27 騎士科の三人

「……俺たち、貧乏くじだよな」

「言うな、トーマス」


 同じ騎士科であるトーマス・スレイのボヤキにケビンが溜息交じりで答える。残念な事に、ケビンの声にも力が無い為、制止としては余り役に立っていない。トーマスの銀色の髪は常にも増して輝きが鈍って、今では灰色の様に見えていた。本人のテンションも関係しているのは間違いない。

 同僚のボヤキにもう一人の騎士科であるガラン・グレイが肩を竦めた。茶髪を狩り込んだ表情にもどこか諦観が漂っている。

 

「単純な能力の問題、って言われたら仕方ねえべ」

「いやいやいやいや。あんなん絶対建前だって! 俺ら何か死んでもいいって思ってんだろ」

「……かもな」


 トーマスの悲痛なまでの叫びにガランも認めるしかなかったのだろう。言葉少なに肯定の返事を返した。

 

「だが連中のいう事にも一理ある」


 ケビンの宥めるような言葉にトーマスは顔を覆った。

 

「ああ、もうくそっ。ホント最悪だ。何で俺たちがこんなことしなくちゃ行けねえんだ……」


 全く以て、それはここにいる三人全てが共通して抱いている感想だ。

 

 今から彼らがやる事は一つ。

 気持ちよさそうに眠っている地竜をたたき起こして、罠を仕掛けたポイントまで誘導する事だ。エルロンドの街の側にある湖へ突き落とす作戦も検討したが、水深があるところまで押し込む手段の不足から却下された。

 

 眠れる虎の尾を踏むどころの話ではない。間違いなく怒り狂っている地竜相手に追いかけっこなど金を積まれてもお断りしたい依頼だった。

 

 しかもそれはたったの九人で行うというのだ。そこには単純な防衛網からそれ以上人手を割けないという現実的な理由と、貴族の家同士によるパワーゲームの結果があった。

 

「俺たちがやるのが一番成功率が高い」


 他の分隊と比べて連携が取れているのが徒となったと言えるだろう。作戦会議で唯一実行可能そうなアイデアが出たのだが、実行可能そうなのが第三十二分隊だけだったのだ。


「そりゃそうだけどよお」


 トーマスの情けない声にケビンはどう鼓舞しようか悩んだ。始まる前から完全に心が折れている。ケビンとて気持ちが痛い程分かるので上手い励ましが見つからない。義務感でここにいるケビンだったが、万人がそれで動けるわけではないという事を理解していた。

 

「たいちょ、ここは俺に任せてください」


 だからガランがそう言った時に素直に彼の説得に委ねる事にした。少なくとも自分がやるよりも説得の成功率が高いだろうと判断したのだ。

 

「いいか、トーマス。ちっと想像してみようぜ。この作戦の終わった後の事だ」

「終わった後?」

「そうだ。俺たち全員が生き残って地竜を倒して祝勝会をしている。想像してみろ」


 語るような言葉にケビンも想像してみた。まあどこかの酒場で打ち上げでもするだろう。……頭の片隅に打ち上げの手配を忘れないようにしようとメモした。

 

「みんなで協力して地竜なんて大物を狩った訳だ。噂が広まれば感謝した街の連中が酒をおごりに来ることもあるだろうよ」

「あ、ああ。そうかもな」


 確かに。守備隊相手だと守られて当然と言う態度を取る人間もいるが、見習い身分である学生相手だと余計に感謝された事が無いとは言えない。わざわざおごりに来る人間は少なからずいるだろう。その分も少し計算に入れて注文しようとケビンは決めた。

 

「そこで俺たちは言う訳よ。地竜の前に立った時は死ぬかと思ったってな」

「間違いなくそう思うだろうな」


 ケビンも心の中で同意した。

 

「そう言った時の周囲の尊敬の眼が俺たちに注がれるわけだ。あの地竜の前に立った……凄い……ってな」

「なるか……?」

「なるんだよ」


 なるんだろうか、とケビンは首を捻る。ガランがなると言っているのだからなるのだろうな、くらいの感想だった。

 

「そうして話を聞きに来る可愛い女の子がいるわけだ。あの、すみません。その時のお話聞かせて貰えませんか? って」

「お、おう」

「そこでお前が言うのさ。もちろん、構わないさ。ベッドの中で幾らでも聞かせてあげるよ。これで俺たちはこの戦闘も夜の戦闘も大勝利って訳だ」


 凄まじいまでのガバガバ計画だった。そんな上手く行く訳ないだろうとケビンは突っ込もうと思った。

 

「すげえ、すげえよガラン! お前天才だな!」


 だが真に受けたトーマスがやる気を出していたので言うのは止めた。隊員のやる気を出すのも大事な仕事だ。

 

「まだ終わらねえぜ? 竜を倒した何て話題、しばらく続く……つまり、だ」

「そんな夢の様な生活が続く、って事か!?」

「そういう事だ。俺たちの伝説は今日、ここから始まるのさ」

「うおおおお。隊長、俺はやりますよ!」

「……そうか」


 ケビンは口を閉ざす。ガランがやったぜ、と言う表情で親指を立てているが無視した。せめて、トーマスの儚い願いが叶うように打ち上げは女性が入りやすい店で行おうと決めた。

 

「よし、それじゃあ準備は良いか?」

「うっす」

「行けるっす!」


 ケビンが弓を引き絞る。番えた矢は矢じりが特殊な形状をしており、飛ばした時に笛を吹く様な喧しい音が鳴り響く。本来は合図などに使う物だが、これを地竜に向けて放つ。あの強固な表皮と羽毛相手では当たっても気付かない可能性があり、音で目を覚まさせることにしたのだ。

 

 同時にトーマスとガランがそれぞれ魔法道具を手に取る。錬金科の三人が持ち込んだものだ。通常の戦闘では余り役に立つものではないが、逃げる時には役立つ。

 

「……行くぞ」


 ケビンが矢を放った。甲高い音を響かせながら飛んでいく矢は地竜の鼻先に命中した。案の定刺さりもせずに弾かれるが地竜の目を覚まさせるには十分だった。

 睡眠を妨害した相手を探し求めて頭を巡らせた地竜は視線の先にそれなりに美味だった三匹の獲物がいる事に気が付いた。睡眠をとっている間に腹もこなれてきた。また食事にしようと動き出す。

 その機先を制して、トーマスが投石器で魔法道具を投げつけた。地竜足元の地面にぶつかった瞬間、大量の赤黒い煙を噴出させる。それを地竜が吸い込んだ瞬間怒りの籠った咆哮が響き渡った。

 

 ただの煙ではない。目に入れば激痛。鼻に入っても激痛。執拗なまでに粘膜を痛めつけるそれは対人での使用が推奨されていない目晦ましの魔法道具だ。視覚と嗅覚を一気に奪われた地竜は混乱と痛みでのた打ち回る。

 

「よし、逃げるぞ!」

「あいさー!」

「女の子との夜間戦闘の為に!」


 それぞれが己の使える活法を全開にして脚力を強化する。

 

 防衛から一週間目。日が沈み始めた時間に、第三十二分隊騎士科の三人は童心に返って心温まる地竜との命がけの鬼ごっこを開始した。

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