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「……内定は決まってるわ。でも教師じゃない」


「だったら、無理に家庭教師のバイトなんてしなくていいんじゃね?」


「私はあなたとは違うの。親に頼りたくないの。高校に行かせてもらってるのに、遊び呆けているあなたと一緒にしないで」


「ふん。仕送りしてもらってる時点で頼ってんじゃん。大学ってそんなにいいとこかよ。学歴がそんなに必要なのか」


「企業に就職したいなら、学歴も必要かもしれないわ。高卒と大卒では基本給も違うし」


「結局金か。だから俺は学歴なんて関係ねぇ世界で勝負したいと思っている。この腕と能力で勝負するんだ」


「……そう。好きにすれば」


 彼の言うことも正しい。

 企業に就職しても、今は学歴より能力重視の企業も増えている。


 私がやりたいことは何だろう。

 彼の方が、私より現実的かも。


「川と海で生息する魚が、何処かで合流したら、それも運命かもな」


「……運命?」


「コンビニの店長はもうあんたに手出ししねぇよ。その代わり、あんたと俺の赤い糸、もう絡まってるかも」


 小暮が私に手出ししない?

 彼は私の画像を持っている。


「……バカみたい。川と海では生態系が異なるの。川の魚と海の魚が共に泳ぐことはないわ。さよなら」


 私は彼の部屋を飛び出す。

 一階に降りると、店内はすでに満席。もくもくと焼き鳥の煙の立ち上がる厨房から女将の声がした。


「先生、もうお帰りですか?」


「すみません。今日はこれで失礼します」


「また来て下さいね。お気をつけて。これ、お土産にどうぞ」


「いえ……。いただくわけには……」


「遠慮せず、どうぞ、どうぞ。上品なお口に合うかわかりませんが、うちの焼き鳥は美味しいですよ」


 渡された包みは温かく、美味しそうな匂いがした。


「……すみません。ありがとうございます」


 赤い糸だなんて、バカバカしい。

 絡まってるって何なのよ。繋がってるならまだしも、絡まるってなに?


 もし、絡まっているなら、私が切断してあげる。


 店を飛び出した私。

 店の前には白いもやが立ち込めていた。

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