14 鎧の着装

 研究室の片隅に置かれたリビングメイルの方に近づく。と、これまで身動き一つしないで完全な置物となっていた鎧が動き出した。表情も何もないので非常に分かりにくいが、何か用かと尋ねる様に首を傾げている。

 

「実はお前を着てみたいと思ってな」


 びっくり、みたいなジェスチャーは一体誰が教えたのだろうとカルロスは思う。身振り手振りだけで意思疎通がある程度取れるのは有難い事だが、ちょっとそのジェスチャーのチョイスにイラっと来るカルロスだった。

 

「おっ」


 そんなことを思っていたら胸部装甲を外して入れ、と指差す。その仕草を見たカルロスは遠慮なく装着しようとし……その前に臭いがしないか確認した。数日置いていた事もあって悪臭は抜けている様だった。

 

 全身を着込んでフルフェイスのヘルムを被る。手っきり狭いスリットから視界を確保しているのかと思ったら、眼前にヘルムを付けていないときとそん色ない光景が広がっていた。

 

「これは……」


 ヘルムの装甲が透けているのかと籠手を眼前に翳す。額の辺りに持っていくと視界が籠手で埋め尽くされた。

 

「すげえ……この加工したエーテライトで見た光景をヘルム内部に映してるんだ……」


 前回触れた時は鎧本体だけだったので気付かなかったが、ヘルムもヘルムでかなりの性能である。通常防御力とトレードオフになる視界を見事にカバーしている。これだけ小さなエーテライトを狙うのも難しい。

 

 魔力を通して解法で構造を解析する。カルロスにとっては嬉しい事に、構造自体はそこまで難しい物では無い。理解さえ出来れば十分に再現できそうな物だった。

 

「クレア。この鎧返却するのって何時までだっけ?」

「五日後よ。ノーランド卿が領地からエルロンドの別邸に来るタイミングに合わせる事になるわ」


 その為だけに予定を開けて向かっていると聞いた時カルロスの胃は悲鳴を上げた。三食をきっちり食べる健啖家の彼が珍しく夕食のお代わりをしなかったほどだ。

 そしてそれが終わったら直ぐに領地に戻るという。エルロンドとノーランド領は往復でも馬で半日もかからない近距離だが、そんな多忙な人物を十日程度の調整期間で引っ張り出せるのは現ノーランド家当主のフットワークが軽いのか、クレアの交渉術が凄かったのか。カルロスには判断が付かない。

 

 それはさて置き五日である。大雑把に鎧に触れただけの解析ではまだ見落としがある可能性があった。隅々まで、部品単位で見ていかないといけないとカルロスは決意を新たにする。時間はいくらあっても足りない。

 

 リビングメイルとしての解析は出来ずとも、単純な魔法道具としての機能だけでも目を見張るものがあった。

 

 例えば。

 

「クレアこれ凄いぞ。胸部装甲に被弾した魔法の種類を解析して数種類の中から自動的にレジストする機能が付いている」

「凄まじいわね。創法、解法の併用魔法道具ということになるのかしら……?」

「各部位ごとにそれぞれ別々の魔法道具として機能してるんだこれ。おまけでリビングメイルによる動作のサポート付。こんなの量産出来たら歩兵が大量に失業するな……」


 極論訓練も要らない。必要な時に適当に徴兵して戦わせると言った乱暴な運用が可能になってしまう。実際にそんな事をしたら常備兵が不足することになるので即応性が大きく低下するのは間違いないが。

 

「ラズルは何を考えていたのかしらね……間違いなくこれはノーランド家の家宝よ」

「何も考えてなかったんじゃないかなあ……」


 賭ける時も負けた時の事は一切考えていなかったようだし、噂を聞く限りでは有り得る事だとカルロスは思った。

 

「……ねえカルロス。これを着たらカルロスでももうちょっと強めの魔獣を狩れるのかしら?」

「期待をした眼差しを裏切って悪いが、流石にこれを着てもここらで出るロックボア以上の魔獣を単独で狩るのは無理だ」


 カルロスとクレアのコンビではロックボア辺りが限度だが、もう少し森の奥の方に入ればもっと凶悪な魔獣は幾らでもいる。

 槍の様な角を持つランスディアや、燃えるような赤い毛皮になったクリムゾングリズリーなど。そう言った魔獣は得られる素材も相応に魔力を含んで価値が高まるのだが、四人程度で狩るのが基本となる魔獣だ。

 このリビングメイルは優れものだがそれだけで狩れる程ヤザンの森の魔獣は甘くない。

 

「いいアイデアだと思ったのだけれども」

「半々くらいの確率で全滅するのを念頭に置いておいてくれ」


 遊戯ならば半々と言うのは賭けても良い確率だが、命を賭けている時にそれはリスクが高すぎる。死んだら終わりと言う当たり前の事を考えると安全性を重視せざるを得ないのだ。

 

 何しろどいつもこいつも攻撃力が高い。ランスディアの角による突進は岩を貫くほどに強烈だし、ロックボアとは比較にならない程小回りが利く。オマケに角の強度が高いのもあってアダマンタイトの鎧でも関節部を狙われたら容易く貫通する。

 クリムゾングリズリーは一般的なクマよりも一回り巨大化しており、その膂力だけで脅威だ。更には毛皮が固く、そして荒くなっているため擦れただけで金鑢で削り取ったような状態になる。オマケに動きも意外と素早いのでもしも押し倒されたらその時点で終了だ。

 そんなのでもまだこの辺りは小型にカテゴライズされる魔獣だ。街道を封鎖する騒ぎとなった中型魔獣となると十人程度の連携が必要となる生き物だ。それがどれだけ危険かと言うのは説明するまでも無い。

 早いところ解決してほしい物だとカルロスは願う。街道が復旧しなかった場合、オスカー商会は別のルートでの仕入れを検討せざるを得ないだろうし、カルロスたちも別の素材を検討しないと行けなくなる。そのあたりの折り合いがオスカー商会と付かなければ新たな商会の開拓も含まれるのだ。頭が痛くなる話だった。

 

「とりあえずこの辺の構造は片っ端からメモっておこう」


 これこそ金を積んでも得る事が出来ない類の情報だ。大物の貴族の持っているお宝を解析する機会などそうはある物では無い。そしてそれをコピーしたとしても証拠が無い。何しろ持っている当人でさえ構造が分かっていないのだ。同じ機能と言うだけでは糾弾するには足りないだろう。

 

「創法絡みがあったら私にも後で教えてちょうだい」

「むしろこっちから聞きに行くと思うけど……了解」


 余談ではあるが。解析するたびに感嘆の声を挙げるカルロスにリビングメイルは照れたような仕草を見せていた。

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