134

「お料理は季久さんにお任せしますよ」


 木崎は病院で見せた医師の顔とは、また別の表情を浮かべた。


「こういうお店は苦手ですか?」


「いいえ、でも女子だけで来店することはないですね。学生の頃、人情味溢れる居酒屋さんで食べた焼き鳥を思い出しました」


「居酒屋さんですか。よく行くの?」


「いいえ、学生の頃家庭教師のアルバイトをしていて、そのお店の高校生を……」


 私……何を話しているんだろう。


 そんな話、木崎は聞きたくもないはずだし、私も思い出したくないのに。


 お店の雰囲気も、女将さんのタイプも、全然違うし、ただ……人情味溢れる優しい笑顔が、過去を思い出させただけ。


 女将さんは日本酒とお料理を数品テーブルに運んだ。どれもシンプルな家庭料理。


 木崎はフレンチやイタリアンが好きだと思っていたけど、こんな家庭料理が好きなんだね。


「季久さん、焼き鳥出せる?」


「焼き鳥ですか?木崎さんが焼き鳥だなんて珍しいですね。いいですよ。ねぎまでいいかしら?」


「木崎さん……。私そんなつもりで……」


「きっと懐かしい思い出があるんだよね。さっき幸せそうな顔してた」


 私が?

 幸せそうな顔?


 日向の両親が作る焼き鳥は、確かにぬくもりのある幸せな味がした。


「もっと雨宮さんのことを知りたい。いけませんか?」


「……いえ。私なんてつまらない女です」


「そんなことはないですよ。雨宮さんは魅力的な女性です」


 木崎は私のお猪口に日本酒を注いだ。ほんのり甘いお酒の味。きっと女性向けに口当たりのいいものを用意してくれたのだろう。


 然り気無い気遣いと、木崎の優しさに心が和んだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る