06 授業
突然ではあるが、カルロスは錬金科ではない。
ログニス王立魔法学院には大きく三つの科に分かれている。
クレアも所属している錬金科。ここでは主に魔法を使った新たな物の創造が主となって活動している。ログニス王国で普及している魔法道具の殆どはこの場所で生み出されており、生活水準の向上に大きく貢献している。創法に長けた人間が多い。
平民出身者が多い騎士科。読んで字の如く王国の騎士を育成するための科だ。卒業生の大半は国軍へ入隊し、ログニス王国の軍事力を担っている。専ら魔法的な適正に欠ける者が大勢在籍しており、剣術を始めとした体術、そして活法と呼ばれる肉体強化の魔法を主として訓練している。
そしてカルロスの在籍している魔導科。人間が使う魔導五法――射法、創法、活法、解法、融法を総合的に学び、新たな複合魔法を生み出すことを主眼している科だ。その一方で従軍魔導師としての訓練も受け、卒業生の半数近くが国軍に所属している。
錬金科では無いが、錬金科の研究室に所属しているというのは当然ながら珍しい。建前上研究室の選択に制限が無いとは言っても卒業後の事を考えたら関連した分野の研究室に属するのが一般的だ。
その慣習に反しているのは魔導機士への拘りなのだが、そんな胸の裡まで理解しようの無い周囲からは変わり者として見られていた。
そんな嫌な意味で注目を浴びているカルロスは退屈気に魔導科の講義を聞く。だが頭の中は魔導機士の事で埋め尽くされていた。
(魔導機士に乗っている人の話からすれば本来の制御方式は融法を使って肉体と同期を取っているのはほぼ確実。だけど今の技術でそれは望むべくもない)
融法は自分以外との同調が基軸となっている。カルロスがロックボアに対してやったように触れた相手の考えを読むのは思考との同調。周囲の気配と自身を同調させれば気配を消せる。そして、相手の動きと同調させれば究極的には自分の意思で相手の肉体を動かすことが出来る。
尤も、人と言うのはただそこにいるだけで魔力的な抵抗の塊だ。人間相手に意識を読んだり、肉体の制御を奪ったりと言うのは融法が十あるうちの位階でもほぼ頂点に位置しないと不可能だ。
融法に限った話ではないが、最高位である10がほとんど神話の領域にあり、歴史上で確認されている最高位が9である事を考えると現状世界に一人いるかも怪しい。
カルロスの融法は6。比較的思考が単純な動物、魔獣の類ならば行動を読むことが出来る。
だが人間と機体の動きを同調させるのは不可能だった。既に一度試したのだが自分の全長が一気に三倍、四倍となった事に感覚を擦り合わせることが出来なかったのだ。咄嗟に同調を切った後も半日ほど酔いの様な感覚が消えず寝込む羽目になった。妙にクレアが優しかったのが印象に残っている。
そんな苦い経験から古の魔導師はその感覚の調整まで上手くやったのだろうが、自分には不可能だと結論付けた。自分以上に融法に長けている人間――と言っても融法自体が相手の意識を読んだり操ったりできるという話が先行してかなり危険視されている魔法なので余り使える事を公にはしない――がほとんどいないことを考えると当代で同じ制御方式は採用できないことになる。
だから今カルロスが考えているのは各駆動部を動かす魔法道具を操縦席に用意してそれを操作することで動かすという物だった。
(人間の関節数が約360……魔導機士では人間よりかは関節を減らしているから総数約200)
そうなると、単純なボタンのオンオフで切り替えるとしても200個のボタンが必要になる。カルロスは自分でその光景を想像してみたが、歩こうとするだけで果たしていくつのボタンが必要なのか。思いついた時は名案だと思ったのだが、冷静になってみると操縦者の技能に相当頼る事になるのではないだろうか。
まあやるだけやってみるかとカルロスは努めて気楽に考える。時間は有限だが、まずやってみないと始まらない。
ふと気が付くと板書が大分進んでいた。慌てて手元のノートにメモを取る。
とは言え、その事に意味があるのか甚だ疑問だった。
魔導科で中心となるのは射法、創法、活法だ。単純に言ってしまえば魔法で作りだした物を飛ばして、肉体を強化して動き回る。魔導師に求められている技能と言うのはそれなのだ。
魔導五法には相性がある。大概射法、創法、活法、解法、融法の中に一番の適性がある。そしてそれ以外に最大で二つの適性を持つのが一般的とされている。
射法に長けた物はその他に創法、解法に長ける。
創法に長けた物はその他に射法、活法に長ける。
活法に長けた物はその他に創法、融法に長ける。
融法に長けた物はその他に活法、解法に長ける。
解法に長けた物はその他に射法、融法に長ける。
と言ったような傾向が二番目以降の適性にある。
カルロスが最も得意とするのは解法であり、統計的には融法、射法が得意なはずだった。
ここでカルロスの実家、アルニカ家の事を思い出してみよう。アルニカ家は死霊術師の家系だ。死霊術に射法は然程役には立たない。求められているのは解法、融法、創法なのだ。
数代にわたる血統調整の結果、カルロスの代で遂に解法と創法と言う矛盾適性を持つ人間を生み出すことに成功した。
一人で万の死者の軍勢を率いたという伝説を持つ天才初代以来の同じ適性だ。
カルロスが持つ適性は解法、融法、創法。魔導科の流行とは真っ向から反している。唯一被ってる創法も、カルロスの場合は実体の無い物か形状変更に傾倒しており、いわゆる火の玉を飛ばすようなことが出来ない。
つまり、カルロスにとって魔導科で学べることは殆どない。箔付の為にいるような物だった。
何しろ死霊術自体がすこぶる評判が悪い。悪いというか皆気持ち悪がってまともに取り合ってくれない。
そして何よりカルロス自身が死霊術を余り好きではない。
幼い日はそれに疑問を持たなかった。五歳の時に複数体の同時使役を成し遂げた時に両親が大喜びしたのを見てカルロスも嬉しくなったのは嘘ではない。間違いなくアルニカ家の歴史の中で初代に次ぐ――或いは上回るほどの天才だった。
だが今は違う。
一族から多大な期待を掛けられているが、そんな物に応えたくはない。死者蘇生を最終目標としているらしいが、そんな妄執に取りつかれたくもない。家族は好きだが、死霊術師としてのアルニカ家は嫌いだった。
今カルロスが考えているのはどうにかして学院の卒業後もここで魔導機士の研究を続けることだった。叶うのならばクレアと共に。その為には超えるべきハードルは多いと分かっている。家の事、研究成果の事、そしてクレアの事、家柄の事。
そんなことを考えていたら今日も授業が終わってしまった。板書を覚えておけば試験は何とかなると開き直ってカルロスは2コマ目の授業を受けるべく席を立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます