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 あの彼が……

 まさかね?


 花菜菱デパートは大卒しか採用しないし、当時十八歳の日向陽は進学せず親の店を継ぐと私に宣言した。


「雨宮さんどうかしました?」


「いえ、なんでもないわ。名刺はすぐに発注します」


 会議室のドアが開き部長が出て来た。部長の後ろに虹原、日向と続く。日向の顔がチラッと見えたが、すぐに虹原の大きな背中の陰となりはっきりとは見えなかった。


 虹原と日向は引き継ぎ書と分厚いファイルを数冊手に、再び会議室の中に入る。


 日向を意識しつつも、私は日常業務に戻る。山川は日向が気になるらしく、仕事もしないで私に話しかける。


「やっぱり経理財務課に配属されるのかな。庶務課ならよかったのに残念。庶務課は異動ないのかな」


「庶務課だって異動あるわよ。庶務課からいきなり店頭営業部門勤務になることもあるしね」


「店頭営業部門ですか?新人の時、三か月販売経験したけど、私、接客って苦手なんです。だから、庶務課に配属されたのかな。人事部って社員の性質よくわかってますよね」


「だからって、ずっと庶務課とは限らないよ。いつ異動になるかわからないし、人事部と総務部長の決めることだからね」


「人事部長と仲良くしとかないとダメですかね。総務部長に嫌われないようにしよう」


 人事異動は個人的な理由で決定するものじゃない。でも、能力だけではなく職場の人間関係も判断要素の一つであることは事実だ。


 山川は美人だし、ルックスだけでいえば秘書や受付嬢向きだけど。同じ総務部でも秘書課ではなく庶務課に配属されたのには、それなりの理由があるのだろう。


 私には花形である秘書課より、縁の下の力持ちである庶務課が似合ってるけど。


 会議室のドアが開き虹原が出て来た。虹原は山川と目が合い、暫く見つめ合う。

 私にプロポーズした唇に、優しい笑みが浮かぶ。


 虹原の後ろを歩く男性、身長は虹原と同じくらいの高身長。175センチ以上はあるだろう。髪は黒、ビシッと決まったグレーのビジネススーツ、白いシャツにネクタイは濃いブルー。清潔感溢れる爽やかな好青年。

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