17 成金

 そもそも、魔法道具とは魔力化させる前のエーテライトに命令文を記述し、それを実行させるための外装を整えた物だ。

 

 如何に限られたスペースに命令文を記述するか。そこが魔法道具製作者の腕の見せ所となる。そしてもう一つ重要なのは、基本的に魔法道具の作成者が使える魔法しか魔法道具には込められない。その為すぐれた魔法道具を作れる人間は限られる。

 クレアはその限られた一人だったのだが、今しがたカルロスが軽い調子で言った魔法道具を使う魔法道具何ていう物は想像もした事が無い物だった。

 

「……つかぬ事を聞くのだけれども、どうやって魔法道具に魔法道具を使わせるのかしら?」

「え。どうやっても何も」


 そう言いながらカルロスは棚から試作品らしき物を持ち出してくる。

 片方は魔力を流しながらボタンを押すと、それに連動して蜘蛛の足の様に伸びている十本のレバーがテンポよくテーブルを叩く。その足の内の二本には別の魔法道具のボタンが繋げられていた。足の先の魔法道具はボタンを押された事で繋げられていた魔導機士と同じ可動部のミニチュアを動かしていた。

 

「こんな感じ」


 それを見てクレアは机に突っ伏す。彼女の今の心情としてはどうして今までこの発想が出てこなかったのかと頭を抱えたい気分だった。このリレー方式とでも言うべき複数の魔法道具の連動は革命である。ある程度種類が限定されるが、魔法道具を作る際に命令記述用のエーテライトのサイズを気にせずに作る事が可能になるのだ。

 

「……カルロス」

「うん。え、いやちょっと待って。今何て?」


 唐突に名前を呼ばれてカルロスは動揺を隠せない。名前を呼ばれただけで動揺する辺り、クレアの日頃の言動が伺える。


「今すぐ事務局に行って特許申請しましょう。これは革新的な発想よ」

「特許? それは良いんだけど今俺の名前……」

「急ぎましょう。万が一にも他の人に先に申請されるわけには行かないわ」

「名前……」


 興奮しているクレアはカルロスの言葉も耳に届いていない様だった。カルロスとしてはクレアが何故ここまで興奮しているのかが理解できない。極々自然にカルロスはこのリレー方式による複数魔法道具の連動を思いついたが為にその発想が魔法道具開発のブレイクスルーとなった事に気付いていない。

 

 温度差を感じながらもカルロスは学院の事務局へ特許申請をするのだった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 僅か二週間ほどだが、反応は劇的だった。各所で魔法道具のリレーによる新たな魔法道具の開発が行われ始めている。

 既にこの段階でカルロスの手元には魔導炉失敗作の爆弾魔法道具の収入を超える金銭が入ってきていた。今後も増える事が確実である以上、小金持ちになるのは間違いなかった。

 

「俄か成金になったな」

「認識が甘いわねカスは」


 クレアが呆れたように溜息を吐く。当人が一番無自覚と言うのは危険だった。

 

「甘いっていうけどこんなの簡単にまねできるだろ? 一々仕様の許可何て求めるのか?」

「逆よ。簡単に真似できる。そうだからこそ、今後の魔法道具ではスタンダードな仕組みになっていくわ。その内の九割が使用料を払わなかったとしても莫大な金額が入ってくるわ」


 流石に、国や大貴族の御用商人が率先して無許可品を売るわけにもいかない。主要な商会で使用料を支払われているのなら十分とも言える。

 

 ログニス王国が健在であるならば、その金額は定期的に入ってくる。更に画期的な仕組みが誰かが思いつくまでこの流れは止まらないだろう。

 

「それだけじゃないわ。その内聞かれると思うけれども、他国へ技術を売る事も考えられるわ。カルロスが言うとおり、思いつけば誰にでも真似できてしまう。そうなる前に先にこっちから教えて使用料を取る、ってした方が国庫も潤うもの」


 或いは、カルロスが得られる利益が莫大過ぎるため、権利の買い取りと言う形になるかもしれない。その場合でもカルロスの手元には大金が残る。

 

「俄かじゃなくて間違いなく成金になるわ」

「冗談みたいな話だ……」

「女性関係には気を付けた方が良いわよ。いきなり『貴方の子供です』とか言われて責任取らされるってパターン多いから」

「大貴族の娘が言うとシャレに聞こえないんだが」

「シャレじゃないもの……はあ」


 何かを思い出したように溜息を吐くクレアの姿は非常に憂鬱な気配を漂わせていた。もしかすると今、自分はウィンバーニ家の暗部を知ってしまったのではないだろうかとカルロスは怖くなる。

 

 ウィンバーニ公爵からその様な評判は聞こえてこないが全てもみ消しているのか。伝聞の話にしてはクレアの気配が真に迫っており、わざわざここで騙す必要が無いので実際にあった出来事なのだろうとカルロスは結論付けた。

 

「まあそんな相手もいないし大丈夫だ」

「……へえ?」


 クレアの視線が細くなった。何故そこで疑いの眼差しを向けてくるのかとカルロスは疑問に思う。

 

「一週間前、騎士科の人と飲みに行っていたのを見かけたのだけれども」

「お、おう……行ったな」

「綺麗なお姉さんがお酌してくれる店、よね」

「ど、どこから見てたんだよ」


 行った。確かに行った。酌以上の事をする訳ではないが、クレアの言うとおりの店に確かに行った。

 

「私、詳しくはないのだけれども、その、ああいうお店って飲んだ後にそのえっと……いやらしいことするんでしょう?」

「そういうお店もあるみたいだけど俺は行ったことないから!」


 恥ずかしがっているクレアと言う非常にレアな表情をもう少し楽しみたいという気持ちが無いわけでは無かったが、それ以上にクレアがしている誤解を解く必要があった。

 

 何が悲しくて好きな人に娼館通いしていると思われなくてはいけないのか。悲しくて涙が出そうになる。

 

 カルロスの決死の説得の結果、何故かクレアを件の店に連れて行って一緒に飲むことになった。

 

(信じたって言っているけど自分の目で見るまでは信じてないよなこれ……。っていうかあの店公爵家の令嬢連れて行っていいのか!? 多分良くないんじゃないか? さっきから背筋が寒いし!)


 一難去ってまた一難。もしかしたら魔導機士を作る事以上の難題を突き付けられたカルロスはまた頭を悩ませるのだった。

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