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「そうなの?」


 仕事に集中していて、入室したことすら気付かなかった。


「ちょっと早まったかな。新しい人、虹原さんよりイケメンでした。部長から年齢聞いてますか?多分私より若いですよね?」


 虹原との交際を受け入れた直後に、他の男性に目移りするなんて山川も可愛い顔をしてしたたかな女性だ。


「お茶、私が出しましょうか?」


「いいの?」


「はい。もう一度彼の顔をバッチリ見たいので。あとで報告しますね」


 随分気が利くと思ったけど、それは勘違いだったみたい。


 山川はデスクの引き出しに忍ばせた手鏡を取り出し、メイクをチェックし素早くリップを塗り、スッと立ち上がると部長に笑顔を向ける。


「部長、私がお茶の準備しまーす」


「そうか。若いのに気が利くな。忙しいのに悪いね。山川さん宜しく」


 部長の目尻が下がる。『若いのに』は余計だ。明らかに私と比較してる。部長こそ若い美人OLには弱い。


 忙しくしているのは、山川だけじゃない。私だって目が回るくらい忙しい。


 十五分後、山川がウキウキしながらデスクに戻ってきた。周囲を気にし、小声で私に耳打ちする。


「雨宮さん、超イケメンでした。本社でダントツ一位ですね。大阪支店からの転勤だそうです。虹原さんも素敵だけど、全然負けてないなぁ」


 男の価値は顔じゃないよ。イケメンだから内面も素晴らしいとは限らない。

 性格最悪かもしれないし、女性にモテる男ほど鼻持ちならない。


「これ、彼の古い名刺です。『新しい名刺と名札等の手配宜しくお願いします』って。声も甘ーい感じで素敵でしたよ。年齢は私と同じでした。同期にあんなイケメンがいたなんて全然知らなかったな。損した気分」


 山川が差し出した名刺を見て、私は目を疑った。


 それは見覚えのある名前だったから。


 同姓同名……かな?


 名刺に印刷された名前は『日向陽』


 ――それは五年前……

 家庭教師のアルバイト先で出逢った、不良高校生と同じ名前だったからだ。

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