第19話 順調友情


 俺の日常は和やかに過ぎていく。


 番人様との修行だけは別だ。この前は中級の悪魔二体との同時戦闘をやらされて普通に死ぬかと思った。「おおーもう一体だと慣れてきたね~。じゃ、もう一匹追加してみようか!」なんて感じに。


 いやいやおかしいだろ、と思いつつも何とか乗り切った。やっぱり番人様って頭がおかしいんだと思った。ちょっと感覚がずれてる。


 乗り切った後に「よくやったな~」と褒めてくれた。それだけで嬉しくて、さんざん文句を言ってやろうかと思ったけど、「うん!」みたいな返事しかできなかった。

 褒められると嬉しいんだから仕方ない。


 現在、俺は第一次成長期の段階にある。今の年齢は十六なので、第二次成長期まではあと二年ほどはかかるか。

 第二次成長期に突入すると封魔一族はカッコいいマントが生えてくる。生えてくる? まあ、出したり消したりできるようになって、その部分で魔法攻撃をはじいたりするようになるのだ。

 これがなくても、もともと封魔一族の対魔性能は高いからマントがなくても結構ダメージは抑えれるが。


 やはり、業魔を飼う俺は一般的な封魔一族より能力が高いらしい。星装気は星の名門並みだし、鎖の能力も法の名門並みだ。それに陰術に対しては相当の才能があると言われた。


 歴代の番人にはいろいろな戦闘の種類がある。


 膨大な星装気を用いた身体能力のごり押しで勝つタイプ。

 鎖を飛ばして中距離から攻撃し相手になにもさせない戦術で、一方的な展開に持ち込むタイプ。

 陰術に特化して奇襲を得意とするタイプ。


 今の番人様は陰術特化型だ。つまりは俺と同じような戦い方。


 修行は順調だ。番人様の率いる精鋭部隊『暁の執行隊』の人にも陰術だけなら通用するようになってきた。

 自分で言うのもなんだが、これは結構すごい。第一次成長期なんて子供だ。種族の能力の多くは第二次成長期に劇的に上昇する。

 つまり、俺が第二次成長期を迎えれば、五十メートル圏内にいても陰術で暁の執行隊の者から隠れられるだろう(更地とかだとさすがに無理だが)。


 ヘクトールはどうしているんだろう? 差は縮まったか? 俺は番人になれるか?

 ……まあ、勝つつもりはある。


 ディンとも徐々に仲良くなってきた。

 俺たちのパーティは予想通り、他の封魔一族とつるみにくいパーティとなってしまっている。


 申し訳ないという気持ちはある。でも、今更俺が引いてもディンもライルもそれを望まないだろう。だからせめて、彼らにはなにかしら貢献してやりたい。


 ラタリアは最初は本当に口を聞いてくれなかった。だが今はそうでもない。

 意志が強い子で、めったに弱みを見せない。わりきりがよく、結構そこは好感が持てるところだ。


 そんなある日、ディンが人を連れてきた。

 第二次成長期を終えた、大人だ。


「兄です」とディンは言った。


 つまり、法の名門だ。少し警戒したが、思ったりよりも明るく、いい人だった。名はテオドール・クシャルというらしい。


「それでだ」とテオドールは言う。


「秘境のお姫様について聞きたいんだっけ?」



 ◇



 テオドールは法の名門らしく、メガネを掛けていた。ディンとお揃いだな、とくだらないことを思う。


「そうです」


 一刻も話を聞きたかった。

 そんな俺を見てライルはにやつく。

 ラタリアも興味があるようだ。


「まあ、特段隠すことでもないけど広めたほうがいいってわけでもないしね。ディンの頼みだから特別だよ?」


 ディンの口角が錯覚かと見間違うほどわずかに吊り上がって、元に戻る。

 彼は冷静沈着で、あまり感情を出さないタイプだが、言われた言葉が少し嬉しかったらしい。どうやら二人の仲は良さそうだ。


「どーしても聞きたい?」

「はい!」

「どーーしてもかい?」

「はいはい!」


 ちょっとしつこいひとだな。

 そんな第一印象。


「兄さん……」とディンがジト目。

 テオドールは構わず俺に顔を近づけた。


 ――パリーン! と何かが割れる音。

 びっくりして身を逸らした。メガネが突然、割れていた。


「驚いた? ねえ、驚いた!?」

「は、はい」

「やったよディン!」


 なぜだか喜び始めるテオドール。

 誰もが状況についていけない。


「あのね兄さん。僕も同類だと思われたくないからやめてほしいんだ」

「これに三か月は掛けたんだよ。もっとほめてくれてもいいんだよ?」

「僕の話聞いてる?」


 楽しそうな兄弟の会話。あくまで主観で、だけど。


「カルマくん、って言ったっけ? どういう仕組みか知りたいかい? ねえ、知りたいかい!?」


 と、距離を詰めてくる。

 忌み子だから避けられるとか、そういうのが皆無だ。

 だが、変人だな、と思った。イメージで言えば狂気の科学者とかに近い。頭がおかしい、とネタで言われる部類の。


 俺は「は、はい」とためらいがちに聞くか、「めっちゃ知りたいです! なにあれすげええええ!」とノリよく言うか迷った。俺が選びたいのは後者だが、変人には自然と警戒心を持ってしまう。


「めっちゃ欲しい! 一個下さい!」


 方向性をずらすことにした。


「しかたないなあ」とテオドールは言う。


 手際よく一個渡してくれたことから、もともとあげる予定……いや、誰かにあげたくてしかたがなかったように思える。


「それでね。このメガネは星装気を流すことによってパリ~ンと割ることができるんだ! しかも割れる方向は目に当たらないように外側になるように工夫されてるんだよ」


 なおも彼は言う。

 しかもこれは人間の特殊な技術が使われてて割れたガラスが丸くなるようになってるんだよ! 信じられるかい? 割れたものが丸く割れる! これってすごい技術だよ。他のことにあたっても危なくなくなるからね! しかも高価なんだけど人間の――――


 そこから先の言葉は俺の耳から抜けていった。

 すごい早口だ。

 やれやれ、とディンが首を振る。


「普段は冷静沈着で無口なんです」


 そんなフォローをした。

 嘘に決まってる、となかば決めつけめいた感想を抱かされる。


 ライルが手を挙げる。


「あの、すみません」

「なんだい?」

「それって何の意味があるんですか? 使いどころとか」


 それ聞いちゃダメなやつだろー、と俺は思った。

 しかし、予想に反してテオドールは目を輝かせる。


「宴会用に使うんだよ」

「宴会用?」

「なにか一芸欲しいだろう? 私の宴会七つ道具のひとつだ」


 その言葉に気になって、俺はテオドールに質問をする。


「七つ道具ってことは他にもなにかあるんですか?」

「そうだね。これは宴会七つ道具一号だ」

「二号めは?」

「これは宴会七つ道具一号だ」


 宴会七つ道具の完成は遠そうだ。


「あ、もっと余分にありますか? 知り合いに見せたいのでもう一個欲しいです!」

「まったく、話のわかるやつだなあ。仕方ない。サービスで三個プレゼントとしよう」

「やったー!」


 俺もテオドールも、なんかすごい嬉しそうだ。


 三つの割れるメガネを受け取る。

 あとで番人様に見せてやろう。番人様の驚いた顔を思い浮かべるとわくわくしてくるな。


 ライルは少し遠慮しているようだ。らしくないなあ、と思うが、こういうタイプ相手だと仕方がないことなのかもしれない。

 手元には四つ、割れるメガネがあるので二つはライルとラタリアにあげよう。ディンはいつでももらえるだろう。


「兄さん。そろそろ話を戻して」

「ん? ああ、そうだった」


 忘れてたのかよ、と思った。

 テオドールは居住まいを正す。


「なぜだか怪談話になっているけど、まず、秘境のお姫様は普通に実在する封魔一族だ。で、彼女は教育方針で今は他の封魔一族に会ってはならないことになっている」


 少しだけほっとする。さすがに幽霊などではなかったらしい。

 ……それにしても、他の封魔一族に会ってはならないなんて、どういうことだろう? 俺に出会ったのは、なんなのだろう?


「まあ、いずれは普通にみんなの前に顔を出すことになるんだけどね。『秘境のお姫様』。その正体は、封魔一族の希少種、歌姫だ」


 それを聞いて、あ、となる。


 歌姫と言えばめったに封魔一族の中でで生まれない、歌を用いて魔法を扱える特殊な才能の持ち主だ。

 万単位の軍隊すら一撃で滅ぼす神域魔法を使うことができたりして、魔法を一切使えない封魔一族にとって、ひとりいるだけでその価値は計り知れない。


 例えば、人族と封魔一族の全面戦争が始まったとする。そうなると神域魔法というのは戦争の勝敗を決めるものだ。

 歌姫がいても結局は負けてしまうだろうが、いるかいないかで人族の被害もだいぶかわるだろう。


 歌姫の存在は、現在、優秀なマジックアイテムの素材にできてしまう封魔一族が狩られていない理由のひとつでもある。まあ、そんなことをしようとすれば番人様がそこの組織の最高権力者を暗殺するだろうし、いちおう歌姫がいなくても人族が攻めてくるようなことはなさそうだが。


 テオドールは真剣に言う。


「君たちがこんなことを聞いたのは興味があったからだろう。そして、実際会いに行こうとしているのかもしれない。でもそれは、やってはだめだよ?」


 ――ショックを受ける。会っては、ならない。


「まあ、多感な時期だ。気持ちはわかる……いや、すごいわかるんだけど歌姫は大事に扱われている。勝手なことはしないようにね。気持ちはすごいわかるけど」


 気持ちはわかる、とテオドールが言っているとなんだか本当にわかってくれているような気がする。

 たぶん、こういう人だからなのだろう。

 なんていうか、明らかにこの人は相当好奇心旺盛なタイプだ。


 封神龍樹の下で出会った少女のことを想う。


「優しい人は、救われるべきなんです」と言った彼女。


 俺の手を握ってくれた彼女。大丈夫ですよって励ましてくれて、それで……。


 大切に扱われている。鳥籠の中の鳥。

 彼女は幸福なのだろうか? わからない、けれど……。


 俯いているとラタリアからの視線を感じた。

 そちらを見ると目を逸らされる。

 まあいいや、と俺は首を振る。


「いろいろ教えてくれてありがとうございます」

「いいよいいよ。ディンの友達のためだしね」


 快活にテオドールは笑った。

 俺のことを差別しない封魔一族。法の名門の一員。

 なんだか、不思議な感じだ。


 テオドールが去っていく――。

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