62

「社会人のマナーって、異性を寮に泊めないことですか?」


 ……っ、変なとこ突っ込まないで。


「みんながそれをすると、寮の規律が乱れるでしょう」


「ここはラブホテルではないということですね」


「日向さん、そんなことハッキリ言わないで」


 思わず赤面する私。

 苦笑している日向は、意外としたたかな男かも。


「大阪出身なのに、標準語上手ですね」


「なんでやと思う?ほんまは東京出身で、大阪弁は苦手やねん」


 わざと方言を使う日向に、思わず笑みが漏れた。


「出身は東京なの?」


「訳あって大阪に引っ越したから。大阪弁は苦手だけど、大阪の方が俺の性に合ってる。東京は冷たい街だから嫌いなんだ」


「だったらどうして……」


「人事異動やから、しゃあないやん」


 日向の大阪弁は確かに違和感がある。

 クスクス笑う私を見つめ、日向は美味しそうに珈琲を飲む。


「雨宮さんの笑顔、初めて見ました。会社でも歓送迎会でも全然楽しそうじゃなかった。どこか寂しい目をしてました」


 私のこと、そんな風に見てたの……。


「やだな。寂しい目だなんて」


「俺、女性の寂しい目を見るのは嫌いなんです」


「私は寂しい目なんてしてないわ。疲れていただけ」


 日向の言葉は胸に突き刺さった。虹原のプロポーズを断り、虹原との別れを決めたのは自分なのに、心のどこかで寂しいと思っている自分がいる。


 未練がましくて自分が嫌になる。


「ご馳走さまでした。お先に。日向さんごゆっくり」


「はい。雨宮さん今夜の夕食は寮で食べますか?」


「いえ、用事があるから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る