11 解析

 すし詰めになっていたリビングメイルから苦労してラズルを引っ張り出し、消臭剤をぶちまけた後。

 ラズルはノーランド家からの迎えに連れられて気絶したまま校外に運ばれていった。

 

 そして残されたのはアダマンタイトの鎧。古代魔法文明の技術の粋を集めたリビングメイル。一先ず修練場に置きっぱなしにする訳にもいかないので足裏だけ拭いて研究室まで連れて行く。最も重い金属だけあって、運んでいる際に階段が悲鳴を上げていた。

 

「どうすっかな……これ」


 戦利品として奪ってきたアダマンタイト製のリビングメイルは狭い研究室内の隙間に身体を縮込ませて直立していた。正直に言うと、置き場に困る。床が軋みを上げていて抜けないか心配になってくるカルロスだった。

 

「鋳潰して魔導炉の素材にすれば良いんじゃないかしら」

「鬼、悪魔! そんな酷い事出来るわけがないだろ! 見ろ! こんなに震えてる!」

「……冗談よ」


 鋳潰す、と単語を聞いた途端にリビングメイルは小刻みに震えてやかましい音を立てていた。どうやら、話を聞いて理解する程度の知能があるらしい。古代魔法文明がどうやってこんな物を作ったのか、興味は尽きない。

 

「流石に、これを鋳潰したりしたならノーランド家は怒ると思うわ。ウィンバーニの宝物庫にだってこれに匹敵する魔法道具は片手で数えられるくらいしか無いもの」

「……あるんだ、宝物庫。五つくらいはあるんだ……これに匹敵するの」


 公爵家の財力を思い知らされたところでカルロスは溜息を吐く。

 

「まあ、返すのが無難だよな」

「そうね。一度引き受けておいて何なのだけれども、これを持ったままノーランド家と話を上手く纏められる自信は私にはないわ。むしろ前向きに考えましょう」

「前向き?」

「ノーランド家に貸しを作ったと」


 おっかない話だとカルロスは思った。だが、コネと言うのはいくらあっても困らない物だ。特に魔導炉を、魔導機士を作るなどと言う金食い虫の研究をしているのなら尚の事。

 

「それじゃあそんな感じで」

「ええ。任せて頂戴。一週間から十日くらいの内に捻じ込むわ」

「良かったな。お前帰れるぞ」


 そう言うとリビングメイルは兜を小さく上下させた。頷いたのだろうが、何が言いたいのかは分からなかった。

 

 さて、返却が決まった訳だが、折角の貴重な物品。ただ返すだけではもったいないと思ったカルロスは解法でリビングメイルの解析をすることにした。

 

 両掌をアダマンタイトの胸甲に触れる。全身走査を開始。

 

(やっぱ全身隈なくアダマンタイトか……俺の創法じゃ再現は無理だな。クレアなら何とかなりそうだけど、この解析結果を渡すことが出来ないしな)


 創法で何かを作る為にはその対象の構造を熟知している必要がある。解法があれば一瞬で理解できる物も、書物或いは人伝に聞いた物では苦労するというのは良くある話だ。

 ――カルロスが使った雷撃の魔法も、伝えるのに苦労している魔法だ。偶々、落雷に巻き込まれた時に無意識に解析した結果、得られた情報なので他の人には渡せない。あんな死ぬような想いをするのは二度とごめんだった。当面はカルロスだけが使える魔法だろう。

 

(確かどっかの三つ子の姉妹がそれぞれ創法、解法、融法に長けてて創法と解法の二人の意識を融法で繋いで凄い物を作ったって噂聞いたな……)


 嘘か誠か分からないような話だったが、カルロスが同じことを真似するのは無理な話だった。融法で人の意識を完全に繋いだらその後戻せなくなる可能性が高かった。同調は完璧を求めてはいけないのだ。

 

(なるほど……関節部はアダマンタイトじゃなく何かを加工した伸縮性のある素材か。実質ここを動かすだけで四肢をコントロールしているんだな)


 理論的にはカルロスがチマチマとロックボアの素材で作っていた可動部と同じだ。違いはカルロスが人の筋肉を参考に配置しているのに対してリビングメイルは完全に関節部だけに絞っているという点だ。必要量が劇的に少ない。その分細かな操作が犠牲となっているのだろう。

 とはいえ本来はこの関節部だけで動かすという事は考えていなかったのかもしれないとカルロスは古の先人の設計理念を推察する。あくまで、これは補助的な装置。生身で振るうよりも強化されるというための物だったのではないか。

 

「楽しそうね」

「ああ。凄い楽しい」


 アダマンタイトの装甲に刻まれた模様が魔力の伝達ラインになっているというのは機能美と芸術美の双方を兼ね備えた傑作だとさえカルロスは思う。今はもう失われてしまった先人の技の冴えがこれでもかと詰め込まれていた。

 

「アダマンタイト、作れそうかしら?」

「直感的には理解できたけど俺の創法じゃ絶対無理だ。クレアが時間をかけて少量を何とか、って所だな」

「そうそう上手くは行かないものね。一応分かったこと纏めておいてもらえるかしら。挑戦するだけしてみるわ」

「ああ。上手く原語化できたらな」


 カルロスの場合、素材への知識が薄いためにアダマンタイトの構成について説明することが難しい。恐らくその穴抜けだらけの説明では理解できないだろうが、クレアは挑戦する気だった。もしも成功すれば大幅に研究が楽になる。

 そもそもアダマンタイトが高価なのは採掘できる金属では無く、創法でしか作り出すことの出来ない金属だからだ。アダマンタイトを創造できる魔導師はそれだけで一生食べていけると言われている。

 

 そしてカルロスは遂にリビングメイルがリビングメイルたる所以、人工的に付与された意思の解析に取り掛かる。瞬間爆発的に増える情報量。それを上手く受け流していく。

 ここでカルロスの生家での経験が役に立った。死霊術師の修行として祖霊の降霊を行ったことがあるのだ。その際の圧倒的な情報量――人の一生に比べれば人工意思の情報量は軽い物だった。

 

 その情報に、融法で同調していく。限りなく近く、しかし明確に区別しながら。

 

 うっすらと見えてくるのは過去に纏われた記録だ。大体二十年置きに二度三度使用されているらしい。装着者は皆別人。駆ける戦場もバラバラ。カルロスは何となく理解した。

 

(そうか。これノーランド家の子供が初めて戦場に立つ時に着けてたんだ)


 初陣で命を落とすことがない様に。そんな親心が連なってきた記憶。そんな物を私的な決闘に持ち出したラズルへの評価が際限なく下がっていく。

 

 そんな記録が読み取れたのも精々が百年か、その辺りまでだった。そこより前は暗闇に閉ざされている。カルロスは同調を切る。これ以上同調していたら記録の暗闇に囚われて帰ってこれなくなりそうだった。

 

 期待していた、人工意思の作り方やその構造と言った物は読み取ることが出来なかったのを残念に思いながらカルロスは今しがた得た情報を如何に魔導機士開発に生かすか考え始めるのだった。

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