19 第三十二分隊
カルロスは実家の家業とも言える死霊術が嫌いだった。
建国当初の王家から授かった使命だと言っているが、そんな時代にそぐわない命など放棄してしまえばいいとさえ思っている。
辛気臭く、何百年も停滞している様な故郷。
それでもアルニカ家の王家への忠誠と、高貴なる者としての義務を果たす姿は言葉にされずともカルロスの心の中に焼付いている。
覚えている。
幼い日に発生した魔力だまりの活性化現象。
それを治める為に領民を率いた父の姿を。その後を追う二人の兄の背を。その三人の姿を誇りに思った。姉と一緒に見送った。
例えその結末が血に濡れた物だったとしても、その時に感じた誇らしさと、彼らが抱いていたであろう想いは尊い物だった事は間違いない。
カルロスは死霊術が嫌いだ。
それでも、アルニカ家の事は愛し、誇りに思っている。
例え、今から向かう先が死地であろうともその名に傷を付ける事は耐えられない。
兄たちは逃げなかったと己を鼓舞する。当時の兄の年齢をカルロスは昨年超えた。兄たちはカルロスの様に魔法学院に進学しなかった。戦う力と言う点では今の自分よりも遥かに劣っていた。それでも領民を守る為に兄たちは前に出たのだ。
そう思うと足の震えが止まった。周囲の声も良く聞こえるようになってくる。
「各学科混成での部隊を編成する。過去に行われた分隊訓練の際の編成とする。分かれ!」
号令と同時に動き出す。隣で白い顔をしているクレアの肩に手を置くと、彼女は大きく身体を震わせた。
「行くぞ」
「ええ……大丈夫よ」
何も言っていないにも関わらず大丈夫だと言い張るクレアの姿にカルロスは危うい物を感じる。クレアの能力は高い。だがあの心理状態ではその力を発揮することが出来るだろうか……。
「第三十二分隊、こっちだ!」
頭一つ高い位置からの低い声に、カルロスは探していた人物を見つけた。
「ケビン」
「カルロスか。……まさか半年もしないうちにまた魔力だまりの活性化に遭遇するとは思わなかった」
低い声で溜息を吐く姿は心の底からうんざりしている様だった。だがそこには実戦への恐怖は見られない。既に実家で初陣を済ませているからか。落ち着いて見えた。
騎士科から三名、魔導科から三名、錬金科から三名。計九名で第三十二分隊は揃った。
「では以前の演習と同じく、俺が分隊長という事になるが、異論のある者は?」
まずはケビンがそう切り出した。指揮系統を明瞭にすることは必要だった。
「ならまずは連携の確認だ。今回はエルロンドの城壁を使った防衛戦になる。我々騎士科と魔導科のアルニカの四名が前衛。魔導科の二名と錬金科のウィンバーニ、レギンが後衛。ハーセンが衛生兵として動いてくれ」
この場では実家の家格は無視される。それが建前だけとなるか、真に行動が伴うかは分隊ごとに異なる。ケビンが率いる第三十二分隊は行動の伴っている分隊だった。
この分隊に置いて家格的にはケビンのクローネン家はアルニカ家と並んで最下位だ。それでも指示を出されて不服に思う者はいないし、逆らう様な真似もしない。それは数度行われてきた分隊演習でケビンが指揮官としての才覚を示し続けてきたからである。
平時は言葉少ななタイプだが、こと指揮となれば言葉に不足はない。平時とは頭を切り替えてどの隊員も平等に接する。その切り替えはカルロスも見事と見習いたいところである。
魔導科の中で射法を使えないカルロスは騎士科と合わせて前衛。射法と創法が使えて攻撃も可能な錬金科を後衛に。そして活法を扱える一名を衛生兵として治療に当てる。やや変則的ではあるが第三十二分隊はその配置で魔獣とも、同じ分隊との模擬戦も勝ち抜いてきた。
「大丈夫だ。二カ月くらい前に実家で中型魔獣とやりあってきたが、兵士が十人もいれば十分に対処できた。魔法が使えるならこの人数でも十分だ。それに学院生だけでも六百人近くいる。余裕だ」
そんな風に周囲の緊張をほぐすことも忘れない。カルロスはその時にどれだけ苦労したかと言う話を酒場で聞いていたが、それをこの場で話すような馬鹿はしない。
「よし。それじゃあ中隊長の所に行ってくる」
「ああ。こっちは必要な装備を調達して来るよ」
一応カルロスは副分隊長と言う役目になる。もう一人、錬金科からも副分隊長と言う役職持ちがいるため、二人で分担してこの後必要になると思われる物資の調達に奔走する。最低限は学院からも出るが、それは本当に最低限だ。
自分たちの身を守る事を考えても独自の物資調達は必要だった。
「ハーセンは医薬品を頼む。正直俺はそっちの方はよく分からない」
「了解。グレイ君。力仕事だから手伝って貰えるかな」
「はい。よろこんで! ついでに食事でもどう?」
「うふふ。駄目だよ。誰にでもそんな事言っちゃ」
騎士科の一人を荷物持ちとして連れて行く。これから始まるのは戦だ。間違いなく怪我をする。医薬品の確保は最優先だった。
「レギンとスレイは保存食だ。一週間分は確実に確保しておいてくれ」
「一週間かー。隊長はー今回の作戦、長引くと思うー?」
「分からん。迷宮攻略がどの程度で終わるか、が全く読めないからな……本音を言えば二週間分は欲しい」
「了解ー。伝手を当たってみるねー」
「うへえ……長期戦かよ。勘弁してほしいぜ」
錬金科と騎士科から一人ずつが食料品の調達に向かう。予め確保しておかないと後々足りなくなった時にひもじい思いをすることになる。それを抜きに考えても、空腹で力が出ないというのはシャレにならない事態だ。多少余分に買い込んでおくくらいで丁度いい。
「俺たちは装備を整えよう」
後は実戦で使用するための武具だ。破損することも考えて予備も用意する必要があるし、魔法を使うのならばエーテライトが無いと話にならない。幸い、カルロスにはオスカー商会と言う伝手があった。帝国産のエーテライトは未だに品薄が続いているが、王国の物ならば十分な数があるはずだった。
こんなところで死ぬつもりは全くないカルロスは僅かな妥協もしない。命より高い物は無いとばかりに積み上がっていた資産を放出するのだった。
それでもこの分隊は恵まれている方だった。平民だけの分隊などはそんな物資の集め方は出来ないので学院が提供する最低限の物しか用意できない。
その結果命を落とすかもしれないという事はカルロスも理解していた。それでも援助は出来ない。その援助で自分たちが命を落とすかもしれない。もっと言ってしまえばクレアが命を落とすかもしれない。この状況でも密かについている護衛は役目を果たすのだろうが、戦場に絶対はない。
カルロスは死霊術が嫌いだ。
もし、大切な人たちが死んでしまった時に死霊術を使わないという自信が無い。死者の蘇生など不可能だと分かっていても縋ってしまいそうになる。
だからカルロスは死霊術が嫌いなのだ。死者を冒涜する術が大嫌いだった。
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