第15話 友情とは


 考える時間はいくらでもあった。


 打って変わって満たされた時間。

 孤独ではない、誰かが隣にいてくれるという幸福感。


 だが嫌でも目に入るものがあった。

 それは俺自身ではない、大切な友人のこと。


 番人様が俺に言ってくれたこと。

 ミーファ教官が俺に言ってくれたこと。


 すべてすべて、とても大切で、ありがたい言葉だ。

 しかし、現実として俺は忌み子だ。周囲は俺を敵対的に眺め、それゆえに俺の周りすら巻き込む。

 現実は現実でしかない。それを認めないのは強さではなく、逃避だ。


 ――俺はかわいそうなやつか? と胸に問う。


 それに対してばかばかしい、なんて感じに答えた。


『俺はかわいそうなやつなんかじゃない』


 ――俺は弱いやつか? と胸に問う。


『俺は弱くなんかない』


 ――本当に?


 ライルは俺とパーティを組んでくれた。「あそこのパーティは人数がちょっと多かったからな」と彼は言っていた。きっとそれは事実だ。

 だけど――。


 目を逸らしていた。そんなことないんだって。俺のせいじゃない。俺はなにも悪いことをしていない、だから。


 ――でも、ライルは俺以外と喋らなくなった。


 なんでこんなことになってるんだ?


 知れたこと。結局、みんな忌み子には関わりたくないのだ。いじめの類なんて全く起こってはいない。でも、話したりはしてくれない。避けられている。


 ライルはずいぶんと社交的な奴だった。普通なら友達はかなり多くなるはずだ。

 ライルは面白い奴だし、気立てもいい。友人にするならこれ以上とない存在だろう。なのに、彼が俺以外と喋る様子を、随分長い間見ていない。


 なあ、と俺は自分に言う。


 ――わかってるんだろう? もう十分じゃないか? 楽しい思いをしたはずだ。たくさん遊んだはずだ。でも助けたことにかこつけて、縛り続けるのは卑怯じゃないか?


 そうだ。保身に走って、ライルの不幸を見逃すのは、気持ちが悪い。決めたんだ。あの議会で、俺がどういう風に認識されているかを知って、俺は彼にとってどういう存在なるべきか、わかったんだ。


『俺はかわいそうなやつなんかじゃない』と強く念じる。


 でも本当にそうだろうか?

 今まではそう思い込むことができた。しかし、ライルのことを考えて、俺がみんなから避けられているのを感じると、そうじゃないような気がしてくる。


 いやだいやだ、と泣き叫ぶ。

 でも現実の俺は平然としていた。表情に仮面をかぶせるのがうまかった。番人様は俺をそういうふうに教育した。


「もう、やめにしようか」


 ――驚愕の表情が見える。



 ◇



「……なあ、俺、なんかしちゃったか?」


 傷ついた表情で、ライルはそう言った。


「違うよ。疲れたんだ。他者といることが」

「嘘だ」

「嘘じゃない。俺は結局、忌み子で、業魔を内に飼ってるんだ。俺はお前らとは違う」


 ライルに縁切りを申し出た。俺の存在がライルの負担になっちゃいけない。だって……こいつはこんなにもいい奴なんだ。


 俺のせいでライルに他の友人ができない。忌み子の俺をみんなが避けるから、ライルが喋りかけられないのなら、取るべき行動は一つだ。


 ――他に手段があればよかったのに。


 でも、俺が忌み子である以上、他の解決策なんてないのだろう。それどころかライル以外の友人を作れないのだから、当然のことだ。


 これだけは認めたくなかった。

 それは俺自身に価値がないことを、自分で認めてしまうことになるから。


 これだけは信じたくなかった。

 しかし、現実がこうである以上、そこから目を背けるのは弱さだった。


 友人のことに対して目を背け、自分の最後の信条を裏切ること。

 それだけは、できなかった。


「なあ、正直に言ってくれよ。俺がなんか悪いことしたのか? 気に障ることとか。頑張って直すからさ、教えてくれよ……カルマ」

「なにもないよ。俺が、疲れたんだ」

「……」

「俺は忌み子だ。封魔一族なんかじゃ、ないんだよ。たぶん、それが理由なんだ」


 こんなにも突き放して、こんなにも彼を傷つけて。

 それでもライルは食い下がった。俺と友達のままでいようといてくれた。

 だからこそ俺も引き下がれなかった。俺のせいで、こんなにもいい奴を、不幸にするわけにはいかない。


「納得できない。他にもなにかあるんだろ? 俺も一緒に考えるからさ、話したくないかもしれないけど、話してみてくれないか?」


 のぼせあがってくる感情。もう全部言ってしまおうか、という気になる。

 でもそれは絶対にしてはならないことだった。言ってしまえばこいつは俺を全力で助けようとする。それでどうなるかなんて、結果は火を見るよりも明らかだ。

 ……だから。


「もう、やめてくれないか」

「……」

「……頼む」


 情に訴えるような言い方をした。こいつが優しいから、だからこそもう聞かないでくれ、と卑怯にも優しさを利用した。

 迷うようなそぶりをライルは見せる。


「俺は……」

「頼む、ライル」

「……」


 嫌でも目に入る、泣きそうな表情。


 罪悪感が胸にあふれる。本当は決定的な悪役になって終わらせるつもりだった。ライルは傷つくかもしれない。でも例え、ライルが俺を憎むようになっても、最終的にはライルには他にも友人ができるようになるはずだった。

 俺が受ける損害とか、そういうのを度外視してライルのことだけを考えてそう判断した。だけど、それじゃあ優しすぎるライルには弱くて、こんな卑怯な、情に訴えかけるような言い方をして。


 俺は忌み子だった。

 事実がどこまでも追ってくるけれども、ライルだって辛い思いをしている。

 ほんとうにごめん、と心の中で言う。


 苦しい、なんて言う資格は俺にはない。

 俺は、ライルを傷つけているのだ。


「ああ」と絞り出すようにライルは言った。


 俺はライルに背を向ける。

 それで終わりだった。



 ◇



 ――なんどもなんども夢を見る。


 それは悪夢だ。強い、強い業魔。両親をいたぶって笑う子供。まるで悪魔のような、邪悪な存在。


 いつだってそれを近くで眺めていた。

「やめろ」と叫ぶ。でもそれで何かが変わることはない。


 夢の中で、涙を流す。ここは現実じゃない。だからいくらだって泣いてもいいんだ、そのはずなんだ。


「カルマ」と呼びかける優しい声。それは俺の母だった。


「愛してるわ」「戻ってきて」


 それを笑って殴り飛ばすのだ。業魔は他者の涙など気にしない。

 父が立ち塞がる。


「カルマ」「私の声は届いているか――?」


 ――点で届いちゃいなかった。


 全く反応がないのを見て父が焦ったように大鎌を振るう。

 迷いのせいか、ずいぶんと中途半端な一撃だった。

 業魔は楽々とそれをかわし、父を吹き飛ばす。


 やめろ、と俺は言う。もう、みたくない。


 ――闇より深い静けさから。


 仮面を被った男が降り立った。

 だれも気づけなかった。気づけばそこにいた。


 マントをはためかせ、その仮面から覗く緑の残光が、怪しく線を描く。

 まるで、死神だった。


「お前は弱いな」と番人様が言う。


「かわいそうなやつだ」


 大鎌の一閃。

 たった一撃で業魔は倒れた。


「たぶん、お前はこのままなら死んだほうがいいんだ」


 つまらなそうに言う声。


「変われないのなら死んでしまえ」



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