07 友人
2コマ目の授業は実技――騎士科と合同で行う模擬戦闘訓練だった。
騎士科と魔導師科だが、実の所カリキュラムの半分は共通だ。その大半は戦闘訓練、野営訓練。要するに兵士として求められている技能を学ぶ。兵士訓練校などと揶揄されることもある所以である。錬金科も野営訓練や、行軍訓練は行う。有事の際には後方支援を行えるようにと考えられているのだ。
その中でも同じ釜の飯を食った仲間と言うべきか。騎士科と魔導師科は特に仲が良い。カルロスも友人を見つけて声を掛けに行った。
「よう、ケビン」
「……カルロスか」
低い声で返事をしたのはカルロスの鮮やかな金髪とは対照的にややくすんだ色合いの金色の髪を持つ青年だった。百八十を超える身長を分厚い筋肉で覆った体格は目を引く。
「ここしばらく見なかったけど何してたんだ?」
「……親父に連れられて山に行っていた」
ケビン・クローネン。彼の家はアグニカ家と同じ領地を持つ男爵家だ。つまり、父という事はクローネン領領主という事になる。
「ん。つまりクローネン領で何かあって山狩りしていたって事か?」
「ああ」
言葉少ななケビンは説明不足になる事が多い。本人も自覚があるのか、聞き返されれば詳細を語ってくれる。
「魔力だまりが発生した。魔獣も少数発生していたので領軍を率いて魔獣の討伐と魔力だまりの封鎖を行っていたら時間がかかった」
「ああ、そりゃ時間かかるわ」
「急な事で挨拶も出来なかった。すまん」
「気にすんな。魔力だまりなんて発生したら一刻を争うからな」
学院が管理している様な魔力だまりは例外中の例外だ。基本的に魔力だまりは発生したら即潰さないといけない。放置していた結果、領地が滅びかけたというのは良く聞く話だ。
男爵領の領軍などほとんどが農民だ。未だ学生の身とはいえ、正規の訓練を受けた兵は喉から手が出る程欲しかったのだろう。学院とクローネン領が比較的近い事も味方してケビンは実家の危機に馳せ参じていたらしい。
「お疲れ様だったな。戻ってきたってことは解決したんだろう?」
「した。だが領兵にも犠牲が出てしまった」
巌の様に険しい顔を苦悩に曇らせるケビンの肩を慰める様に軽く叩く。
「しょうがねえよ。魔力だまりに対処しようとしたらどうしたって犠牲は出る。――発見が早くて軽微の内に対処できた事で良しとするしかない」
そう言った時のカルロスの脳裏に浮かんでいたのは数年前に発生したアグニカ領での魔力だまりだ。あれは発見が遅かった事例だ。領軍だけでなく多くの犠牲が出た。カルロスの兄もそこに含まれる。
「そうだな……」
「今度飯でも食いに行こうぜ。お前の武勇伝聞かせてくれよ」
「別段面白い話がある訳でもないが……それはそうとカルロス」
「ん?」
普段周囲を気にすることの無いケビンは手早くあたりを伺って顔を寄せて小声で言ってくる。
「お前、また何かやったのか?」
「……心当たりが多過ぎて何とも」
少なくとも昨日一日だけで小屋を爆破させて、狩りの帰り道に新入生を怯えさせている。ケビン不在の間の出来事と考えた場合似たような物が山積することになる。
「騎士科の中でお前の事が話題になっていた」
「あんまり楽しい話題じゃなさそうだな」
「ウィンバーニ家の令嬢を監禁して調教しているとか」
「冗談でも恐ろしい事は言わないでくれ。殺される」
誰に、と言う主語は省いた。無論、クレアにである。
「っていうかそれ言った奴度胸あるな……ウィンバーニ家にケンカ売るつもりかよ」
監禁して調教、と言うのは事実無根だが事実無根だからこそそんなデマを広めたとあっては名門中の名門であるウィンバーニ家は黙っていないだろう。娘が傷物になったなどと言う醜聞。それを笑って流せるほど公爵家の面子と言うのは軽くない。
「らしい、だとかそう言う曖昧な物言いをしていたからな」
「あくまで噂を聞いただけですよって事か……頼むから巻き込まないで欲しいな」
その噂が原因でウィンバーニ家からカルロスに直接何かは来ないだろう。見張られているのだからそんな事実がないというのは分かっている。問題は、カルロスと行動を共にしている結果そんな噂が流れているという事だ。
それを重く見られた場合、接触を禁じられる可能性がある。カルロスとしてそれは非常に困る。片思いは別にしても魔導機士の復元にクレアの能力は必要だった。
「大方、お前とウィンバーニの仲を妬んでの事だと思うが一応気を付けておいた方が良い」
「気を付けろってもな」
「在校生は置いておいて、新入生が真に受けて絡んでくるかもしれない」
「はっはは。まさか」
「……去年あっただろう」
「去年あったからこそ今年は無いと思いたいんだよ」
一年ほど前の事になる。その頃カルロスはクレアと魔導機士の研究を始めたばかりだった。どことなくぎこちなさがあった二人の関係を邪推した同学年が暴走してカルロスに決闘を挑んだのだ。その時はどうにかカルロスが自力で切り抜けたのだがその後も決闘の申し込みが相次ぎ、クレアが切れたという一幕があった。
後にも先にもクレアが本気で怒ったのを見たのはその時だけであった。
「兎に角用心しておいた方が良い」
「ああ。忠告ありがとうよ」
「気にするな。友人が奇襲を受けたなどと聞いても後味が悪いからな」
実際の所、カルロスの戦闘力は低くない。口が裂けてもトップとは言えないが、常習的に狩りを行っているため戦闘慣れしている。
真っ向から挑まれれば逃げるくらいは簡単なのだ。
問題は奇襲闇討ちの類を受けた時。流石に学院の中でまで気を張っている訳ではない。
義憤に駆られた新入生が背後から一発襲われたらそのまま袋叩きにされてしまうだろう。
「気を付けるよ」
とは言った物の、カルロスはそこまで深刻に考えていなかった。
仮にも男爵家である。らしい、など言った曖昧な噂話で平民が喧嘩を売ってくるはずも無く。そして貴族ともなれば家のしがらみやらで仮に高位の伯爵家であったとしても行き成り襲い掛かられるようなことはない。それこそ家名に傷がつく。
そう考えると好奇の視線には晒されるだろうが、実害はないと言えた。
その視線でクレアが不機嫌になって八つ当たりされることを除けば。
そんな会話をした二時間後。騎士科魔導科合同の戦闘訓練が終わりカルロスとケビンは連れたって学食へと向かった。その席で。
「カルロス・アグニカ。貴様に決闘を申し込む」
真正面から堂々と手袋を投げつけられた。無い筈だったんだけどな、とカルロスは数時間前の己の考えが甘かったことを悟らされる。
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