04 死霊術

「そういえばこの前錬金科の子に聞いたのだけど、三丁目の角の所に新しい食事処が出来たらしいわ」

「へえ……八件目だけど今度こそ上手くいくと良いんだが」

「呪われてるんじゃないかって頻度で借りてる人が変わる物ね」


 カルロスとクレアがゆっくりと森から街への道を歩く。夕焼けが少し縮れたカルロスの金髪と、クレアの赤毛を照らす。その二人間にはペットらしきものが二体、楽しげに足にまとわりつこうとしている。そこだけを見れば穏やかな夕暮れの一コマなのだが、足元の二体が血まみれの猪となると一気にホラーと化す。

 

「……ねえ、カス。流石に足元が汚れて嫌なのだけど」

「分かる。ちょっと待ってくれ。設定間違えたかな……?」


 こんなに人懐っこくする予定はなかった。ぼやきながらカルロスは手を一振りして彼が使役している死骸二つの行動ロジックを変更する。瞬間それまでの人懐っこさが嘘の様に三歩程遅れて黙々と付いてくるようになった。

 

「これでよしと」

「ホントどうやってるのかしらね……これ。創法だっていうのにサッパリわからないわ」

「創法は自分の知っている物しか作れないからな。生き物の魂の構造、何て言われてもさっぱりだろ?」


 掌をカルロスに向けてお手上げ、と言う仕草を取るクレアに軽く頷いて話を進める。

 

「まあ正直俺も分かっている訳じゃないけど、こういう物を作れば動かせるってのが解法と融法で徹底的に調べて体に教え込んで漸く、って感じだからあっさり真似されると立場が無い」

「創法の第一人者としては門外漢にあっさり作られたら立場が無いのだけどね……」


 どちらも己が専門家と言う自負がある。微妙に方向性が異なってはいるのだが自分が持つ能力に自信があるだけに模倣すらできない物があると悔しさを覚えるのだ。

 

 時折、すれ違うのは今から魔力溜まりの方で狩りをしようとしている学院の生徒が多い。足元のロックボアだった物にぎょっとした視線を向けてくるのは新入生なのだろう。分かりやすい。

 

「もうちょっと見た目をどうにかできないの?」


 すれ違った人物の反応を見てクレアが半分あきらめた様な口調で尋ねる。カルロスも肩を竦めて答えた。

 

「やろうと思えば出来るけど、赤字になるくらいに魔力食うけど」

「創法でどうにかできないかしら……」


 そもそもが綺麗にしたところで一時間もしないうちに解体するというのを考えると無駄が多過ぎる。しばらく新入生たちは爆発含めて驚きの新生活を送ってもらうしかないだろう。

 

 大きく遠回りをしながら二人は街外れの倉庫へと向かう。他の倉庫からも離れ、何をしていても周囲が気付くことはない。二人にとっては理想的な立地だった。

 

 倉庫の入り口には食肉解体所としての認可証が張ってある。何とも不思議な事に。この国の法律では魔獣を解体して素材を取るのは食肉加工に当たるのだ。その為許可を取っていないと怖い憲兵隊がやってきて逮捕される。

 

 学院の二千人近くを収容できる大講堂並に広い倉庫だけあって本来の出入り口は途轍もなく大きい。一々開け閉めするのにも手間がかかるので裏口から中に入り、明りを付けていく。

 

「血液からエーテライトを抽出するからこっちに回してね」

「了解。牙は何時も通り装甲に回して……肉類は処理してっと……」


 口の中でこの後の手順を確認しながらカルロスはロックボアの死骸を解体していく。皮を剥ぎ、肉を部位ごとに分けていく。骨、牙まで丁寧に分ける。その中で血液だけは魔導炉の釦を押し込んで完全に抽出していった。血抜きに魔法を使うというのは非常に贅沢な話だが、吊るして血が抜けるのを待っているとその間に血液が劣化してしまう。

 

 抜き取った血液をタライに入れてクレアの方に回す。十リットル程の血液が波紋を揺らした。

 

「後よろしく」

「任せなさい」


 クレアの細い指が並々と溜められた血液の中に入れられる。そこから虹色の光が集まってくる。クレアが指を引き抜くと細い虹色の糸が続く。それを別の小瓶にクレアは移し替えていく。

 魔獣は魔力の影響を受けた生き物だ。必然体内には魔力が存在している。その大半は血液に溶け込んでいるのだが、その魔力を使おうなどと考える人間はそうはいない。

 

 クレアの様な当代最高クラスの創法の使い手でないと生物から魔力を抽出し、それをエーテライトに変換するなどと言う離れ業は出来ないのだ。カルロスの創法ではとても真似できない。

 

 カルロスの仕事は他の解体した部分を加工する事だ。無論、食肉にではない。――ほんの少し、自分の夕食用にキープしてあるがそれは僅かである。

 

「うーん。まだ上半身が貧弱すぎるな……」


 大量の肉を運んで倉庫の奥、大講堂並の広さの大半を占める物体に目をやってカルロスは小さく言葉を漏らす。

 

 そこに横たわっているのは巨大な人型。魔導機士、彼らが目標とする存在その物だった。

 

 当然と言うべきか。未完成品である。足回りは完成に近いが、腰を過ぎた辺りからスカスカだ。何かが収まるべき腹部は完全な空洞となっているし、左腕は未だに取り付けられていない。右腕も骨格のみで、頭部も同様だった。

 その全てがカルロスが今までに狩ってきたロックボアで構成されている。僅かに別の魔獣の物も入っているが大体がそうだ。

 

 骨と牙は装甲、骨格と活躍している。肉も特殊な溶液に付けて、防腐処理を施した上で駆動部に使っている。

 

 死体を組み合わせて人型を作っている姿は、カルロスが幾ら否定しようとも死霊術師その物の姿であった。

 

「なあ、少し素材購入しないか?」

「ダメよ」


 血液からエーテライトの抽出を行っているクレアがそちらに目を向ける事も無くバッサリと切り捨てた。

 

「どうせカルロスしか現状加工できないのだから素材だけ増やしても溜まっていくだけよ。今日の分だってまだ終わってないんだから。後お金が無いわ」


 クレアの言う通りであった。魔導機士の機体部分自体は現在でも作成が可能な個所だが、万人に出来るわけではない。厳密に国が管理している技術だ。それをカルロスが組み上げているというのはちょっとしたインチキを使っていた。

 偶々コネで本物の魔導機士に触れる事の出来たカルロスは解法を使ってその場で構造を解析、丸暗記してきたのだ。それを自分の創法で再現しているに過ぎない。当時十歳かそこらだったカルロスにそんなことが出来るとは誰も思わず、あっさりと触れることを許してしまった結果だった。

 

 その為、作り上げるべき内容を把握しているのはカルロスだけで、材料を用意しても加工できるのはカルロスだけ。現状でも適宜狩りに行くことで素材は集められている。何より、魔導炉の作成に費用が凄まじく嵩んでいるので回せる費用が無い。

 

 ぐうの音も出ない程の正論だった。


「お前は俺の姉さんか」


 幼いころに諭すように言われた姉の言葉が思い出される。余り進歩していないのだと気付いてカルロスは赤面した。

 

「私はカスのお姉さん何ていやよ」

「俺もカスカス言ってくる姉は嫌だな」


 皮肉げに口元歪めてカルロスは言い返す。クレアは特に言い返すことも無く口を噤んだ。この呼び方の話題になると分が悪い事を察しているのだった。

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