21 接敵

 きわめて短時間で陣地の構築が終わったが、同様の陣地はまだ都市を囲むように数か所設置する必要があった。

 各所で連携して魔獣の侵攻を阻止するという計画だ。

 

 カルロスたちも自分以外の陣地作成に奔走する事になった。

 

「正直、実戦っていうのが無ければ凄くいいトレーニングだよね、これ」


 創法の使える魔導師として引っ張りだこだった魔導科の一人がぽつりとそう呟いた。

 

 魔法を扱う際の位階。それを上げるには只管魔法制御能力を鍛えるしかない。ではどうやって鍛えるかと言えばそれは実際に使うしかない訳だった。

 しかしながら小型とはいえ魔導炉。魔力を生み出す燃料となるエーテライトはただではない。魔法を扱えるようになる人間に、貴族、商人等の富裕層が多くなっている原因の一つだった。

 

 今ではある程度の才覚を外部から観測することも可能になっている。その為、高位階の魔導師の育成と言う観点では効率化が進んでいる。

 反面、それなりの才覚の人間へは従来よりも教育のリソース――もっと言ってしまうとエーテライトの配分量が減ってしまった。

 

 平均的な魔導師が十人いるより、高位階の魔導師一人いる方が様々な分野で役立つことが多い。数が必要になるのは軍事くらいの物である。

 

 兵士訓練校としての側面もある王立魔法学院では平均的な質も重要視しているが、エーテライトの量には限りがある。全員が全員満足いくまで魔法の鍛錬が出来るわけではないのだ。

 

 この後に控えている大量の魔獣との戦闘と言う課題が無ければ毎日肉体が耐えられる限界まで魔力を扱って魔法を使える環境と言うのは魔導師にとって夢の様であった。

 魔獣との戦闘を含めて、物資的な支援は常以上に行われていた。それでも足りないかもしれないと個々人で持ち込む物資があるのだが。

 

「にしても森の中静かだね。本当に魔獣なんているのかな?」


 錬金科の一人がそう疑問を口にした。錬金科の生徒は滅多に魔獣が出るほどの奥にまでは入り込まない。クレアが例外すぎるのだ。この静かすぎる森が何よりの異常事態である事に気付けないのだろう。

 

 恐らくは、今森の中にいる大半の獣と魔獣は迷宮から溢れ出た魔力で変質している所だ。中型魔獣への変化は単純な体積増加を考えても時間がかかる。だがそれもそこまで時間がかかる訳ではない。そして終わる時はほぼすべてが同時だ。

 そんな事をカルロスが考えていた時。森の奥の方で木々が倒れる音がした。

 

「どこかの分隊が伐採でもしてんのか?」

「いや……」


 それにしては木の倒れるペースが速い。更にはその倒れる位置が徐々にこちらに近づいてきている事に気付いてカルロスは叫んだ。

 

「魔獣だ!」


 カルロスの叫びと同時、森の奥から咆哮が響いた。魔獣になれていない生徒は――否、それなりに慣れているはずのカルロスでさえ身体が恐怖で硬直した。

 

 狼系の魔獣だとカルロスは声から判断した。変貌から活動の開始までの期間が予測よりも短い。まだ計算では二日の猶予があるはずだった。

 そして最悪な事に、未だ陣地構築作業を行っていた生徒の大半は防具を身に着けていない。木々をなぎ倒しながらも接近してくる速度は決して遅くはない。少し時間を稼げば巡回しているエルロンドの守備隊が急行してくれるだろう。

 

 問題はその少しの時間が稼げるかどうかである。

 

「アッシャー! ケビンたちを呼んできてくれ!」

「分かった!」


 何故、とも嫌、とも言わずに即座に指示した内容を実行する。今この場に残っているのは魔力を大分使った魔導科と錬金科合わせて四名だけだ。

 

「時間を稼ぐぞ」


 足元の地面から棒を一つ創り出す。ここに『分解』の魔法を纏わせれば決闘騒ぎの時の魔法剣並みの威力は得られる。

 問題は、中型魔獣相手にするときには『分解』の魔法剣では攻め手として不足しているという事だ。他の三人の魔法でも打撃力不足だろう。

 

「レギンはタイミングを見て土壁を作ってくれ。マークス、援護を頼む。ハーセンは治癒の準備を」

 

 対策を指示している間にも魔獣は接近してくる。木々の隙間から灰色の毛皮が見えてきた。全高がカルロスよりも高い狼。間違いなく魔獣である。

 ちらりと見えた前足の爪は何気なく置いただけで木の根を断っている。あんなものに引っかかれた日にはカルロスの上半身と下半身は永遠にお別れすることになるだろう。

 

 中型魔獣としてポピュラーなグレイウルフだ。兎に角シンプルな程シンプルな魔獣と言える。巨大な体躯、鋭い牙に爪、変わらぬ敏捷性。大型化した事でタフになり、それでいてすばしっこさは据え置きの為脅威度の高い魔獣だ。特殊な能力の類は皆無だが、地力だけで人間を狩る恐るべき相手と言える。

 

 グレイウルフは警戒するように唸りながらも木々の隙間から巨体を出してくる。陽光の下に現れるとその大きさがよく分かった。

 

 この中で仮にも剣を振るって魔獣と戦ったことがあるのはカルロスだけだ。最低限の皮鎧はつけているが、果たしてあの爪の前に効果があるか試してみる気はならない。

 

 グレイウルフが身を撓ませた。跳躍の前兆を見てカルロスは足元の地面に魔力を流し込む。それとほぼ同時にグレイウルフが溜め込んだ力を解放した。弾丸のように真っ直ぐに突っ込んでくる狼の姿。そこに合わせて土の壁を瞬時に作り上げる。

 

 咄嗟に作った壁は強度的にも不十分。体当たり一発でひびが入り反対側が見えるほどの穴が空く。カルロスはその隙間から魔法剣を捻じ込んだ。土壁を削り取ってその向こうのグレイウルフを貫く、かに思えたが野生の獣らしい反応で大きく飛び退いた。射法が使えるのならばそのまま魔法を打ち出すことで追撃できただろうが、これ以上カルロスに出来る事はない。

 

 触れる事さえ出来なかったと歯噛みする。カルロスの基本戦術は触れて解法と融法で弱点と次の動きを読むことだ。素早さが上回っている相手とは相性が悪すぎる。

 

 再度の跳躍。今度はカルロスでは無くレギンと呼ばれた錬金科の生徒が壁を作り出した。だがグレイウルフもそれを読んでいたのか。今度は体当たりでは無く爪で切り裂き、そのまま突っ込んできた。破片で視界を塞がれた形になるカルロスはグレイウルフの動きを追い切れていない。

 

「アルニカ!」


 後ろに控えていたマークスが火炎球の魔法でグレイウルフを牽制していなければ、最初に見た時の印象通りにカルロスの胴は二つに分かたれていただろう。マークスの好アシストのお蔭で、爪の先が掠めただけで済んだ。胴の皮鎧にゾッとする程綺麗な切れ目が一つ。その下の肌からも血が滲んでいる。

 

 カルロスがその痛みを自覚するよりも早く、ハーセンが治癒魔法をかける。活法によって肉体の自然治癒力が向上させられ、かすり傷レベルだった傷は即座に治る。

 

 今の攻防が一分程度。助けが来るまで短く見積もっても五分。後五回もこんな綱渡りが必要なのかと思うとカルロスは背中に汗が伝うのを感じるのだった。

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