16 新案の披露
「……とまあそんな感じで話はまとまった」
「随分と気に入られた様ね」
昨日のノーランド公爵との会話をクレアに伝えると彼女は眉根を寄せて深刻そうな顔をする。
「どうした。難しい顔して」
「いえ、良い事、だと思うわ」
「すげえ含みのある言い方なんだけど」
「カスには関係の無い事よ。ただ私の問題」
「ふーん……」
一体何を問題視しているのかカルロスには予想も出来なかったがそこは気にしない。元々クレアは秘密が多い。と言うよりもカルロスが知るべきではないことを多く知っているというべきか。こうして一人で考え込むのは比較的良くある。
そういう場合は何も言わずにクレアが話すのを待つべきだとカルロスは知っていた。無理に首を突っ込んでもろくなことにはならない。そんな経験則があった。
「まあいいわ。それよりも昨日カスがいなかったから一人で魔法道具の改造をしていたのだけど……これを見てちょうだい」
そう言って差し出されたのは先日購入した無限にインクを創造するインク壺だ。だが今容器の中を満たしているのは黒いインクでは無く、銀色の液体。一瞬それが何か分からなかったカルロスは怪訝な表情を浮かべて、理解が及んだ途端驚きを露わにする。
「これ、もしかして水銀か?」
「正解。インクじゃなくて水銀を生み出す様に改造したの」
よくよく見れば瓶自体も硝子から鉄製の物に交換されていた。この短時間で魔法道具の改造を終えたという事はすごい事だが、カルロスにはクレアがこれほどまでに興奮している理由が分からない。
「仕方ないわね……分かっていないカスに説明してあげるわ」
「お願いします。先生」
姿勢を正して聞く体制に入る。それを見てクレアは満足そうにうなずいた後、説明を始めた。
「水銀は魔力を含みやすい……ここは大丈夫かしら」
「ああ。何でか知らないけど水銀だけは魔力を伝達させるんじゃなく飲み込むんだよな……」
「じゃあ次。今魔導機士で魔力を伝達させる方法は?」
「それは白金繊維(プラチナファイバー)の中に魔力を通しているんだろ」
「そう! それなの!」
テンション高くクレアは叫ぶ。創法で白金を加工して生み出された繊維状の物体――白金繊維を手に取る。
「この細かな繊維でしか魔力を閉じ込めて伝達できない。このサイズでも魔力が漏れちゃう。おまけにこれだと僅かな魔力しか伝達できなくて、全身に動力を行き渡らせるには白金繊維が大量に必要になる」
「うん。知ってる。それで水銀はどこに出てくるんだ?」
はっきり言ってしまうと、魔導機士の構造をクレアに教えたのはカルロスだ。改めて説明されるまでも無い。
「じゃあカルロス。白金繊維に魔力を通した時、この長さを伝達させるのにどれくらい魔力を使うか分かる?」
細い繊維を一本手に取ってクレアが質問してくる。一メートル程度の一本の線だ。その問いかけにカルロスは少し考えて答える。
「玉型エーテライト一個くらいだったか」
日頃カルロスたちが使う携行型魔導炉。そのボタン一回分に相当する魔力量だ。魔導機士はそんな白金繊維を大量に使用して全身に魔力を循環させている。機体の駆動での消費と、循環中の損失。それを今カルロスたちが作ろうとしている中型魔導炉で補てんしないといけないのだ。
「そう。それだけ使っているの。魔導機士の初期起動に大量の魔力が必要とされるのは、全身に魔力を行き渡らせるため。そしてその大半はこの白金繊維の漏れで起きている。だったらここを換装してしまえばいい」
「って簡単に言うけど白金が一番魔力を通さない物質だ。他の素材に変えたところで……」
そう反論すると待っていましたとばかりにクレアが笑みを浮かべた。
「そう。だから思いっきり変えちゃうのよ。繊維じゃなくて筒(チューブ)に。その中を大量の水銀と魔力を流してしまうの」
その提案にカルロスは反論しようとして――出来なかった。滔々とクレアの説明は続く。
「水銀に含まれる事で循環中のロスは殆どなくなる。水銀から魔力を取り出す機構は必要になるけれども、そうなれば魔導機士に積むべき魔導炉の出力は今までの計算の七割まで削減できるわ」
「あ、ああ……凄いな……」
カルロスは辛うじてそう言うのが精いっぱいだった。
頭の中で計算してみた。出来る。水銀を使った魔力循環系の再構築。消費魔力を大幅に減らすことが可能だ。既存機体の換装となると大仕事だが、今二人が作っている機体。それならば一から組み込むことが出来る。
「凄いぞクレア!」
「もっと褒めてもいいのよ?」
「天才だ!」
「ふふ、それほどでも」
今まで、魔導機士では魔力が不足するなどという事は無かったから誰も考えなかったというのもあるだろう。それでもクレアは間違いなく今技術史に残るような発想を披露したのだ。
魔導機士を構成する要素――
心臓部たる魔導炉。
白金繊維による魔力循環系。
骨格と駆動系による機体本体。
そして完全なブラックボックスとなっている操縦系。
現状機体本体に関しては順調と言えた。魔力循環系も改善が見込める。そして魔導炉自体は目指すべきゴールが見えている。
残るは操縦系。カルロスの解法でも一切分からず、現代まで伝わる魔導機士の製作法でもその根本は再現不能となっている箇所だ。
カルロスはそこを担当していたのだが、今のクレアの成果を聞いた後だと言い出しにくい。何とも安直且つ、劇的な改善が望めるわけではないというのは彼を気おくれさせた。
だが言わないわけには行かない。少し重い気分になりながらカルロスはここまででまとめた事をクレアに説明することにした。
「俺がやろうとしているのは魔導機士の関節を全て手動で操作する事だ」
そもそも、本来の魔導機士は操作は不要だと言われている。
コントロールスフィアと呼ばれる球体に手を添えるだけで、後は自分の身体の様に動かせる。カルロスはそう聞いていた。だがそんな物を作り上げるのは今の自分には無理だと即座に判断した彼は別の方法を探求したのだ。その結果が手動操作である。
「関節一つ一つの操作をさせる魔法道具を作って、それを使用することで関節を動かす」
「それは……忙しそうね」
クレアの言うとおりだとカルロスも思う。関節を動かすボタンだけで操縦席が埋め尽くされるだろう。
「まあ歩いたりだとかある程度の動きは自動で出来るように用意するけどな」
「基本動作の魔法道具はまた別に作るのね。……スペース、足りるかしら」
その言葉にカルロスは片手を振る。
「いや、基本動作は魔法道具に魔法道具を使わせるようにするからそんなにスペース取らないと思う」
「……今、何て?」
非常に珍しく、クレアが愕然とした顔をした。
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