24 陣地防衛

「正面からグレイウルフ2体、追加で来ます!」

「三十一分隊、三十二分隊で対応! 三十分隊はそのまま正面のデュアルホーングリズリーを抑え込め!」


 最初にグレイウルフと遭遇してから三日。その日から一日過ぎて防御陣地は完成した。つまりエルロンドの守備隊は既に迷宮に突入し、二日が過ぎた事になる。

 魔獣の群れは散発的に、だが徐々にその数を増している。最初は時折一体来るかどうか、と言う頻度だった。

 

 だが今は複数体が同時に襲撃してくる。

 

「お前ら、気合い入れろ!」

「応!」

「後ろにゃ通さねえよ!」


 騎士科の三人が重厚な盾を構えてグレイウルフの突進を止める。グレイウルフの体重は人間を上回る。それでも三人が、重い金属鎧を身に着けていれば一方的に吹き飛ばされることは無い。

 

 バラバラに当たったら意味が無い。三人の連携は完璧だったと言える。同時に盾をグレイウルフの体躯にぶつけて、その衝撃に耐える。地面に金属のブーツがめり込んだ。

 

「今だ、カルロス!」

「おうよ!」


 前衛の最後の一人。カルロスが応じる。今の彼の得物は槍だ。その穂先に『分解』の魔法を宿らせる。三人の隊列の隙間からそれをグレイウルフの頭部に向けて突き出した。魔力の発生を察知したのか、グレイウルフが騎士科の三人を押しのけてカルロスを噛み砕こうとする。

 

「させん!」


 ケビンがその動きに先んじて手にした剣でグレイウルフの足を突く。ただの剣ではグレイウルフの毛皮を切り裂くのは容易ではない。だから彼が狙ったのは爪先。鋭い爪の付け根だ。実際に傷を負わせることは出来なかったが不快な痛みを与える事が出来た。

 グレイウルフの動きが鈍る。カルロスの槍が先に頭部に届いた。触れた毛皮が一瞬で消失する。

 

 カルロスが普段の狩りで『分解』を使わないのは威力こそ在れど素材も纏めて消し飛ばしてしまうので意味が無いのと魔力の消費が激しく赤字になるからだ。だが今回は素材の回収など考えてはいられない。

 中型魔獣の素材は惜しいとは思うが、余計な色気を出して命を落としては堪らないという話だ。

 

 穂先は肉まで届いたが骨には至らない。グレイウルフは傷を負わされて怒りの声を挙げようとして、突如跳躍した。一瞬遅れてグレイウルフがいた場所に穴が空く。

 

「ちっ……素早い」


 陣地の上からクレアが舌打ちする。創法は得意だが、射法はそれなりな彼女では遠隔地への干渉は苦手だった。発生にタイムラグがあり、その隙にグレイウルフが回避している。

 だが、これまでならばそのクレアの魔法でも不意打ちで穴に叩き落すことは可能だった。だが今はそれすらも回避している。単純に個体としての質が上がっていた。


「気を付けて。大分反応が良くなっているわ」

「分かった」

「はい!」


 魔導科の二人がクレアの所見を聞いて返事を返した。遠距離攻撃と言う面ではこの二人が本命だ。創法、射法共にバランスよく鍛えられている二人は遠隔地への干渉速度と言う点ではクレアを上回る。

 

「『火炎球』!」


 一人が魔法名を叫びながら火の玉を打ち出す。単発の攻撃。当然の様にグレイウルフはそれを回避した。両足が地面から離れる。その瞬間を狙ってもう一人が魔法を発動させる。

 こちらの少女は無言で魔法を創り出した。氷の槍。それが未だ宙にいるグレイウルフの頭上に発生し、降り注ぐ。一本ではない。一発一発は威力が低い物の、十数本の槍が降り注ぐ。その大半は毛皮に弾かれたが内一本が幸運にもカルロスが分解した頭部の傷跡に突き刺さる。

 

 苦悶の声を挙げるグレイウルフが着地する。その動きは鈍い。そこに目掛けて陣地から小さな玉が投げ込まれる。錬金科の一人が投石機で投げつけた魔法道具――それはカルロスたちが作っていた爆発の魔法道具だ。

 

「回避!」


 ケビンの号令に合わせて騎士科の二人とカルロスは構えた盾の陰に隠れる。次の瞬間に魔法道具が爆発。グレイウルフの頭部近くで破片が撒き散らされた。爆炎で毛皮を焼かれ、破片が肉を抉り骨を砕く。その傷が脳にまで達してグレイウルフは生命活動を停止させた。

 

「……お前らこんな物作ってたのか」


 その威力にあきれ返った様にケビンは感想を述べた。カルロス達が以前に作った爆発の魔法道具だ。

 

「本当は違う物作ってんだけどな……」


 カルロスも驚きながら頭部の吹き飛んだグレイウルフの死骸を見つめる。改良は完全に委託していたが、知らぬ内に威力が向上していた。

 

「皆さん怪我はないですか?」


 錬金科の最後の一人が戦闘を終えた前衛の四人の元に駆け寄ってくる。手には薬箱。彼女たちが作った薬品が詰まっているのだろう。戦闘中の傷や重い傷は活法で直すが、それ以外の場合は作った傷薬で治療しておいた方が良い。

 魔力はエーテライトがある限り無制限だが、それを使う人間の方には限界がある。まだ物資に余裕があるうちは節約しておいた方が良い。

 

「大丈夫だ」

「ハーセンちゃん。俺さっき受けた時に手首捻ったみたいだから頼むわ」

「あ、はい! 任せてください!」


 そのやり取りを聞きながらカルロスは隣に目をやる。他の分隊もグレイウルフとデュアルホーングリズリーを倒したようだった。だが無傷と言う訳ではないらしい。

 デュアルホーングリズリーと言う両腕に巨大な角を持つ熊型の魔獣を相手にしていた第三十分隊は一名が腕を折ったらしい。おかしな方向に曲がった腕を抱えて顔を歪めている。

 

「ハーセン。そっちが終わったら向こうの治療の手伝いに行こう」

「はい」


 ケビンが他の隊の消耗状況を見てそう判断した。苦しそうにしながら陣地に戻っていく各分隊を見てカルロスはつぶやく。

 

「まだ三日目だぞ……? こんな調子で最後まで持つのか?」


 たった一人と言えばたったの一人だがこの陣地に限って言えば六十人の内の一人だ。これから気力も体力も消耗していけばミスも増える。そのミスが怪我に繋がる。そう考えると、加速度的に怪我人は増えていくだろう。

 

 何時までこの陣地を維持できるかが勝負の別れ目になるとカルロスは感じていた。

 

「カルロス。死骸を焼くので手伝ってくれ」

「ああ。分かった」


 魔獣とて死骸となったら獣と変わりない。放っておけば疫病の元となる。そうなる前に灰としてしまった方が良い。

 

 その気になれば、カルロスの死霊術で使役することも可能だが、次に魔獣の襲撃が来る時が分からない事を考えると手間が多い。何しろ腐敗しないように気を使う必要がある。そして単純に臭いはきついし、見た目もグロテスクだ。近くにいては気が休まらない。と散々な評価だった。

 

 それらを差し引いても戦力的な価値があると思うのだが、士気がガタ落ちするからやめてくれと言われてしまってはカルロスも強行できない。

 

 カルロスは手元に火種を発生させながらやはり死霊術は扱いにくいと思うのだった。

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