第18話 秘境のお姫様2


「秘境のお姫様?」

「うん、たぶん、会った」


 ライルは疑わしそうな目つきで俺の足をぺたぺたと触った。

 なんだ男のくせに気持ち悪いな、なんて思っていると、「ふう」とライルはため息をついた。


「足は付いてるみたいだな」

「??」

「出会ったら死ぬっていう噂あったじゃん?」

「たしかに……!」


 慌てて自分の足に触れる。問題なく、俺の足は存在していた。いつの間にか幽霊になっていた、なんてオチはなさそうだ。


 呆れたようにライルは言う。


「お前出会ったら死ぬって話を信じるなんて……意外とメルヘンなとこもあったんだな」

「お前も信じてたじゃねえか!」


「たしかに」とライルは頷く。

 いや、そんなに簡単に流していいやつだと思わない。


「それでだな」とライルが言う。

 ……完全に流そうとしてるな。

 それを止めるべく、俺はライルの言葉を遮った。


「まあまてよ」

「……なんだ?」

「お前俺の足触って幽霊じゃないか確かめてたよな? なのになんで俺のことメルヘン呼ばわり?」


「ええー」と本気でどうでもよさそうな顔。


 なんなの……!


「まず第一にだ」

「はい」

「お前はちょろい」

「!」


 いったいどういうことなんだ……?


「例えば、の話だ。幽霊なんて不確かな存在を信じるやつなんてそういない。俺がお前ひょっとして幽霊? みたいな行動をしたらつられて俺もしかして幽霊なのかも……、なんて思う奴はメルヘンなんだ」

「……つまり?」

「俺の行動にお前は簡単誘導されすぎだ、お前、素直かよ」

「!!」


 嘘、だろ……?

 ちくしょう、俺はひねくれたやつだっていうのに。なんだか番人様からも似たようなことをされている気がする。


 まあぶっちゃけた話なんだけどな、とライルは一言前置きをして口を開く。


「この話今考えた嘘な」

「!!!」


 こいつの話術力すげえな、と考えてしまった俺は素直なのだろうか?


「ついでに俺は幽霊を本気で信じる派だ」

「どんどんぶっちゃけていくな」

「魔法があるなら幽霊だっているさ」

「メルヘンっぽくない回答をするあたりが憎い」


 つまり、ライルは本気で幽霊を信じていて俺の足に触れたが、俺も真似したのでちょっと作り話をしたわけだ。驚異の無駄な頭の回転の速さだな。


「寝癖はねてるぞ。そんなんだから電波拾ってくるんだよ電波少年」

「うるせえ!」


 悔しかったので「変態みたいに俺の足を撫でまわしやがって……」と呟くと、「誤解のある言い方をするな!」とライルが吠えたので俺は満足した。


「それで、秘境のお姫様なんだけどさ」

「おう」

「探しに行きたいから手伝って欲しい」


 俺は深く、あの子に感謝している。

『優しい人は、救われるべきなんです』と彼女は言った。

 実際、そう言ってくれたおかげ決心がついたのだ。


 ――今の状況に深く、感謝している。


 また、こうやってライルとバカなことをやって、楽しく過ごせている。


 ラタリアやディンとはそこまで喋らないけど、完全な無口と言うわけでもない。部屋でならディンとはそこそこ喋るぐらいには変化したし、のちのちに良い関係を築ける可能性が出てきた。

 残念ながらラタリアは俺とそこまで関わりたくない様子だが、今の状況だって昔と比べれば十分贅沢だ。


 俺は『秘境のお姫様』についてライルに話した。


 辛い時に声を掛けてくれたこと。

 背中をさすったり、手を握って慰めてくれたこと。


 容姿は噂どおり、この世のものとは思えないほど美しかった。

 神秘的で儚く、超俗的な雰囲気。

 見つめ返してくる翡翠の瞳。

 顔そのものは見えなかったが、きっと整った顔立ちをしているだろう。声だって綺麗だった。

 そういういろんなことを考えると、確かにこの世のものとは思えない。


 そんなこんなを話し終えると、「ははあーん」となにやらいやらしい顔つきをライルはした。


「そんなに気になるのかー」

「うん。あの子のおかげで、俺は救われたから。すごい感謝してるって、伝えたいんだ」

「ついでに告白もするか?」

「ん?」

「いやー好きになっちゃうよな! 優しくしてくれる女の子ってすごくいい!」

「え、待って、お前なに言って」

「おーい! ディン! ラタリア! カルマの好きな子探しに行こうぜ!」

「ぶっ殺す!」


 どう見ても止まりそうにないライルに武力行使を申し出た。

 うしろに回り込んで喋れないように口を手で塞ぐ。


 俺は不安になって周りを見渡す。

 一応、今いる場所は他に封魔一族がいない空間だ。俺たちパーティーで放課後の自由時間を過ごしている。

 無性に恥ずかしい気分になる。封魔一族の探索能力と遠くまで見える目を使って周囲を確認したが、たぶん、聞かれていない。ディンとラタリアを除けばだが。

 ……距離的にぎりぎり内容は聞かれていないかもしない。


 ディンがこちらに歩いてくる。


「どうしました?」

「んー! んー!」

「いや、なんかライルが秘境のお姫様を探しに行きたいらしくてさ」

「それは難しそうですね。目撃情報は封神龍樹の近くでしょう? そこに入れない以上、どうやって探すか……」

「んー! んー!」

「確かにそうだな。どうしようか」

「いちおう、ツテはあるので試してみましょうか?」

「んー? んー?」

「そんなもんあるのか」

「これでも法の名門のはしくれなので。兄上らへんに聞けばなにかわかるかもしれません」

「んん。んん」

「頼む」


 途中で疑問形になったりしているライルをスルーしながらそう言った。

 確かに、法の名門なら、なにか知っていそうだ。まさか本当に怪奇現象ってわけではないだろうし。


 ライルはまるで、「名案だ」とでも言いたげに「んん。んん」と言っていた。たぶん「うん。うん」と言っているんだと思う。

 仕方ないからほっとこう。


 そんな時に、ラタリアもこちらに近づいてくる。


「なにやってるの……」

「カルマが好きな――」

「わー! わー! わー!」


 再び口を塞ぐ。

 油断も隙も無い奴だ。


 ギブギブ、と腕を叩かれる。

 見るとライルは窒息しそうになっていた。


「ぷはあー死ぬかと思った」

「どうぞどうぞ」


 ライルがなにかを言いかける。

 同時に俺は即座に口を塞ぐ構えを取った。

 一瞬の攻防。みなぎる緊張感。

 白旗を上げたのはライルだった。


「やめよう、一時休戦だ」

「わかった」


 呆れたようなラタリアを横目に構えを解いた。


「アンタたち、ほんと仲いいのね」

「まあな」

「それなりに」


 ここでは強い結束力を発揮した。


 ライルがにやりと笑う。俺もじゃっかん悪い顔で笑った。

 少し凝ったのか、ライルが首を回す。


「それでなんだけどな。秘境のお姫様を探そうって話が出てたんだ。ラタリアも一緒に探さないか?」

「うーん」


 ちらり、と俺のほうに目が向けられる。


「私はパス」

「おう、わかった」


 ライルは追及しなかった。こればっかりは仕方のないことだ。


「よーし、じゃあ、お姫様をさがそー」

「おー!」

「……気合を入れるのはいいんですけど、なにもわからない可能性も十分ありますからね? そもそも、わかっていても教えてくれるとは限りませんし」


 冷静に言うディン。


「きっとなんとかなるぜ。おー」

「おー!」

「……あまり期待しないでください」


 そんなこんなで『秘境のお姫様』を探すことになった。

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