10 分解
小型魔導炉が燃料とするエーテライトは質の低い物でも問題がない。質を問わないのであれば山の中で適当に地面を掘ればそれなりに見つけることが出来る。山の側に住む子供の小遣い稼ぎの一つだ。
とは言えそれでも魔法を使うとなると金がかかる。本来ならばカルロスとしてはなるべく無駄遣いは避けたいのだが、今回は別である。
(この勝負に勝てばアダマンタイトの鎧が手に入る。それを加工すれば中型魔導炉の素材としては申し分ない。量産に目を瞑れば作成はぐっと進むぞ)
既にカルロスの頭の中は勝った後の事で一杯だった。少々のエーテライトで金を積んでも手に入れることが難しいまとまった量のアダマンタイトが手に入るというのならば安い買い物だったと断言できる。
安物の剣に一つの魔法を宿す。魔法剣と呼ばれる技能は射法を持たない魔導師が効率的に魔法を扱う際に必須となる。別に剣に限定した話では無く、己が持つ武具に魔法を纏わせる事で少しでもリーチを稼ぐために考案された物だ。これか射法が無いと直接触れている部分にしか魔法の影響を及ぼせない。
このラズルの不可解な程達者な剣技を前にして直接触れるというのは相手の武器だろうと身体であろうと現実的ではない。だからこその魔法剣だ。
捌くことは出来ずとも相手の剣に触れる事くらいは出来る。
鋼の剣とダマスカス鋼の剣が噛み合う。まともに打ち合えば今度こそ両断されるという見立てだったカルロスの剣は、予想に反してダマスカス鋼を食い破っていく。刀身の三分の一ほどが欠けた剣を目にしてラズルが動揺の声を発した。
「な、なんだと!?」
だが言葉に反して身体の方は機敏に反応していた。剣をまともに受けることはせず、回避を優先した動き。それを見てカルロスは一つの予測を立てた。
「……おい。誰だ?」
上辺だけの敬語を捨て去って恫喝するようにカルロスは声を出す。観客の中でも動揺しきった声と一致しない動きに疑問を覚え、カルロスと同じ結論に達した者が幾人かいた。一様に険しい顔をしている。
「な、何だ。いきなり」
「しらばっくれるな。誰だ。お前の身体を操っているのは」
それがカルロスの出した結論だった。ラズルの肉体そのものか、或いはあの高価な鎧か。どちらかは分からないがラズル以外の人間が動かしている。
その指摘を受けてラズルは露骨に動揺した気配を見せた。決闘は国で定められた法だ。条項は細かく整備されており、代理人も認めている。だがそれはあくまで相手が了承しての事だ。了承なしの代理人起用は罪に問われる。それは代理を依頼した側もされた側も双方である。
だと言うのに肉体の方は隙も見せない構え。そこから更にカルロスは推測していく。通常、そんなバカげた代理人を引き受ける者はいない。下手をしたら死罪になるかもしれない犯罪を犯せるというのは後先考えていない様な人間くらいだ。
それでもそのインチキが看破されたのならば、肉体を操っている側に何かしらのリアクションがあっても良さそうである。
それすらないという事は罪を恐れていないのだろうか。だとすると厄介である。だが問題はここまでの技を修め、それでいて罪を恐れていない人間。探せばいるのかもしれないが、この盆暗にそれが出来るだろうかと言う疑問。
そうなると怪しいのは。
「魔法道具。その鎧がそうか」
「何故それを!」
「わざわざ答えてくれてありがとう。半信半疑だったけどやっぱりそうか」
カマを掛けてみたら面白い位に動揺して嵌ってくれた。
ダマスカス鋼の剣の時点で学生の決闘に出すには過ぎた代物だが、全身アダマンタイトの鎧など正騎士同士でも見る物では無い。騎士団長クラスになってようやく持ち出される様な逸品だ。
そんな物を持ち出してきた時点で怪しさはあった。
リビングメイル。現代の技術では再現できていない類の魔法道具だ。自らの意思を持ち動く鎧。そんな魔法を付与する方法を今の魔導師たちは知らない。
文句無しで家宝級――国によっては国宝クラスの魔法道具をこんな決闘の場に持ち出してくるというのは非常識とも言える。
そして困ったことに、魔法道具なので代理人かと言われると非常にグレーゾーンだった。確かにラズル本人の力ではないのだがそれを言い出してしまうと魔法道具全般がダメになる。
(まあいいか。そうだと分かればいくらでも対処のしようはある)
魔法道具全てに共通するのはどこかに魔法を込めたコア――エーテライトだったり希少宝石だったりがはめ込まれている。そこが破損すると魔法道具はその機能を失うため堅牢に作ってある。
カルロスがこの決闘を終わらせるに当たって取りえる選択肢は大きく分けて二つ。
カルロスの魔法剣、『分解』の魔法でアダマンタイトの鎧を分解し、コアを破壊する。
解法と創法の複合魔法、解法で物体を細かな粒の単位まで解析し、創法でその粒同士の結合を切り離す。解法と創法と言う矛盾属性を持つカルロスくらいしか使い手のいない魔法だ。
欠点としては本当に壊す事しか出来ない事だが、破壊力と言う一点ではあらゆる魔法を凌駕する。
カルロスに射法の才能があれば一人で戦略兵器の扱いを受ける可能性もあったが、更に矛盾属性を加えるとなると相当に長い年月がかかる事だろう。そも、この解法と創法が次の代に遺伝するかも不明なのだから。
さて置き、カルロスとしてはその選択肢は取りたくない。非常に貴重な品だ。魔導機士を含め偉大な魔法道具の数々を残した古代魔法文明に対してカルロスは敬意の様な感情を抱いている。その遺産をこんな下らないいざこざで破壊するのは忍びない。
となるともう一つはラズル本人をどうにかする。ありていに言えば本来の決闘らしく降参させるか気絶させるか。
降参はきっとしないだろうから気絶させる方向でカルロスの考えはまとまった。
『分解』の魔法剣を振るう。元となっている剣が余り質が良くないこともあって、長時間魔法剣を使用していると自壊する可能性が高い。それゆえの短期決戦狙いだ。
ラズルは――と言うよりも、彼が纏うリビングメイルは一度剣を削られた時点で真っ向から受けるのは避けてきた。剣筋を逸らす様に受け流そうとし、そこで失策を悟った。
今のカルロスの魔法剣は言ってしまえば円柱だ。刃に沿って『分解』の魔法がかかっている訳では無く、剣の周囲に魔法がかかっている。それ故に、剣の腹であっても『分解』は成立する。
なまじ腕が立つのが徒となった。ダマスカス鋼の剣は根元から綺麗に分解されていく。少しだけ勿体ないとカルロスは思った。アダマンタイトの鎧には劣るが、ダマスカス鋼の剣とて高級品なのだ。特に憧れの騎士がダマスカス鋼の剣を振るっている事もあってカルロスにとっては憧れであった。
欲しかったと溜息を吐きながらカルロスの手がアダマンタイトの鎧に触れる。
「『雷撃』」
創法で雷を作り出す。アダマンタイトは雷をそれなりに通すと知っていたカルロスは鎧の上からラズルを気絶させる事を選んだ。
「ぴげっ!」
変な悲鳴と共にラズルの声が聞こえなくなる。心なしか鎧がうろたえた気配がした。
「中身が気絶したならこれで終了だ。まだ続けるっていうなら俺としては不本意だけどお前をアダマンタイトの塊として再加工するしかない」
陳腐な脅し文句にアダマンタイトのリビングメイルは両手を上げて降参の意を示した。
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