09 決闘

 決闘と言うのは王国の法に記された権利である。何かを賭けての勝負。挑まれた相手は受けなければいけない。勝った者の手に全ては手に入る。古くから定められた物だ。

 

 ――と言っても、現状に即していないという声は多く、遠くない未来に廃止されることが確定している法だった。

 

「ふん、逃げずによく来たな」

「ええ。まあ」


 逃げた方が面倒事が増えるという判断をしただけだが、わざわざそれを口に出すことも無いと思いカルロスは曖昧な返事で誤魔化しておいた。

 

「おお。ウィンバーニ嬢。変わらず美しい!」


 カルロスと連れ立ってきたクレアを見つけてラズルは嬉しそうな顔をする。クレアはその分だけ嫌そうな顔をした。見事にプラマイがゼロになるような感情の動きである。

 

「待っていてください。今すぐにこの下郎を叩きのめして貴女を迎えに行きますので!」

「来ないでいいのだけれど」


 都合の良い耳をしているのか。クレアのその声はラズルに届いてはいない様だった。

 

 それはさて置いて決闘であるが、実の所カルロスは勝敗について心配していない。と言うのも、ケビンがラズルの実力の程を教えてくれたからだ。

 

 結論から言えば能力としては下の下。剣技に関して言えばド素人よりはマシだが、少しでも剣を齧った人間ならばまず負けないと太鼓判を押してくれた。

 カルロスの剣技は一兵士としては平均的なレベルなので何とかなる。

 

 評判を聞く限り――そしてあの体型を見る限りでは機敏な動きは期待できそうにない。

 

 加えて、カルロスには魔法がある。解法も融法も対人戦闘で使える物は少ないが、創法はそれを補って余りある。射法を修めていないので飛ばすことは出来ないが、剣に纏わせる――俗にいう魔法剣の真似事は出来る。触りだけを本職の騎士に習っただけなので余り上手いと言えるような物ではないが。

 

 ラズルが魔法使いだという話は聞けなかった。

 

 現状、カルロスとラズルが一対一の決闘を行った場合、まず負けない。故にカルロスは相手は家格――つまりは権力でこちらを牽制して来ると考えたのだ。所謂『俺に傷を付けたらパパが黙っていないぞ』と言ったような。その対策としてクレアに話を通した。男爵が喚いても公爵の考えを変えることは出来ないだろうが、公爵令嬢ならば話は別だ。少なくとも一考の余地は有る。

 

 カルロスとしては準備万端のつもりだった。これで勝っても然程面倒な事にはならないだろうと。

 

 まさかその勝つという前提が崩れるとは思ってもいなかった。

 

「くそっ!」

「ふははは! どうした? 随分と調子が悪そうではないか!」


 ラズルの装いは大きく様変わりしていた。全身を包む金属鎧。黒を基調とした鋼はアダマンタイトだろうか。最も重く、最も固いとされる金属をふんだんに使った鎧は間違いなく高い。アダマンタイトと言えば魔導炉作成時に希少さによる費用の高さと希少さから使用を断念した素材だ。

 

 随分と金を掛けた物を持ち出してきたと舌打ちする。果たしてこの国にアレに匹敵する鎧がいくつあるのか。少なくとも人間の持つ指の数よりは少ない。カルロスの草臥れてきた皮鎧とは大違いである。

 

 得物も高級品だ。ダマスカス鋼で鍛え上げられた片手剣は余計な装飾が目に付くものの、間違いなく業物。鍛冶屋の見習いが打って格安で売られていたカルロスの長剣とは格が違いすぎる。一合打ち合っただけで芯の歪んだ長剣を見て、カルロスはその後回避に専念している。

 

 とても使いやすそうだったのでカルロスは決闘の勝利時にそれを要求した。流石に家宝級であろう鎧はダメだろうと思ったからである。

 

 装備の違いは計算の内だ。講義では全員同じ物を使わされるが、決闘ならば別なのだから。

 

 それだけならばまだ幾らでも手はある。装備の差だけならば対処法はあった。

 

 問題はその剣技である。

 

「やれやれ、魔術科の魔導師相手に本気を出し過ぎたかな?」

「普段は手でも抜いてたのかよ……」


 決闘と聞いて集まってきた観客も大凡同じような感想だろう。ケビンも難しそうな顔をして腕を組んでいる。

 

 ラズルが披露している剣技は控えめに見ても正騎士並。それもかなりの上位の物だった。カルロスは知り合いの騎士と同等の圧力を感じていた。

 だからこそ疑問が残る。これほどの剣技。隠そうと思って隠し通せるものなのだろうか。噂レベルでさえ出てこないのだ。

 

 更に言うのならば、あの一見しただけでも分かる弛んだ肉体で何故ここまで動けるのかと言う疑問もある。

 

 カルロスは死霊術を学ぶ過程で人体の構造についても学んでいる。この国で名医と呼ばれるような外科医には負けるが、その辺の町医者よりは詳しい自負もある。だからこそ解せないのだ。あんな脂肪の塊で機敏な動きは望むべくもないのだから。

 

「これが余の真の実力だよ」


 有り得ないとカルロスは言いたい。直接相対した時間は僅かだが、これほどの剣技を持っていたらこの男の性格ならば間違いなくひけらかす。プライドが高いのは分かりきっている。

 

 替え玉の可能性を考える。決闘開始前に相手の顔を確認した。あれが融法による幻覚の可能性。それをカルロスは否定した。自分に幻覚を掛けたことも気付かせない融法の使い手などそうはいる物では無いという自信がある。

 

 そうなると怪しくなってくるのは装備品である。それらに魔法が掛けられている可能性――つまりは魔法道具であるかどうか。

 

 剣は除外された。最初の一合で打ち合った時に解法で解析済みだ。特に魔力が込められている訳ではない普通の剣だった。

 

 となると、鎧が怪しくなってくる。明らかに学院の生徒が行う決闘で持ち出すには過剰すぎる代物だ。直接剣を触れさせられれば解法で調べることが出来るのだが、この剣技では中々上手くいかない。

 

「くく……やはりウィンバーニ嬢に相応しいのは余の――」

「ラズル・ノーランド。提案がある」


 余計な口上を遮ってカルロスは声を張り上げる。

 

「決闘勝利時に私が得る物を変更したい」

「ほう? 構わんぞ。余の勝ちは動かんからな!」


 そう、乗ってきたことにカルロスは安堵の息を吐く。ここで断られても問題はないのだが、その場合勝っても本当に何も得る物が無くなるところだった。

 

「ではその鎧を」

「構わん。万が一余に勝てたのならばな!」

「ありがとうございます」


 狙い通りの返事をもらえた事で口元に笑みを浮かべる。そして己の魔法を剣に纏わせた。

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