18 召集

 その日も何時も通りの朝だった。

 何の変哲もない朝。

 エルロンドが幾度も迎えてきた代わり映えのしない朝。

 

 だが、ヤザンの森では異常が進行しつつあった。

 

「大分形になったな」


 街外れの倉庫。そこに横たわっている魔導機士――になろうとしている人型を見てカルロスは満足げに頷いた。

 

「本当ね。後はカスの作っている操縦系を積めば一応のテストが出来るんじゃないかしら」


 クレアも同意の頷きを返す。カルロスがリレー型魔法道具の特許を取得してから二か月。潤沢な資金を背景に不足していた部品や素材をオスカー商会経由で買い集めたカルロス達は試作機をほぼ完成にまで持ってきていた。

 

 残るはクレアの言うとおり、カルロスが作っている操縦系の魔法道具を積み込むだけだ。関節を動かす、と言う部分は既に積み込まれており、それを動かすための魔法道具が未だに未完成となっていた。

 

 通常魔法道具は人が片手で抱えられる程度のサイズの物が多い。なのだが、格納予定の場所には人ひとり分のスペースが空けられている。作成中のエーテライトも人の胴体ほどもある大型の物だ。これだけでも相当の金額となる。一塊のエーテライトと言うのはそれだけで高額なのだ。リレー式の特許料で得られた金額の大半を注ぎ込んだ。ちょっとした屋敷なら建てられる。

 

「融法の魔法道具何て全然ないから作るの滅茶苦茶大変なんだけど……」


 魔導五法の法則。

 射法に長けた物はその他に創法、解法に長ける。

 創法に長けた物はその他に射法、活法に長ける。

 活法に長けた物はその他に創法、融法に長ける。

 融法に長けた物はその他に活法、解法に長ける。

 解法に長けた物はその他に射法、融法に長ける。

 

 そして魔法道具を作るには込める魔法が使えるか、深く理解していないといけない。それを考えると創法と相性の悪い融法、解法の魔法道具は殆ど存在しない。数少ない品も古代魔法文明時代の物だ。

 

 将来的には量産可能にしたいことを考えると、カルロスにしか分からないような構造にせず、万人が理解できるような簡便な構造が望ましい。

 

 参考に出来る物も無く、手探りの魔法道具作成は難航していた。

 

「魔導炉の方は低出力なら予想通り安定しているわ。今の所停止状態の機体を賄えるだけの出力は確保できているのだけれども、それを乗せたらちょっと怪しいかもしれないわね」


 魔法道具の消費魔力は大体命令文を記述したエーテライトのサイズに比例する。あれだけ大型となると今の低出力では賄えない可能性があった。

 

「……早めに完成させます」


 カルロスの遅れが全体の遅れとなってしまっている現状、数日前からクレアはやる事が無くて暇をしていた。無論、細かなチェックを行ってはいるのだが、新規でやる作業と言うのは無い。

 

「急がなくてもいいわよ。急いで失敗された方が困ってしまうもの」


 淡い笑みを浮かべながらクレアがそう言う。それに対してカルロスが何か言い返そうと思った所で。

 

 鳴り響く鐘の音。それは街の中心から聞こえてくる音だ。街外れの倉庫にまで届くほどの大音響。一度ではない。短時間に三回。間を置いてまた三回。その鳴らし方が意味するところは一つ。

 

「クレア!」

「分かってるわ!」


 二人は顔色を変えて倉庫を後にする。鍵もかけずに飛び出した彼らは真っ直ぐに学院に向かっていた。

 今の鐘の音は学院生向けの非常呼集だ。何かが起きた。その何かは大雑把に言ってしまえば学院生が――戦闘訓練を受けている訓練兵に準じる人材を必要とする場面。

 

「どっちだと思う?」

「人か、魔獣か?」

「ええ」

「人、じゃないだろうな。国境に近いとは言っても間にまだいくつか街がある。そこを攻められた、抜けられたっていうのならもっと噂が聞こえてきてもいい」


 それに。とカルロスは忌々しげに吐き捨てる。

 

「恩恵を受けて置いて言うのも何だけどな。魔力だまりを放置するっていう事は何時かこうなるかもしれないというリスクを容認したって事だ。それ程驚く事じゃない」


 走っているというのにクレアの顔色は白い。普段から戦闘訓練を受けているカルロスたち魔導科や騎士科と違って、錬金科では最低限の護身程度しか学んでいない。高学年になれば魔法道具をしようした戦闘などを学ぶ機会もあるが、クレアはまだそのカリキュラムにまで到達していない。

 

「急ごう」

「え、ええ」


 学院に辿り着くと、全員が修練場であるグラウンドに整列していた。カルロスたちと同じように全力疾走して、列の最後尾に着く者も多い。

 殆どの生徒が集まった辺りで、教官が拡声の魔法道具を手にしてグラウンドに現れた。

 

「総員傾注。先ほどエルロンド守備隊より連絡が入った。エルロンドが管理している魔力だまりが異常活性。周辺地形を侵食して迷宮化した」


 端的な状況連絡にざわめきが広がる。

 

 迷宮。魔力だまりの最終形とも言える状態だ。地形自体が魔獣化したと言えばいいのか。変化の仕方はその時々なので画一的な説明と言うのは出来ない。確かなのは魔力だまりよりも厄介な魔獣を生み出し、周辺地形を侵食する。そこで得られる物は魔力を帯びた特殊な品々が多いのだが、周辺への影響が大きすぎて迷宮を管理しようなどと言う発想は中々出てこない。それを行おうとして滅びた街の話はいくつもある。

 

 普段ならば即座に静粛を求める叱責が飛ぶのだが、今はその時間も惜しいのか。教官は話を続けることを優先した。

 

「迷宮の規模は不明。セオリーに従えばクラスは1から2と言ったところだが、異常活性の影響で一気に3、4となっている可能性も否定できない。その為、エルロンドは早急な迷宮踏破の為に守備隊の大半を攻略に当てる事を決定した。その間、不足する街の防衛に我々王立魔法学院が駆りだされることになった」


 やはりそうか、とカルロスは納得する。出動命令だった。迷宮化した土地から溢れてくる魔獣。それらからエルロンドを防衛する。

 

 ロックボアの様な小型魔獣は出てこないだろう。少なくとも中型魔獣にまで変化しているはずだった。見習いばかりの学院生で、日頃相手をした事が無い難敵を狩る。オマケに慣れていない防衛戦。

 

 グラウンドを埋め尽くす生徒をカルロスは見る。一学年はまだろくな戦闘訓練も受けていないので物資運搬などの雑用が中心になる。だがカルロスたち二学年以上は直接戦闘になる。

 

 果たして、ここにいる何人が生き延び、何人が死ぬことになるのだろうか。学院生の動員など、十数年は無かった出来事だ。よりによって自分の代でと言う思いがある。

 だがやらなければいけない。ここで逃げたら命はあってもこの先貴族として生きていく事は出来ない。

 

 高貴なる者の義務。それを履行する時が来たのだ。

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