はい、喜んで」

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