30
「キスのやり方も知らないくせに、どうせはったりでしょう。女をバカにし……っぁ」
不意に落ちてきた唇。
柔らかな唇が、私の唇を包み込む。
傲慢な態度からは想像つかないような優しいキス。小暮や虹原の少し乱暴なキスしか知らない私は、初めての感触に目を見開いたまま身動き出来ない。
「キスから始まる恋だってあるんだよ。家庭教師と生徒の禁断の恋、それが体験できるならあんたを雇ってもいいぜ」
彼は生意気な言葉を発し私を挑発した。
「最低……」
思わず手を振り上げたが、トラブルを恐れ叩くことが出来なかった。
「キスのやり方も知らないとか、あんたが先に俺を挑発したんだぜ。それとも俺を誘ったのか」
「バカなこと言わないで。これで気がすんだでしょう。もう離して」
「俺はあんたとキスして、運命を感じたよ。今までで一番よかった」
彼の言葉に心拍数は上がる。高校生の言葉を真に受けて動揺するなんてどうかしている。平常心を保とうとすればするほど、顔に火がついたように赤面していく。
「大人のくせに純情なんだ。顔、真っ赤だよ。電柱の横の錆びた郵便ポストより赤い。いや、昨日食った熟れすぎたトマトより赤い」
錆びた郵便ポストとか、熟れすぎたトマトとか、一言多いんだから。
「……バ、バカにしないで」
乱れる呼吸……。
煩い鼓動……。
私を弄ぶ彼の一言一言が、さらに気持ちを煽る。高校生のくせに、なんでそんなに落ち着いていられるの。
運命を感じたなんて、不良のくせに年下のくせに、どこでそんな言葉を覚えたのよ。
「帰ります。離して下さい」
「まだ数分しか経ってねぇよ。座ってもっと話そうぜ」
彼はベッドに視線を向け、ニヤリと笑った。その手には二度と乗らない。ベッドに座ったら最後、何をされるかわからない。
掛け時計に視線を向ける。カチカチと鳴る秒針がもどかしい。
「あんたさ、内定決まってんの?もしかして、高校のセンコーとか?」
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