05 倉庫

 まず、魔導機士とは一体何なのか。

 嘗て人がこの大陸の片隅で怯える様に生きていた時に、神から授けられた神剣とそれを振るう神兵。そのコピーを作ろうとしたのが始まりと言われている。

 古代魔法文明はその力を以て、大陸を支配していた龍族と争い、そして大陸を人間族の手に収めた。

 

 だが、その後の人間同士の戦いによって生み出された魔導機士はその数を大きく減らした。

 

 その際に中枢部分――即ち魔導機士用の魔導炉と制御部の製造方法も失われ、現在では大戦を生き残った数十機のみが各国に遺されているのみである。

 

 人の数倍の全長を持ち、魔導炉によって生み出される莫大な魔力は膂力と魔法に変換される。

 人の手に余る魔獣を討ち、人の営みを守る存在。

 

 それが今の大陸の人間による魔導機士の認識だった。

 

 ◆ ◆ ◆


 足元に転がしたロックボアの素材を創法で組み替えていく。

 

 クレア程の使い手ならば兎も角、カルロスの創法では元々ある物体を加工して組み替えるのが一番効率が良い。

 牙、骨を機体の骨組みに。肉を駆動部に。皮は関節などの覆いに加工する。

 

 魔力の消耗は激しいが、然程時間もかからずにカルロスは加工を終える。二頭分で骨組みだけだった右腕の上腕部に頼りない駆動部――筋肉上に加工された物――が加わった。これを繰り返してこの駆動部を太くしていくのだ。地道な作業であった。

 

 今のペースでは右腕の完成には後二か月ほどだろうかとカルロスは下半身の経験から計算する。機体を支える足よりは必要な素材は少なく済むはずだった。

 

「……現状だと出力過剰になりがちだから基本出力を思い切って落として、魔導炉自体は頑強に作るというのはどうかしら」

「確かにそれだと爆発はしなさそうだけど、サイズの割に出力が今一じゃこの携帯型を詰め込んだ方が良い、って結論になりかねないぞ」

「ええ。それは分かっているわ。実際、サイズ比的にはそう大差ない出力の物しか作れないとは思う」

「だったら」

「でも一度完成品を作ってから出力の上昇と安定化を目指して行った方が良いんじゃないかと思って」


 クレアの提案には一考の価値がある物だった。一応の完成品があれば国からの支援金は大きく増える。技術蓄積としても無意味では無いだろう。

 

「低出力版か……」

「後はそうね。躯体の消費魔力を減らしてみるとか」


 そうすれば低出力の魔導炉でも動かすことは可能になる。二人は魔導機士の建造を再興しようとしていたが、かつてのやり方に拘るつもりはない。

 多くの分野では古代魔法文明の方が発展していたと見られている。

 だがいくつかの分野では現在の方が優れているされている物もある。魔法道具の低燃費化などはその筆頭だ。

 

 そうした技術を用いることで今の時代に即した魔導機士を作る事が出来るかもしれないと二人は考える。

 

「低燃費化か……先進魔力制御研究室の奴に聞いてみるか」


 恐らく学院内では尤も魔力の効率利用に詳しいであろう研究室の名を挙げてカルロスは考え込む。同じ学院の研究の徒であると同時にライバルでもある。聞けばこちらの研究成果についても多少は話さざるを得ないだろう。

 

「実は、低燃費に繋がりそうな素材の精製方法を思いついたのよ」

「ほう」


 少し得意げな顔をしているクレアの表情は珍しい物だ。冷静さを友としている彼女が表情に出すくらいだ。自信があるのだろう。

 

「どんなのだ?」

「まだ内緒よ。ある程度大きさがないと見た目的にも分かりにくいからもう少し素材が集まってからになるかしらね」

「そりゃ楽しみだ」


 魔力の問題はクレアの提案した改善で上手くいく目が見えてきた。そうなると問題となるのはもう一つだ。

 

「魔導機士の制御か」

「こっちはサッパリね……解法で何か分からなかったの?」

「流石に外から触っただけじゃな。直に触れれば何か分かったかもしれないが……」


 とは言え、それで分かる様ならば過去にカルロス同様の解法の使い手が何か気付いているだろう。そう考えるとヒントは無いに等しいと考えるべきだった。

 

「制御についても今までの魔導機士を真似ずに新しい手法を考えた方が良いかもしれない」

「操縦席回りも考えないといけないわね……」


 まだまだ解決しないといけない課題は多い。それでも二人はそれを苦にしていなかったし、楽しんですらいた。

 

「実はだ。俺も操縦については腹案がある」

「へえ……やるわね。カス」

「ま、クレアじゃないけど仕上がってからのお楽しみって奴だ」


 鼻の下を擦ってカルロスも得意げな顔をする。

 あくまで二人の関係は対等でないといけない。どちらかがどちらかの研究成果を吸い上げるだけになった瞬間、この共同研究は終わりを迎えるだろう。

 

 ただ寄生するだけの相手に用はない。

 

 しかし、だからこそお互いに新たな発想を持っている相手を尊重し、大切にしているのだ。

 

 クレアの場合、発言から尊重と大切にしているのかが非常に分かりにくいが。時々カルロスは自信が無くなる。

 

「……暗くなってきたわね」

「そうだな」


 ふと気が付けば窓から入ってくる夕差しが弱まっている。赤く染め上げられていた倉庫内も暗闇が増えてきた。そろそろ明かりを付けないと厳しい時間帯だ。

 

 明かりをつけるための魔力も只ではない。キリが良い事もあって二人は無言でやり取りを交わして倉庫の戸締りを始める。はっきり言うと盗み出せるような物は無い。更に言うと盗み出して価値があるような物が無い。

 

「それじゃあまた明日の午後に」

「また明日なー」


 街の住宅地――俗にいう貴族街の外れでカルロスはクレアを見送る。毎日、ここに来ると自分と彼女は違う存在だと突きつけられている様な気分になる。

 

 カルロス・アルニカ。アルニカ男爵家の三男。貴族の端くれではあるが上を見上げれば彼よりも身分の高い人間はいくらでもいる。そんな立ち位置だ。

 

 クレア・ウィンバーニ。ウィンバーニ公爵家の長女。王家に王女がいないことを考えると、この国で最も尊い血が流れている少女と言える。

 

 本来ならば気軽に話が出来る様な身分ではない。それを考えればカス呼ばわりされているとはいえ、こうして言葉を交わせるのはまさしく僥倖とも言えた。

 今日の実験の時も、狩りの時も、倉庫で作業をしている時も。

 

 カルロスが気付かない様な場所から、クレアは常に見守られているという事を知っていた。彼女から声をかけてきているから。学院生だから。許されている理由はそんなところで、近寄った時点で斬られても文句が言えないというのが恐ろしい話だった。

 

 高望みはすまいとカルロスは思っている。対等の研究パートナー。その立場に入れる時点で望外の幸運なのだと。

 

 それでも。

 

 幼い日に一目惚れして以来の気持ちを完全に抑え込むのは難しかった。

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