28 錬金科の三人

 三人の全力疾走は彼女たちの位置からも良く見えた。と言うよりも、良く見える位置に陣取っているのだから当たり前ではあるが。

 

「来たわね」


 クレアが自作の望遠の魔法道具で三人を見つけてそう呟いた。この魔法道具、間違いなく効果としては成功品なのだが、クレア的にはもっと良い物が作れたのではないかと思い続けている代物だった。

 

 後日、魔法を使わなくとも同じ効果を持つ物を作れると知って死ぬほど悔しがることになるのだが余談である。

 

「わー頑張ってますねー」


 とやや気の抜けた様な声を出すのはライラ・レギンだ。クレアとしては悪い人間ではないと思うのだが、兎に角会話のリズムが合わない。仲が悪いわけではない。ただ本当にリズムが合わないのだ。

 何となくだが彼女の作る魔法道具はそんなリズムを狂わせるものが多い気がする。今しがた騎士科の三人が使った煙幕もライラの作品だ。

 

「ああ、大丈夫かな……やっぱりもっと安全な方法を取った方が良かったんじゃ……」


 そう言って心配しているのはカルラ・ハーセン。錬金科一の良心派の名を欲しいままにしている少女だ。実際、クレアもその意見に異論はない。一部男子が天使などと呼んでいるのは行き過ぎだと思うが、間違いなく良心的な人間だと思っている。

 彼女の場合、作るのは魔法道具ではなく魔法薬だ。摂取することで体内に強制的な魔法発動を促す薬品。カルラは主にそれを回復薬として作っている。彼女の作る物は強力で、市販品と比較しても中々の品質だ。騎士科の面々もこの追いかけっこの前に摂取しているはずである。

 だが回復薬とはいっても結局の所活法だ。上半身、または下半身だけになっても生きていられるわけではない。そしてあの地竜はその状況を容易に作りえる。

 

「大丈夫。まだ地竜は混乱している。鼻も目も利いてないみたいだし、全力疾走には程遠い」


 それでも耳だけで追尾しているのだろう。大体の方角は合わせて追ってきている。

 

「ライラ。よろしく」

「はいはーい」


 聴覚だけで追いかけるかもしれないという可能性は示唆されていた。だから、それに対応した魔法道具も用意してあった。これまたライラ作の一品だ。彼女曰く、痴漢対策らしい。そんな物を食らったら大半の痴漢は気を失うと突っ込んだのは記憶に新しい。

 

「そーれっと」


 気の抜ける掛け声と同時に投石器で問題の魔法道具が投げ込まれる。催涙効果のあった煙幕の効果は薄れてきているのか。地竜の視線が安定しだしていた。その目前で魔法道具が炸裂する。

 

 視界を潰す程の閃光と、地竜の咆哮にも負けない爆音。クレアたちはその対策に色つきの眼鏡と耳栓をしていた。騎士科の面々にも耳栓は渡してある。あれが無いと地竜の咆哮だけで気絶する可能性があった。

 

 そして今、再び視界を封じ込められ、今度は聴覚も奪われた地竜はまたあらぬ方向に進み始める。速度も再度落ちた。これならば騎士科の三人も逃げ切れるだろう。

 

「クレクレ。これで私の魔法道具は打ち止め」

「クレクレ……まあ良いわ。それじゃあ次はカルラの出番ね」


 魔法薬のスペシャリスト。基本的にカルラは癒しの方向に使っていたが、それは時に毒にも変わる。今回は毒としての使用を期待していた。

 

「う、うん。でもさ……あんなので引っかかるのかな……?」

「さあ?」

「っていうかー引っかかっても効くのかー? って感じかなー」

「えええ……」


 正直、これから仕掛ける罠は引っかかってくれれば御の字といった所だ。やるだけやってみるけど然程期待していない。

 その罠と言うのは……毒入りの餌(グレイウルフ)である。残念ながら、食糧不足の際に狩った魔獣を食べる可能性もあったため、致死性の毒薬は持ち込んでいなかった。精々が即効性の痺れ薬くらいだ。

 

 このプラン最大の問題は、そこではない。

 

「んーでもさー。血眼になって追いかけている時に餌食べるのー? って」

「同感ね」


 ケビンとカルロスが妙に推すのでまあ手間もそれほどでもないから実行してみたが、食べてくれるのか疑問だ。そしてどの程度食べるかにもよるがその摂取量で効果が出るのか。

 

 そう思いながら見守っていると地竜はグレイウルフの死骸に近寄ってそれを貪り始めた。痺れ薬入りの肉を大量に摂取していく。

 

「あの巨体を維持するのに多大なカロリーと魔力を必要としている、か……」


 カルロスの予測していた言葉をクレアは小さく呟く。あの必死とも見える食事風景を見ると頷ける仮説だった。実際問題、60人近くを食べ、更にはその貯蓄していた食料も食べたにも関わらずあれだけ必死に餌を求めるのは異常なのだ。

 

 ただ肝心の痺れ薬の方はその巨体に行き渡らせるには不十分だったようだ。やや動きが鈍ったかと、言われてみればそんな気がするという程度だ。

 

 その僅かな鈍りが今後、どう影響して来るか……少なくとも食事によって騎士科が僅かに足を休める時間にはなった。

 

 ケビンが大事に握っていた弓を射る。今度は見事に地竜の尻に突き刺さった。再び怒りの咆哮を上げるが、こうも策に嵌っているのを見ると滑稽ですらある。

 

「あんまり知能は高くないみたいね」

「龍族じゃないみたいだしねー」

「あ、あの。それよりも早く最後の仕掛けの準備を……」


 のんびりと地竜の知能について考察を始めようとしていた二人をカルラは必死で引き戻そうとする。その様子がどこかおかしくてクレアは薄い微笑みを浮かべた。

 

「大丈夫よ。カルラ。もう準備は終わっている」


 騎士科の三人が走る。地竜が追う。その追いかけっこにも終焉がある。地竜には場所など関係が無い。だが、カルロスたち――と言うよりも学院の生徒にとってはエルロンドに近すぎては駄目なのだ。ある程度の場所で地竜を倒す必要がある。既に外壁が見える位置まで接近してしまったのは失策と言えた。

 

 地竜の視覚も聴覚も嗅覚も全て回復したのだろう。これまで以上の速度と正確さで三人を追尾し――後数歩で追いつくという所で。

 

「はい、捕まえた」


 地面が陥没した。地竜もグレイウルフなどと同じように魔力が見れる。地竜を落とす程の大穴は、流石のクレアでも瞬時に創り出すことは出来ない。ならばどうするか。答えは簡単である。予め用意しておく。

 天井に当たる土は残しておき、人が通った程度では崩れず、遥かに重い物が通った時に崩れる程度の強度にする。

 そうする事によって地竜だけを狙い撃ちにした落とし穴が生まれた。

 

 更に。

 

「特別性の泥よ。貴方の為だけに用意したのだから楽しんで頂戴な」


 その穴の中には沈み込んでいく泥が用意されていた。地竜の跳躍力は見ていた。飛び跳ねて脱出されないように、足場を不安定にする。オマケとばかりに粘着質。飲み込むように地竜を地の底へと引き摺り込んでいく。一種の底なし沼だ。容易に脱出はさせないという二段構え。

 

 逃げ切れた騎士科の三人が安堵したように座り込んだ。

 

「さあ、後はそっちの出番よ。カス」


 そう呟くクレアの声には確かな信頼が込められていた。

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