15 鎧の献上

 更に五日が経過した。

 

 リビングメイル返却の日だ。より正確には既にカルロスの所有物となっているので献上と言う形になる。

 

 カルロスが来ていく服に悩んだり、リビングメイルにピンクのリボンを巻いてラッピングしようとしたり迷走していたが、クレアが大体上手く整えてくれた。

 

 入学式以来使っていない式典用の制服にワックスで磨いただけのリビングメイル。更にはレンタル馬車の手配。

 田舎貴族のカルロスは高位の貴族に会う時の作法など何も知らなかった。

 

 流石に血縁でも何でもないクレアがついて行くわけにもいかない。ついて行った場合、それはカルロスからの献上品では無くクレアからの献上品となってしまう。

 

 その為、カルロスはがちがちに緊張しながらノーランド家別邸の門をくぐる事になった。

 

 エルロンドは第二の王都とも呼ばれるほど人が集中している場所だ。それは王立魔法学院の存在が大きい。魔法を銘打っている物の、そこでは次代のログニス王国を担う若者たちの学び舎だ。

 目端の利くものならば卒業前からめぼしい人材はいないか目を付けようとする。人が集まれば商機が生まれ、商人が集う。商人が集まれば金が集い、金が集えば貴族も集まる。

 

 そうした経緯からエルロンドには少なくない貴族の別邸が存在する。そこで妾を囲う者も少なからずいるのだが、今ここでは関係が無い。

 

 門をくぐったカルロスが最初に思ったのは別邸なのにアルニカ家の本邸よりも遥かに大きいという事だ。それもただ大きいだけではない。庭園一つとっても手の入れようが全く違うし、建物自体もこまめに手入れしているからか。年数が経っているはずなのに古ぼけて見えない。

 

 森に侵食され、蔦が巻き付いている実家にも見習って欲しいとカルロスは思った。

 

「それではこちらでお待ちください」


 若い執事に応接間まで案内されてカルロスは漸く一息つく。それはあくまで人の目を気にしなくて済むというレベルの話だ。小さな応接室の中であっても身の置き場がなく、どうしていればいいのかは分からず未だに緊張しっぱなしである。

 

 ノーランド家の当主が来たのは数分後だった。

 

 まず最初の印象がデカい。それは縦も横も、そして厚みもである。息子のラズルの様に贅肉でではない。その全てが筋肉なのだ。年は五十近いはずだが、衰えを全く感じさせない。

 

 アルド・ノーランド。若かりし日は現国王と轡を並べて国軍の部隊を預かっていた男。短く刈り込まれた茶髪は未だに軍事畑の人間であることをうかがわせる。

 カルロスは入室に合わせて慌てて立ち上がり、礼法に則って挨拶をしようとした。それを雑に手を一振りされて止められる。

 

「構わん。学生の付け焼刃の礼法などあっても無くても大差ない。そう時間がある訳でもない。話を進めよう」


 低く、良く通る声だった。聞いているだけで背筋が伸びる。

 

「さて、要件だが……。確かリビングメイルを我が家に返却して貰える、と言う話だったかな?」


 そう笑みを、肉食獣の如き獰猛な笑みを浮かべながらそう言ってくるアルドの姿は正直言ってかなり怖い物だった。カルロスも思わずはい、と頷いてしまいそうになるが声が震えないように精一杯気を付けながら反駁する。

 

「いいえ、閣下。返却ではございません。献上でございます」


 そこは譲れないところだ。返却と言うのを認めてしまうと、今回の話はここで終わってしまう。あくまで譲渡。現在の所有権が自分になると主張する。それを聞いてアルドは笑みを深くした。

 

「ほう。はっきりと言うな」

「今回の件に関して、自分に落ち度はないと確信しております」


 言いがかりの様な決闘を仕掛けられて。

 その決闘相手の持ち物がグレーゾーンで。

 正当な報酬としてリビングメイルを得た。

 

 カルロスが譲歩する必要は一切ない。言い切って、カルロスは不安に襲われる。無礼な口を聞いたと言われていきなり切り捨てられたらどうしようと言った物だ。アルドは剣を帯びてすらいないのだが、佇まいがそんな不安を抱かせるほどに鋭利だった。

 

「うむ。己が意見をしっかりと主張する。悪くないぞ」


 頷きながらそう言われた事で漸くカルロスは止めていた呼吸を再開した。知らず内に相当気を張っていたようだった。

 

「アダマンタイト製のリビングメイルか。古代魔法文明時代の作品だな」

「こちらが目録になります」

「ほう?」


 既に現物がある。にも関わらず差し出された目録にアルドは面白そうに眉を上げた。

 

「ふむ……一つ尋ねるが、ここに書かれている内容。誰から聞いた?」

「誰からも。全て自分で調べました」

「なるほどな」


 目録の内容はこの数日の調査成果と言い換えてもいい。リビングメイルの機能を個々の魔法道具として記載したのだ。クレアから言われたのだ。公爵と会う機会など滅多にない。自分をアピールして名前と顔を売り込むべしと。

 

「優秀だな。うちの息子にも見習わせたい」

「光栄です」

「さて、困ったな。これだけの品々を献上されたとなると、相応の返礼が必要となる」


 そう言いながらもアルドの顔は全く困っていない。むしろ、面白がっている風ですらあった。

 

「金や適当な役職と言うのもあるが、それらは貴君にとっては然程魅力のある物ではあるまい。となると……確か貴君は魔導炉の研究をしているのだったな」

「はい。閣下」

「ならばその援助をしよう。この頃あちこちで魔獣騒ぎが起きているせいで物の流通もやや滞っている。そう言った希少な物品の融通が必要ではないかね? 例えばそう……希少金属であるアダマンタイトとかな」


 良く調べているとカルロスは軽い戦慄を覚える。研究内容はオープンにしている訳ではない。恐らくはオスカー商会の動きを見てカルロスが何を求めていたのか察したのだろう。その情報収集能力が恐ろしい。

 

「個人的にも貴君に興味が沸いた。……何らかの成果が出たら私に見せに来い。より貴君の名が広められるように手伝ってやろう」

「ありがとうございます」


 入手困難なアダマンタイトの調達ルートの確保と、公爵との顔つなぎ。偶発的なトラブルの成果としては上々だった。

 

「にしても惜しい。跡取りでなければ引き抜いたものの……。いや、うちの分家の娘を嫁がせるか?」

「お、お戯れを」


 冗談なのだろうが、妙に気に入られてしまった気がする。余り過度に興味を持たれるのも良い事ではないと思いながらカルロスはクレアの用意してくれた想定問答通りに受け答えできた事に満足感を覚えていた。

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