29 魔導科の三人
魔導科の三人の仕事はトドメだった。
そもそも、九人程度で大型を相手にしようとするのが間違っているとカルロスは思う。はっきり言って彼らの出番が来るまでに一人も欠けていないというのは奇跡を祈るしかない。
騎士科の三人が追いかけれている間に食われる可能性があった。
錬金科の三人も、閃光の魔法道具を投擲した際に、目標を変更して襲われる可能性があった。
痺れ薬入りの死骸を食べない可能性があった。
最後の落とし穴に気付かれて回避される可能性があった。
綱渡りにも程がある。どれか一つでも上手く行かなければ全滅だった立て続けのギャンブル。二度とやらないで済ませたいと切に願う。
他の隊が中型魔獣の侵攻阻止に全力を傾けているとはいえ、地竜がエルロンドに侵入したら全て終わるのではないかと問いたい。
――単純な食事量だけを考えるのならば、大型魔獣一体よりも中型魔獣の群れの方が圧倒的に多い。そう考えれば地竜がエルロンドに陣取っても、全滅するまでに他の街からの援軍が来ればいいと判断したのかもしれなかった。
その場合、カルロスたちの役回りとしては奮戦空しく全滅した学生と言う物だろう。
見捨てたわけでは無く、力不足だった。こちらにも犠牲が出ている――と言う言い訳があれば市民感情も多少は和らぐ。
「とかだったら嫌だなあ……」
最悪の最悪まで想像してカルロスは身震いする。根拠など何もない邪推だ。
「アルニカ! 集中してくれないか!」
「ああ。すまん」
気がそぞろになっているのに気が付いたグラム・アッシャーが苛立ったように叱責した。黒髪をオールバックにして神経質そうな顔つきには、明確な苛立ちの表情が刻み込まれている。今彼らが行っているのは地竜への止めを刺す魔法の準備だ。魔導科三人による合体魔法。高い集中が要求される技術だ。
グラムの魔法は徹底した理論によって構築されている。彼の魔法に遊びは一切ない。無駄を省いてただひたすらに最高効率の魔法行使を目指している。その愚直なまでの生真面目さで魔導科二学年首席の座を射止めている秀才だ。
そんな彼からすれば錬金科との共同研究を掛け持ちをしながらも高い成績をキープしているカルロスは苛立ちの対象だった。
時折聞こえてくるのだ。カルロス・アルニカが魔導科に専念していたら、首席の座は彼の物だったという囁き声が。殆どグラムへの当て擦りであった。お世辞にも、やわらかい性格とは言いにくい彼には敵が多い。
だからこそ彼は余計に自分の魔法理論を磨き、それに固執する。そんな彼にとって目の敵にしている相手との合体魔法と言うのはそれだけで腹立たしい行為と言えた。無論、自分一人で地竜を仕留めるような魔法を行使できないのは分かっているのでそこに異論を唱えるつもりはないが。
そして彼にとっての苛立ちの対象はもう一人。
「おおきくおおきく。そんでもって尖らせてーっと」
歌う様な調子で魔力を注ぎ込んでいくのはテトラ・マークスだ。碌に櫛も通していないぼさぼさの茶髪に冗談染みた前時代的な魔女帽子をかぶった少女はグラムとは対照的なまでの感覚派だ。適当に、目分量で何となくやっている魔法がグラムに次いだ効率の良さとなっている。
腹立たしいどころの話ではないだろう。彼にとってテトラは自分を全否定してくる生意気な女と言う認識だ。そしてテトラは全くそれを気にしていない――どころか気付いていないのだから余計に苛立ちが募るのだろう。
今回の合体魔法はグラムが主体になっている。彼が最も射法の適性が高かった。その為彼の魔法を中心に、カルロスとテトラが創法で強化を重ねていくような形だ。
(二人とも極端なんだよな)
とカルロスは思う。
テトラは言うまでもない。1から10まで目分量でやって上手く行っているのがおかしいのだ。才能。それも五法に対する適正と言う意味では無く、もっと根本的な魔法を扱う上での才能。
その一言で済まそうと思えば済ませられるが、それ故に彼女は成長の機会を得られない。自分の魔法に不足していると感じたことが無いからだ。それ故に理論を意識することが無い。
グラムの場合は、全てを式で表そうとするのがやりすぎだった。魔法を使う上で、予測不可能な要因と言うのは必ずある。それは周囲の環境であったり、魔導炉から生成される魔力の密度であったり、或いは自分自身の体調であったり。
その全てを把握して計算しようとするので逆に無駄が多くなっている。その辺りを適当に済ませてある程度の余裕を持った魔法にすればグラムは飛躍的に伸びる。
カルロスの場合、広く手を伸ばしているため、グラムほど理論を詰めれていない。才に溢れていないため、テトラほど咄嗟の調整が上手く行かない。ただ自分がそうであるという自覚がある為二人の魔法の仲介をすることが出来ていた。
「この大雑把女! 適当に魔力を注がないでくれるか!? バランスが崩れる!」
「えー。でもさ。せんせーの魔法を弾くんだよ? もっと魔力込めて威力上げないとまた弾かれちゃうって。理屈ばっか優先させるから頭でっかちって言われるんだよ」
仲介をしているのだ。仲介をしてどうにか形に出来ているのだ。それでもこの二人が揉める程度に魔法は不安定だった。
「お前ら……少しは協力しろよ!」
「マークスが適当なんだ!」
「アッシャーが細かすぎるんだよ!」
合体魔法とは高度な連携が求められる技法だ。
第三十二分隊は連携に優れている分隊だと評判である。それは騎士科内、錬金科内。或いは科同士の物で、魔導科内だけは例外だった……。
「いいからもっとシンプルにしよう。只管デカくて尖って正確に頭を潰す。それ以外考えるな!」
このままでは失敗するという恐れが襲ってきたカルロスは副分隊長としての強権を行使することにした。少なくとも、この二人に今だけでも従って貰わないと話が始まらないのだ。
「そんな大きい物を正確に飛ばすなんて――」
「ここから投射する必要はない。あの地竜が落とし穴に嵌ったらその上に移動させて自由落下させれば十分な威力になる」
「回転は~?」
「させよう。きっと安定するし貫通力も高まる」
方向性を決めてやれば二人ともある程度落ち着いたらしい。カルロスの調整でどうにか巨大な岩の槍が用意できた。ちょっとした小山のサイズにまで拡大していく。
「さあもうすぐだ……」
綱を渡り終える。幸運を手繰り寄せる。理想的とも言える状態。騎士科に誘導された地竜が錬金科の用意した落とし穴に嵌って出られない。
「今だアッシャー!」
「五月蠅い。命令するな!」
そう言いながらもグラムは小山ほどになった岩の槍を落下させる。射法による射出。自由落下による加速。その威力は地竜の表皮を貫通させるには十分な物だ。『山落とし』と呼称される魔法である。
そして落とし穴の中に吸い込まれていった岩の槍が砕け散った。
「やったか!?」
今、カルロスは間違いなく余計な事を言った。
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