第17話 もう一度ーー
あれから二か月が経った。
俺は相変わらず孤独で、番人様は仕事で里にいない。
悩む。俺のしたことは正しかったのだろうか?
悲劇の主人公を望んでいた? 自己犠牲で誰かが救われて満足して、忌み子の俺はかわいそうなやつだって思いたくて?
違う。俺はかわいそうなやつなんかじゃない。
悲劇に溺れたくはないんだ。俺がなりたいのは陽気で、強くて、余裕のある、番人様みたいな人物で。
俺は番人になりたい。そういうものに憧れたから、その心だけは真のものだ。
封神龍樹の下で出会った少女のことを思い出す。俺のことを肯定してくれた、彼女。
『優しい人は、救われるべきなんです』と、とても綺麗な声でそう言った。軽やかに、まるでそれが疑いようのない世界の真実だと、信じ込んでいるかのように。
『祈って願いが叶うほど、世界は優しくない』と俺は思う。
優しさなんかで俺は救われるのか? 無理だ。世界は俺に対して優しくないのだ。むしろ厳しく、抗うことをやめたら一瞬で殺しにくるぐらいだ。
でも、と俺は思う。どうしても彼女の姿が目に浮かぶ。もしかしたらなにか、希望があるんじゃないかって信じたくなってしまう。
「よお」と男の声。
そいつはこの一か月間、俺が一言も話さなかった人物だった。
◇
「久しぶりってわけじゃないけど、なんか久しぶりだな?」
朗らかにライルはそう言った。
動揺する。
俺はライルを突き放したんだ。恨まれたって仕方がない。なのにライルは……。
「……どうしたの?」
「よっしゃ! 俺についてこい!」
かっとばすようにそう言うと、ライルは俺の手を掴んだ。
抵抗して逃げることは簡単だったけど、そういう気にはなれなかった。
迷っているのだろう。本当はライルとは関わらないようにすべきなのに、感情がそれを否定する。また昔みたいにバカなことをして過ごしたい。でも、それは俺の弱さだ。
俺はライルの手を振りほどく。
「……」
「カルマ」
力強い声。確信めいた、そういう類の態度。
「俺は新しくパーティを作ったよ。みんなそこそこいいやつだ。で、もう一人、人数が欲しいんだ」
快活に笑うライル。
「あっちの辛気臭そうなメガネがディンだ」
そう言い、指さす方向には現在俺と、相部屋となっているディンがいた。
ぺこり、と頭を下げる動作。
心臓が脈打つのを感じる。ディンと言えば俺を拒絶した筆頭のような存在だ。理路整然と。俺とは関われないと、彼は言った。
どういうことだろう。ライルはディンにこのことを知らせてないのか? ディンが俺を受け入れてくれるなんて絶対にないのに。
「よろしくお願いします」とディンが言った。
あっけにとられる。予想した拒絶がない。歓迎だってないかもしれないが……どういうことだろう?
「で、あっちのつんつんした女の子がラタリアだ」
「つんつんって……アンタねえ」
別のクラスの子だろうか?
……いや、確か同じクラスにいた気がする。
「最初に言っておくけど、私は反対したから」
俺を見てラタリアはそう言った。それに思わず、縮こまってしまう。
化け物を見る、目。
拒絶されること。
そういうのを感じると……どうしようもなく怖い。両親が俺をそういうものとして見た記憶は、依然として消えてない。
「まあまあ、カルマが信じられなくても俺を信じろ」
「……わかってるわよ」
言いたいことをきちんという性格なのだろう。少し気が強そうだ。
最初に俺に「反対した」と言ったのも彼女なりの礼儀なのかもしれない。
――でも、やっぱり。
「なあライル、俺、いいよ。ひとりでいれば気が楽だから」
「はー? 何言ってんだ。お前はそういう奴じゃねえよ」
「……」
「見てればわかる。遠慮すんな。お前は寂しがりやなんだから」
強い意志の籠った瞳。
「いいか? これは俺が決めたことなんだ。ここまで強く決めたことなんてないぐらいには、な。それでもお前はやめるのか?」
不器用な言い方だった。気丈に振る舞うその姿勢。確固たる信念を持ったその口調。
――でも、それははりぼてだった。
俺にはわかる。ライルは拒絶を恐れている。たぶん、ライルはここまでなにかに踏み込んだことがいままでなかったのだ。だからどうしようもなく怖がってる。
俺はそういうことを知っている。拒絶を恐れているからこそ、痛いほどライルの気持ちはわかる。でも、このままライルにもたれかかっていいのだろうか? それでは彼に……。
「俺を信じてくれ!」
……考えすぎなのかもしれない。
ライルはこんなにも必死で、俺のことを想ってくれて。
心が揺れている。拒絶の辛さを知っているからこそ、ライルを拒絶するのはどうしようもなく嫌だ。それに俺はまた、ライルと友達でいたい。
迷惑をかけるかもしれない。最終的には彼にとって損かもしれない。
また、同じ袋小路だ。ここには出口がない。
――しかし、
『優しい人は、救われるべきなんです』
そんな言葉を思い出した。
封神龍樹で出会った、少女の言葉。
確かにそうだ、と思った。これはライルの優しさだ。それを裏切るのは、なにか違うのかもしれない。
迷って迷って……結局、俺の心を動かしたのはあの日、封神龍樹の下で出会った少女の言葉だ。
彼女を信じていい気がする。
ライルを信じていい気がする。
――でも、ほんとうに?
「いいんじゃないですか?」と言う声。
俺とライルは驚いてそちらを見た。
ディンがくいっとメガネを上げる。
「僕は賛成ですよ」
なぜだろう。どういう心境の変化があったのか、わからないけど、ディンは俺を受け入れてくれている。
「私もいいわよ」とラタリアも言った。
ひとえにライルの徳のおかげだろうか? 俺のためにライルがいろいろしてくれたから?
「……だってよ」
機嫌よさげに、ライルはそう言った。
困ったみたいに、俺は笑う。
「仕方ないよな」
「ああ、仕方ない」
「本当にいいんだよな?」
「もちろんだ。俺はお前がいいやつだって知ってる。俺の鼻息がプリントを飛ばしたときとか、さりげなく拾ってくれたりとか、まあいろいろだ」
「……うん」
悩みすぎるというのは、バカげた行為なのかもしれない。
「お前のことなんてわかってるよ。どうせ俺が他の奴らと話さないから、それで離れていったんだろう? ほら見ろ。もうそんなことはないぞ」
全部、おみとおしだったのか。
「お前は寂しがりだからな、仕方ないから仲間を増やしてみた。ぜーんぶ、わかってるぞ? ひとりぼっちは寂しいくせに。なのに俺に気を遣いやかって。仲間のことを思いやるお前は結局、封魔一族なんだよ」
いつしか言った言葉を思い出す。
「俺はお前とは違う」「俺は封魔一族なんかじゃない」
そんなことまでライルは覚えていて、俺を肯定してくれて。
「パワーアップして戻ってきたぜ、友人よ。楽しい学園生活の準備はできているか?」
もちろんだ、と俺は言う。
「泣きそうな顔すんなよ。ほら、こういう時、なにを言えばいいかかわかるだろう?」
キザったらしい、彼の言葉。
迷うことなく、俺はそれに乗っかった。
「ありがとな、親友」
「どういたしまして親友」
ライルが手を差し出す。握手の構えだ。
俺はライルの手をがっちりと握った。
「ほら、そこの二人もこい! みんなで握手だ」
ラタリアとディンも参加した。
手を重ねあう。円陣のような形。
「これ握手っていいませんよね?」とディンが言う。
「細かいこと気にすんな!」とライルが答えた。
それを見て、少し俺は笑う。
「おいおいカルマ? いつからそんなに泣き虫になったんだ?」
「え……?」
自然と涙が零れていた。なぜだろう、と思う。まあ、わかりきったことだ。
にやり、とライルが笑う。
「これからも仲良くしような」
「うん」
「悩み事なんてお互い様だ。助け合いの精神でやっていこう」
「……うん」
ありきたりなこと。認められるということ。
ずっとそれが欲しかった。渇望していた。
俺のやってきたことは、無駄じゃなかったんだと思った。俺は存在してもいいんだって、心の底から思えた。
――ライルは、俺を救ってくれた。
やれやれ、とディンが首を振る。
しょうがないなあ、と言う感じにラタリアはため息を吐いた。
ライルが俺に笑いかける。
俺も、泣き笑いでそれに答えた。
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