12 物資不足

 決闘騒ぎから数日。

 

 カルロスとクレアは額の汗を拭いながら街の大通りを歩いていた。

 

「暑いな」

「言わないで頂戴。気が滅入るのだけど」


 太陽の日差しを遮る物は何もない、すがすがしい程の晴天。夏の日差しは容赦なく二人を責め立てる。

 

「……そういえば三丁目の角の食事処で氷を使った菓子を出しているらしいわ」

「氷……? この夏にか?」

「ええ。どうも店主が魔導師だって話を耳に挟んだわ」

「本当かよ」


 魔導師ともなれば、大概の分野で引っ張りだこだ。単純な軍事力としても有用だし、魔法道具の研究、開発でも活躍の場はある。そうした手堅い成功への道を蹴飛ばして街中で食事処を開く。果たしてそこにどんな葛藤があったのだろうかとカルロスは興味を惹かれる。

 

 それはどこか自身と重ねているのかもしれなかった。本来死霊術師として限りない成功を約束されているにも関わらず、魔導機士と言う別の道を選んでいる自分。カルロスはその選択に後悔はしていない。それでもふとした拍子に死霊術師としての自分への期待を掛けてくれていた人たちの事を思うと踏み出そうとする足が僅かに遅れるような感覚を覚える。

 

「……どうしたの、カス」


 言葉だけを見ればぞんざいな、だが表情と声音を見れば確かに相手を気遣ってクレアはカルロスに問いかける。突然足を止めた彼を不思議そうな目で見つめる。

 その真っ直ぐな眼差しに、カルロスは無性に目を逸らしたくなる。クレアはぶれない。自分が進むべきだと信じた道を真っ直ぐに歩いている。

 

 その姿に憧れ焦がれて、だが同時に酷く疎ましい。そこまでカルロスは迷いなく進むことが出来ない。

 

「何でも無い……それよりも早く日陰に行こう。暑くて溶けちまいそうだ」

「そうね。この日差しは応えるわ」


 白い肌に赤い日焼跡が付いている事を気にしながらクレアは歩く。襟元から覗く日に焼けていない白い肌が眩しいと思った瞬間、背筋に凍えるような悪寒が走った。何事かと周囲を見渡すが、何も見つけることは出来ない。それでもカルロスはその相手が誰なのか半ば確信していた。

 

「いや、ホント疾しい事は何もないんで……清く正しく美しい友好関係を心掛けていますんで……」


 間違いなく聞いているであろうクレアの護衛に向けて言い訳するように呟くと悪寒が和らいだ。一体どこで聞き耳を立てているのか非常に気になるところだった。

 

「本当にどうしたのかしら、カス。顔色が悪いし汗もかいてる……熱射病?」


 再び立ち止まったカルロスを心配してクレアが引き返してくる。至近まで距離を詰められて二重の意味でカルロスは心臓をドキドキさせる。どちらかと言うと再度どこかから発せられた怒気による動悸が激しい。

 

「しょうがないわね」


 そう言いながらクレアはカルロスの額に人差し指を当てる。同時に魔導炉の釦を一回。瞬間、今まで感じていた不健康な寒さだけでは無く、涼やかな風を制服の中に感じる。

 

「ほんの少しだけど風を入れてあげたのだからもう少し頑張りなさい」

「あ、ありがとう……」


 意外なタイミングの優しさが心に沁みる。だが、とカルロスは思う。そんな魔法をかけて貰うよりずっと早く体感温度は下がりっぱなしだった。間違いなく寿命が縮んでいる。

 

 そんなトラブルを乗り越えて、二人が向かっているのは学院がある街――エルロンドでも最大の規模を持つ商会だ。主にクレアのコネで取引をしている商会だが、他国との交易もしており貴重な品を手に入れやすい。

 特に隣国、アルバトロス帝国から仕入れられるエーテライトの質は非常に高く、カルロスたちも実験の時に重宝している。

 エーテライトの質が良ければその分、魔力の精製速度も一定に近づく。それはそのまま魔導炉の不安定さの軽減に貢献されている。

 

 ここ最近の実験で在庫を大分減らしていたため、補充をしに来たのだ。

 

 オスカー商会。王都に本店を持つ王国内でも老舗かつ最大規模の商会だ。ここにあるのは支店だがその支店でもエルロンドに本店を構える商会よりも大きい。オスカー商会に依頼して手に入らない物は無いとさえ言われる最大手だ。

 

 年季の入った看板を掲げた建物の中に入る。途端に冷気が二人の身体を包んだ。外気との差に少し頭がふらつく。気温を下げる魔法道具で快適な温度を保っているのだ。これだけの設備を持っているのは高位の貴族位である。カルロスの実家には無い。

 

「ふう、生き返る……」

「本当ね。それにしても」


 涼を堪能した後、クレアが店の中を見渡して呟く。

 

「人が少ないわね」

「え? 本当だ」

 

 一拍遅れてカルロスも気が付いた。何時もは誰かしらカウンターで小物の取引をしていたり、奥の応接室に通されるのを待っている街の商人の姿があるのだが、今日は妙に閑散としていた。

 

「暑いからみんな家から出てないのかね」

「まさか、そんなカスじゃあるまいし」

「え、何で俺を今引き合いに出したの」


 暑ければみんな部屋から出たくなくなるよね、と同意を求めるが、クレアは口元に笑みを浮かべるだけで肯定も否定もしない。

 

「だってちょっと歩いただけでばてちゃうじゃない、カスは」


 これはからかわれてるな、と理解したカルロスは口元を尖らせてブーイングをして抗議する。断じて暑さでばてたわけではないと。

 

「やあやあ。これはクレアお嬢様。いらっしゃいませ。相変わらず仲が宜しい様で」


 そんな風に二人で雑談して店員が空くのを待っているとカウンターの奥から出てきた一人の男が声をかけてきた。

 

「お久しぶりです、コーネリアスさん」

「また買い物に来たわ。若頭」


 二人それぞれに挨拶をする。コーネリアス・オスカー。このオスカー商会の跡取り息子だ。息子と言っても既に三十を過ぎている。父親であるブルータス・オスカーが五十を過ぎても現役の為中々跡を継ぐ事が出来ずにいるのだ。

 

「今日は随分と人が少ないのね」

「ええ。まあ……」


 痛いところを突かれたという様にコーネリアスは表情を曇らせる。それにおや、と思いながらもカルロスは要件を伝えた。

 

「いつものエーテライトを少し多めに貰いたいんだけど頼めますか?」


 その問いかけにコーネリアスはしばし口から呻き声の様な意味のなさない音を出して項垂れる様に言った。

 

「申し訳ございません、アルニカ様。何時もご利用いただいている帝国産エーテライトは品を切らしております」

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