20 築城

 各人で物資集めに奔走し、再度集合したのは一時間後だった。

 

 実際に購入はせずに取り置きを頼む形になる。今日の昼頃には学院内にある第三十二分隊用に用意された教室に押し込まれることだろう。

 

「まずはエルロンド郊外に陣地を形成し、魔獣を迎え撃つ作戦の様だ」


 作戦会議を終えたケビンが分隊の面々にそう説明する。騎士科の面々は納得したように頷いており、魔導科の三人は一瞬考えた後納得した表情になった。錬金科は何故そんな事をするのだろうかと言う顔をしている。

 

「確かにエルロンドの街にも防壁はある。だけどはっきり言って魔獣の群れには対応していない。はぐれて人里に近づいた魔獣を入り込ませないようにするための物で、防衛戦を行うための物じゃないんだ」


 騎士科の一人がそう説明すると錬金科の三人も理解したようだった。

 

 実際、強度的にもそこまでの物では無い。ここが砦ならば引き籠るのもありだったが、その程度の防壁では短時間で破られるだろう。

 

「陣地で魔獣の侵攻を耐え、その間に本隊が迷宮を攻略する。現時点でクラスは4以上と確定した……迷宮攻略には時間がかかると見た方が良い」


 迷宮のクラスは単純に深さが基準だ。そもそも迷宮の発生とは、魔力だまりに溜まっていた魔力が何らかの原因で高純度のエーテライトへと変質した結果起こる現象と言われている。溢れ出る濃密な魔力で周囲の地形を侵食して、変質したエーテライトは地下へと沈んでいく。地下に潜れば潜るほど蟻の巣の様に複雑な構造となっていく。

 

 クラス4と言うのは発生直後としてはかなり深い位置までエーテライトが潜っている。時間経過で更に深くなることを考えると早急に迷宮を攻略――高純度エーテライトの回収を行わないとエルロンドの側に大深度の迷宮が発生しかねない。

 

 大陸の歴史において、大都市の側に迷宮が発生してしまい攻略に失敗した結果、人が住めない土地になったという例は少なからずある。

 その愚を繰り返さないためにもエルロンドは持ちうる全戦力を持って迷宮攻略を行うつもりらしい。

 

「既に王都、近隣領に援軍の要請は出しているらしい。だがこの頃はあちこちで魔力だまりが発生していて街道も寸断されている。スムーズにこれるかどうかは不明だ」


 余り当てには出来ないという事だろう。

 

「俺たちの最初の仕事は陣地の構築だ。まあ、そんなに苦労はしないだろうが」


 ケビンの言葉に全員が口元に笑みを浮かべた。

 

「何せウィンバーニがいるからな」

「そうそう。また他の奴らの『ウィンバーニ一人でいいんじゃねえかな……』って顔が見られるぜ」

「違いない」


 そう冗談を飛ばすとクレアも冗談で返す。

 

「あら、嫌だ。ログニスの騎士はか弱い女に土木仕事を押し付ける気なのね。とんだカスだわ」


 一瞬、自分が呼ばれたのかと思ってカルロスは身体を震わせた。その反応に周りはまた笑った。

 

「いや、全く。騎士としては情けない事だがここは一つウィンバーニ先生にお出ましになってもらおうと思ってな。後は筋肉馬鹿のグレイ、スレイ以外の皆も陣地構築だ」


 魔導科と錬金科の創法を扱える人間で陣地――もはや城と言い換えてもいいレベルの物を構築する。それだけで防衛は大分楽になる事だろう。

 

「収容人数は中隊で良いのか?」

「ああ。他の隊からも手伝いが来る」

「了解だ。とびっきりのを作ってやる」


 同じような分隊が六個。中隊長の教員等々を含めると六十人程度が収容できる陣地の構築。本来ならば一仕事であるが、創法使いにとっては半日もあれば終わる仕事だ。

 ましてこの隊には最高クラスの創法の使い手であるクレアがいる。頑強な陣地が作られることだろう。

 

「よし、それじゃあ早速取り掛かろう。防衛体制が確立したらエルロンドの守備隊は迷宮に向かう。時間との勝負だ」


 流石に守備隊がいきなり抜けてはエルロンドの防衛力がガタ落ちになる。きっちりと引き継ぎはしてくれるようでカルロスは安心した。向こうも本職なので要らない心配だったとも言える。

 

 分隊のメンバーが郊外へと向かう。

 

「この辺りが木々の生え方から言って魔獣たちの通り道になりやすい個所だ。塞ぐような形で陣地を頼む」


 髭を生やした守備隊の兵士――元は猟師だと言っていた――は陣地の建設位置の指示を出す。それを聞いたクレアを除いたメンバーが動き出す。

 

「とりあえず空堀と塀か?」

「そんなところだね」

「よしやろうか」


 と口々に言って全員が同じような動きをする。即ち、携帯用の魔導炉の釦を押して魔力を生み出す。地面に掌を当てる。

 

「行け、アースウォール!」


 と叫んでいる生徒もいる。と言うよりもカルロスだ。

 

 魔法とは本来念じるだけで発生する物だ。他者への注意喚起の為に魔法名を叫ぶ者もいるが、基本的には無音で問題ない。カルロスは割と叫ぶタイプである。発動方法はバラバラだったが、数分で2メートルほどの空堀と、3メートルほどの塀が出来ていた。その光景を見て兵士が口笛を吹く。

 

「流石は魔法学院の生徒さん達だ。あっという間だな」


 彼は余り魔法を見慣れていないらしく、一瞬で土木工事を終えてしまった光景に感嘆している様だった。

 それを見て疲れた表情の彼らは得意げと言うよりも面白がっている。何故ならば、この後にもっとすごいのが控えている事を知っているからだ。

 

「皆お疲れ様。後は任せて」


 そして大本命。クレアが前に出た。腕まくりをして気合いに溢れている。

 

 魔導炉の釦を一回、二回、三回。それだけでは止まらず何度も連打している。

 

 魔力を生み出すのは魔導炉だが、魔力を使うのは人間だ。人間の魔法、魔導五法の発動は魔力を一度自分の身体に通す。その際に疲労が発生するのだが、今クレアが魔導炉に生成させた魔力は彼女が今日一日に耐えられる魔力量ギリギリだった。

 クレアはここで全てを出し切るつもりでいる。

 

「クリエイトフォートレス」


 元々クレアは無音で魔法を発動させる人間だった。だがカルロスと行動を共にするようになってから彼の癖が移ったらしい。小さな声で魔法名を唱える。その結果起きた出来事は劇的だった。

 

 塀の内側に空堀が追加される。大地が大きくせり上がり、台形の高台に変わる。更にそこに屋根の付いた建物が六棟。何度か折れ曲がった坂道。そして高台の上にも塀。

 

 一瞬で防衛陣地を作り出したクレアは流石に疲れた表情をして地面に座り込んだ。隣に立って周囲を警戒しているケビンに詫びの言葉を入れる。

 

「悪いのだけれども、今日はこれ以上は無理だわ」

「いや。十分だ。後は体力の有り余っている俺たちでやる」


 騎士科の面々が頷く。これからここに各分隊で集めた物資を運びこむのだ。陣地構築では何も手伝えなかったので気合いに溢れていた。

 

 そして、猟師上がりの兵士は顎が外れたのかと思う程大口を開けて驚愕を露わにするのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る