25 大型魔獣
「現時点で全六十分隊中十三分隊が負傷者で機能せず、後方送りとなっている」
防衛開始から一週間。既に五分の一が機能していないと陣地を預かる教師は告げた。今集められているのは各分隊の分隊長と、副分隊長の一人だ。他の面子は何時も通り周辺警戒に当たっている。
朝一の状況確認と訓示だ。日に日に悪くなっていく状況を改めて上位者から説明されると胃が重くなってくる。夜警明けなので眠気もあって非常につらい時間だ。
「迷宮攻略の方は進行中ではあるが、どれだけの時間がかかるかと言うのは不明となっている」
最悪を想定した場合、迷宮探索組も崩壊して身動きが出来ない状態になっているという可能性すらあった。そうなればカルロスたちがここで持ちこたえていても何れ破綻する。
クラス4迷宮と言うのは然るべき準備を整えてまとまった人数で挑めば攻略が難しい物では無い。だが今回の場合クラス4への深化が早かった。もしかしたら既に更に深く――クラス5、6になっているかもしれない。
「他都市への応援要請は既に出している。が、使者が辿り着くまでの時間。そこから軍を集めての進軍。どんなに早くとも五日は経過する」
エルロンド守備隊で手に負えない様な迷宮を安定して攻略できる規模の軍となると、存在しているのは国境線に位置する城塞都市グランデ、或いは中央の王都ログニール、辺境開発の最前線、開拓都市ベズン辺りとなる。最も近いグランデならば早馬で三日程度で着くが、ここの軍を下手に動かせば仮想敵国であるアルバトロス帝国に大きな隙を晒すことになる。
ログニール、ベズンはどちらも早馬で三日はかかる。使者が辿り着いてから軍を整え、そこから更に移動時間を考えると後五日と言うのはかなり希望的な数字だ。
「我々は少しでも長く持ちこたえなければいけない。各員それを念頭に置く様に。解散!」
訓示が終わって分隊ごとに分かれる。分隊の元に戻ろうとするケビンの横に並んでカルロスが肩を竦めた。
「もうちょっと明るくなるニュースが聞きたいな」
「援軍が後五日で来るかもしれない。マシな方じゃないか?」
「魔導科だって指揮官講習くらいあるんだぜ? 来るかもしれない援軍の報なんて来なかった時の士気の低下がやばいだろ」
一応、ここにいる全員がその知らせが希望的な観測に基づいたものだというのが分かるくらいの知識はある。だがこれが末端の兵士を対象にした時には士気の低下が馬鹿にならない。確定事項だけを口にするようにと繰り返し言われる内容だ。
「うちの陣地はまだマシな方だ。士気が下がらず、やるべきことが出来ているからな」
「第三分隊のいるところだったか? 死骸の処理をしないで血につられて大量の魔獣に襲われたってのは」
きっちり焼かずに埋めもせずに放置していた分隊があったらしい。その血と肉の匂いに誘われて中型魔獣が殺到。構築した陣地一つが潰され、数体がエルロンドの方へと流れてしまったのだ。理由としては魔力使用限界、体力の問題だったらしいがその結果が防衛戦に穴を開けたでは洒落にならない。
「うちの陣地はその辺り徹底していてよかった」
「創法の使い手に余裕があるからな」
クレア某のお蔭であった。彼女が他の隊では数人がかりでやるような物を一人で鼻歌交じりに終えてしまうので他の面々がそこまで身体を酷使しないで済んでいるのだ。他の隊だとこうはいかない。
「お蔭で陣地も損傷がすぐ直されている……非常に助かる」
「まあ多少なりとも壁があるってのは安心できるよな」
眠る時、野ざらしなのと周囲が壁で囲まれているのでは安心感がまるで違う。それは睡眠の質にもかかわり、比較的身体を休める事が出来ていた。その為体力的にも多少は余裕がある。
「とりあえず休もうぜ。三十分隊に警戒を引き継いでさ」
「そうだな。流石に限界だ……」
とは言え、一週間もの間気を張っていれば疲労も溜まってくる。夜警明けならば尚の事だ。コーヒーに含まれるカフェインで誤魔化してきたが限界だった。
「あるあるの不味いコーヒーはもうウンザリだよ」
「あの良さが分からないなんて不幸ね、ライラ」
ここでもカルロスのコーヒーは不評だった。
警戒を引き継いでカルロスたちはテントの中で眠りに就く。疲れ切っていた身体は貪欲に睡眠を求めていた。あっという間に意識が落ちた。
――そんな彼らの眠りを妨げたのは地面から伝わってくる振動。一定のリズムで震える大地に眠り続ける事など出来はしない。
「何だ!?」
陽は高く上り、眠りに就いてから三時間か四時間程度が経過している様だった。テントから飛び出して近くにいた生徒に尋ねるが、彼らも状況を把握している訳ではないらしい。地響きがするという事しか分かっていなかった。
「迷宮に何かあったのか……?」
地面、と言う所から地下に伸びている迷宮を連想したカルロスはそう呟く。守備隊が迷宮攻略に成功した結果の地鳴りではないかと思ったのだ。
その予測が誤りであると分かったのは次の瞬間。
木々の上(・)から頭を覗かせる存在。これまでの魔獣とは比較にならないサイズ。木の高さから推測される全高が10メートル以上もある。それが何かを探すようにゆっくりと頭を振っていた。
「デカいぞ……」
誰かが震える声でそう呟いた。あれは明らかに中型魔獣のカテゴリーから外れていた。そのもう一つ上。大型魔獣。歩兵が百人単位で狩る事を推奨する存在。
何よりもエルロンド郊外に構築された陣地は全て中型魔獣を対象にしたものという事。あのサイズの魔獣に襲撃されては瞬く間に蹂躙されてしまう。
そうなれば次に狙われるのはエルロンドだ。
救援が来るまでの五日間。街が壊滅するには十分な時間だった。
「ああ!」
悲鳴の様な声が上がる。それが何に由来する物かはすぐに分かった。大型魔獣が行動を開始したのだ。凄まじい速度で木々をなぎ倒して陣地の一つに向かっていく。
活法で視力を強化していた騎士科の一人が呻く様に言った。
「なんてこった……地竜だ」
かつてこの大陸を支配していた知性ある龍種の眷属と言われている。獣並みの知恵と大陸で比類する者のいない身体能力を持つ凶悪な魔獣。
平地に姿を見せたことでその姿がよく分かる。
体表を羽毛で覆っている。立ち姿も鳥の様に見える。だが体躯に比して小さめの腕と、後ろに伸びた太い尾、そして何よりくちばしの代わりに存在する強靭な顎。それらが全て鳥とは違うと主張していた。
その地竜が陣地を襲っていた。
抵抗が抵抗になっていない。空堀に足を踏み込んだが、地竜にとっては段差程度にしか感じていないのだろう。気にした様子も無くそのまま陣地の土壁に身体を叩きつけた。中型魔獣の突進を幾度と止めてきた壁が子供の砂細工の様にあっさりと崩れていく。
そこに散発的な魔法がぶつけられた。だが全くと言って良い程効果が無かった。中型魔獣でさえ歩兵の魔法では効果が今一となっている。大型魔獣ならば余計にだ。
その陣地の人間たちは判断を間違えた。
地竜が向かってきた時点で何を置いても逃げるべきだったのだ。
生き残りたかったのならば。
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