100

 すっかり意気投合してる。

 盛り上がっているのは日向とおばちゃんだけ。


 食事中の社員は聞こえているくせに、素知らぬ顔だ。


 私は食事もそこそこに立ち上がる。これでまた噂に火がつくと思うと、ご飯が喉を通らない。


「雨宮さん体調悪いんですか?食事こんなに残ってますよ」


 それは……

 あなたのせいよ。


「俺ならもうすみましたから、ゆっくり召し上がって下さい。迷惑掛けてすみませんでした」


 日向は食堂にいた者に視線を向けた。


「俺と雨宮さんは同じ総務部です。交際しているわけではありません。なので変な噂は流さないで下さい。以上」


「……っ」


 穴があったら入りたいとは、きっとこんな心境をいうに違いない。


 そっぽを向いている社員に、わざわざ私達の自己紹介して、逆効果だと思わないのかな。


 よほどの自信家なのか、頭が悪いかのどちらかだ。


 日向が食堂から出て行くと、おばちゃんが私に視線を向けた。


「日向さんは実に気持ちがいい。今時の若い子はしっかりしてるね。雨宮さん朝食はよく噛んで、残さず食べてね」


 残さず食べてと言われ、椅子に腰を落とす。


『ご飯を粗末にしてはダメよ』母の口癖が耳に蘇る。『農家の方が汗水垂らして作ったお米や作物は、残さず完食しなさい』父の小言が脳裏を過ぎる。


「……わかってるよ」


 味付け海苔をご飯の上に乗せ、半ばやけ食いのようにパクパクと頬張る。


 私は何に怒ってるんだろう。


 日向がしつこいから?

 それとも……日向が『交際しているわけではありません』と断言したから?


「あんなにはっきり否定しなくても……」


 まるで女であることを否定されたようで、少し癪に障る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る