13 買い物

 品切れなんて珍しい事もある物だとカルロスは思っただけだったが、クレアは違う感想を持ったらしい。僅かに表情を険しくして声を潜めた。

 

「若頭。それはどういう事かしら? 品切れなんて有り得ないと思うのだけれども」

「より正確に申し上げますと、品切れと言うよりも既に全て納品先が決まっている状態でございます」

「……つまり私たちに売る分は無いという事かしら」

「誠に申し訳ございません」


 深々と頭を下げるコーネリアスにカルロスは恐縮する。自分の倍近い年齢の大人が頭を下げているというのは胃に来る光景だった。

 

「いや、そんな頭を上げてください。どうしたんだよクレア」


 慌てながら身体を起こすことを促しながら、カルロスは少し苛立った様子のクレアを嗜める。自分以外に八つ当たりの様な言動を取る姿は滅多に見ない物だった。

 

「……カスには黙っていたけど、オスカー商会の取引はウィンバーニ家の名義で行っているの。だから通常、余程の事が無い限りは私たちの分が無いなんて事は有り得ないのよ」


 王国に二家しかない公爵家。それよりも優先権が高い家となるともう王家しか存在しない。つまり、今のオスカー商会には王家への――この街で言うと王立魔法学院への納品分しかエーテライトが確保できていないという事である。

 

 言うまでもないが、エーテライトの供給は魔法道具の稼働の生命線である。特に大型魔導炉では質の高いエーテライトが求められている。通常、それを切らすなどという事は有り得ない。

 

 その事に理解が至ったカルロスも表情を硬くした。

 

「つまりその余程の事があったって事か……」

「その内、話が広まるかと思いますが……」


 そう言いながらもコーネリアスは更に声を潜めた。

 

「西の街道で魔力溜まりが発生しまして……中型魔獣が数多く発生した事で流通が止まっております」


 その言葉にカルロスは顔を顰めた。また魔力溜まりである。西の街道はアルバトロス帝国へと続く道だ。遥々旅をしてきたキャラバンはエルロンドでその積荷を捌いてまたアルバトロスへと向かうのだ。その中途で魔力溜まりが発生したとなると、二国間の流通に大きく制限がかかった事になる。

 

「何しろ国境近くでの事らしく……どちらが処理をするのかで揉めているようでして。しばらくは品薄が続くかと……」

「なんてこった……」


 中型魔獣と言えばただ獣が変異しただけでなく、巨大になったりなどして危険度が跳ね上がる。討伐には相応の人数が必要だが、それだけの規模の軍を国境近くで動かされるというのは両国共に避けたいのだろう。魔獣討伐のふりをしてそのまま攻め込まれるかもしれない。国家としてその懸念は捨てるべきではない。

 現在、ログニス王国とアルバトロス帝国の国力は拮抗している。その状態で戦争を始めても長引いてお互いに国力が低下するだけだという事が分かっているので軽々な決断は下せない。それでも万が一に備える必要がある……そんな考えが両国の動きを縛っている。

「悪い事にユグラ河も増水していて渡し船も止まっていて東側からの輸送も出来ず……」


 エルロンドの東を流れる大河、ユグラ河が上流の方の大雨で増水し、船が出せないというのは珍しくも無いニュースだった。毎年の事である。ただ今回はタイミングが悪い。エルロンド東西の経路両方が断たれてしまったのだ。

 

「とりあえず話は分かりました。何か変化があったら連絡を頂けるかしら?」

「ええ。それはもちろん。入荷時には真っ先にお知らせいたします」

「ありがとう。……他に何かおすすめの物はあるかしら?」


 少し張りつめた空気を和らげるようにクレアが尋ねるとコーネリアスは安堵したように表情を緩めて商品の紹介を始める。

 

「そうですね。王都の方から来たこちらの魔法道具は如何でしょう。小粒のエーテライトを嵌めこむことでインクが補充されていくインク壺です」

「……面白いけどそれってエーテライトの方が高くつくんじゃないか?」


 そんな変わり種の商品を紹介されてカルロスはそんな感想を持ったが、クレアは違ったらしい。最初は興味の無い風だったが、何か閃きがあったのだろう。瞳を輝かせだした。

 

「若頭。それはいくらかしら」

「はい。二万ルクスになります」

「買うわ。二つ頂戴」

「ありがとうございます」


 即決でカルロスの一月分の生活費に匹敵する買い物をするのを見ると、公爵家のお嬢様だという事を思い出さされる。農家ならば家族が一月暮らせる金額だ。

 四枚の紙幣を懐の財布から取り出してコーネリアスに手渡す。その際に財布から見えた一万ルクス札の束をカルロスは見なかったことにした。

 

「カルロス様は何か如何ですか?」

「いえ、俺は良いです」


 それなりに爆弾代で稼いではいるが、無駄遣いできるほどではない。あくまで研究費のみだ。

 

「何に使うんだよそんなの」

「それは見てからのお楽しみ、と言った所かしらね」


 いつも以上に機嫌よさげなクレアを見てカルロスも少し推理してみる。全自動でインクを生み出す魔法道具。それは創法を自動で行うという事だ。何かを自動で作るようにしたいのだという事は分かったが、一体何を作ろうとしているのかまでは予想できなかった。

 そのまま研究室にとんぼ返りするとクレアは買ってきた魔法道具を分解して内部構造の解析を始める。カルロスがやれば一瞬だが、それをクレアと共有する方法が無い以上仕方がない。

 

 学院の研究室には旧型ではあるが送風の魔法道具がある。その前に水を張ったタライでも置いておけばそれなりに涼しい。一階から重い水を運ぶカルロスの汗と引き換えだが。

 

 魔法道具の分解に夢中になっているクレアを見てカルロスはどうしようかと悩む。クレアの手伝いが出来るのはもっと先の段階だ。実際に改造するとなった時に素材を集める事くらいしか出来ない。


 自分の研究――魔導機士の操作系について進めるのもいいのだが、既に構想は出来ている。後は実際に作成するだけなのだが、その材料は今しがた調達しようとしたエーテライトだ。なるべく質の良い物を求めていたので帝国産で無いと難しいためそれも出来ない。

 

 未完成の機体本体の作業を進めるのは可能だが、この暑い日に通気性最悪の倉庫にいたら本当に熱中症になるかもしれない。よってこれも却下。同じ理由で素材集めに狩りに行くのも却下した。

 

 取り立てて出来る事が無いカルロスは返却まで日の無いリビングメイルを再度調査してみる事にした。

 

 装着者の動きに合わせて筋力を増幅させる構造。カルロスはそこから魔導機士本来の操作系について推察することが出来ないかと思っていた。だが外側からの調査で分かる事は無かった。後は直接着込んで調べてみるしかない。

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