第13話 異端裁判
「カルマ」
複雑そうな表情とともにもミーファ教官は俺の名を呼んだ。
「誤解なく……と言っても違うな。もう、あらかじめ言っておくよ。覚悟して聞いてくれ」
その剣呑な様子に唾を飲む。
何を言おうとしているのか。
良いことなのか、悪いことなのか。
「君は……議会に呼ばれている。あのダンジョンで現れた悪魔の件だ。普通、あんなところに悪魔が現れるはずがない。誰かがそこに配置したのは間違いないだろう。そして……」
言いづらそうに、まるで悪いことをしてしまったかのように、ミーファ教官は言った。
「この里に裏切り者がいるかもしれない。疑われているのは、君だ」
◇
俺は忌み子だから。
業魔を内に飼っているから、代々の忌み子はみな裏切り者だから。
疑いが向くのは当然のことだった。前例というものがある以上、目はこちらに向くだろう。
俺が代々の忌み子に会ったことがなかったとしても、俺がそんなことをするわけないじゃないか、と叫んだとしても。
「大丈夫か?」とミーファ教官は気遣うように俺に言った。
番人様は今、仕事で里にはいない。
ジャスミンもそうだ。
俺を守ろうと思ってくれる人は、誰もいない。
いや、番人様がはたして俺をかばってくれるだろうか?
師弟関係は非公式のものだ。番人様からすれば、俺をいつだって切り捨てられる。ヘクトールという有望な番人候補がいる以上、俺に大した価値はない。
『世界に変革が訪れる。封魔に滅びの時が来る。業魔は世界を救済せん』
業魔の伝説。
実際、これを信じている人はどれぐらいいるんだろう。
初代の賢者が行った予言。
賢者とは、長らく世を平和に保ってきた存在であり、限りなく全知に近いと言われる存在だ。人族で信望するものは多い。
だが、封魔一族は賢者と仲が悪い以上、賢者の予言を信じている者は多くないだろう。それどころか、こんな伝説を知っているのは議会や名門の上位層ぐらいという状況だ。
俺はミーファ教官を見た。心配そうな顔つき。
「大丈夫ですよ」と俺は言う。
実際、大丈夫とは言い難かった。
化け物を見るような、目。
そういうことをしてくる奴らのところに、俺は呼ばれている。
……俺は本当は殺されているはずだった。
番人様がいたから、番人様が俺の両親に恩があるから助けてもらえただけだ。
――俺を殺すことを決めたのは、議会だった。
ミーファ教官は「大丈夫」という言葉を信じていないかのように俺を見た。
でも、大丈夫だよって、平気なんだって振る舞わなければならない。
弱みを見せるのは嫌いだった。俺は番人様のような、強い存在になりたかった。
「私はもちろん、お前がやったなんて思ってない。そもそも子供にこんなことできるわけないじゃないか……! 普通に考えて絶対に無理だ」
「……」
扉の前に立っていた。
上質な宝石で飾られた扉。威厳のある、議会へ通じる門。
「絶対、大丈夫だ。いやな思いをすると思うが反抗的な態度は取るなよ? 万が一ということもある」
「わかってます、大丈夫です」
たぶん、と小さく、聞こえないように付け加える。
揺らいでいる。今更ショックを受けているのだろうか? もう、慣れてしまいたい。
いってこい、と背中を叩かれる。
少しこわばった、でも俺を安心させようとして作られた笑顔が、少しだけ俺の震えを止めた。
「いってきます」
扉を開ける。
中はとても、広かった。
荘厳な天井。煌びやかな旗や甲冑の数々。
まず、随分と年を取った老人が高い席に腰を掛けていた。
有名な人だ。封魔一族の最年長者『尊き長老』。
次に目につくのは長老より少し低い席にいる者たちだ。
見た目で何となく分かる。
いかにも賢そうなのは法の名門。
血気盛んに見えるのは鋼の名門。
そしてヘクトールに少し似ているのが……星の名門。
皆、名門の当主だ。
異常だった。普通、こんな偉い人たちは簡単に一か所に集まらない。
ゴーン、と鐘の音。
他の議員たちが立ち上がる。
裁きの時間が、始まる。
「忌み子、カルマ・ラジック」
重々しい口調で長老が口を開いた。
『忌み子』。
当然のように、長老は俺のことをそう呼んだ。でも……それは気にしたって仕方のないことだ。
緊張しつつも「はい」と俺は答えた。
「嘆かわしいことに、生徒の試験用ダンジョンで悪魔が出現した。中級クラスのものだ。運が悪ければ、誰かが、我らが封魔一族の子供が、死んでいた」
少しだけ、怒りの籠った声。
封魔一族は結束力が他の種族と比べて段違いに高い。仲間を傷つけようとしたものには、必ず制裁が下る。
「裏切者がいるのだ……」
囁くように、長老は言った。
「俺じゃありません」
「どうだか」
目配せ。
法の名門の当主が立ち上がる。
法の名門は里のルールや、鎖での拘束を担当している。番人はそのルールを変えたり、捻じ曲げたりできるほどの権力があるが、基本的な決め事は、彼らが作っている。
当然、その当主と言えば優秀な裁判官にもなる。
手元の法の名門の当主は手元の資料を読み上げた。
「六人の忌み子のうち二人が自殺し、四人が封魔一族を裏切ったという実例がある。前例に従えば忌み子は裏切り者だ。もっとも疑いがあるのは、七人目のカルマ・ラジックである」
「忌み子よ、反論はあるかね?」
まるで、もう俺が裏切者だと確信しているかのような口調。
「俺はやってない」
あんまりじゃないか、と思う。
まさか、ここまでとは思っていなかった。
俺はなにもしてない。昔の忌み子なんて、関係ない。
むしろ、そいつらのことは死んで当然だとすら思っているのに……!
「俺は、そんな奴らとは、違う」
「証拠がないな」
そう言ったのは星の名門の当主だった。
俺を見据える目。下のものを見る、見下すような目つき。
「……!」
必死で自分を抑える。ここで怒っても自分が損になるだけだ。奴らを見ろ。まるでそれを望んでいるみたいじゃないか?
……思い通りに、なってやるもんか。
パタン、と扉が開く。
現れたのはミーファ教官だった。
「その言い方は、あんまりではありませんか?」
怒りを押し殺した声。
星の名門の当主がミーファ教官を見やる。
「何をしている? そもそも外にいれば音は聞こえないはずだが?」
「耳がいいものでしてね」
「いいや違うな。お前は扉に耳を押し当てたんだ。いくら封魔一族とは言えそうでもしないと中の音は聞こえない。そういう仕組みになっているからな。さて、お前はそういうことをしたのかな?」
「……」
「生徒を導く教官として恥ずべき行為だ。やめたほうがいい」
ミーファ教官は耳まで赤くなっていた。羞恥と怒り。たぶん、その両方で。
「そのぐらいにしなさい」と長老が言った。
「なにものであれ、貶めることはしてはならない」
「わかっておりますよ。『尊き長老』よ」
意外なことに、長老がミーファ教官を庇った。
星の名門の当主はおとなしく引き下がる。
「有望なる若者よ。お前はそこの忌み子を庇いに来たのか?」
「……そうです」
「いいだろう。弁護人不在では不公平だ」
本当にいいのか、という顔を法の名門の当主がした。
長老はそれに頷いて答える。
「では、若者よ。言い分を申してみよ」
「……まず、彼はまだ第二次成長期にもなっていない子供です。そんな彼が誰にも気づかれずにダンジョンに忍び込めるでしょうか」
「可能だ。彼は忌み子だ。その能力は非常に高い」
「ですが星装気の計測では……」
「あれは偽装されたものだ。番人様が『忌み子で能力が高いと周囲になじめなくなる』と言われたから、特例で許されたのだ」
驚いた様子のミーファ教官。
俺は俯いてしまう。
ある意味、騙したようなものだ。別に伝える義務なんてなかったけれど、そういう問題ではない。
「で、ですが悪魔を持ち込むなんてどんな封魔一族のものにもできるはずがありません!」
「不可能ではない。彼は、忌み子だ」
ゆったりと、椅子に深く腰掛ける長老。
「忌み子は悪魔の声を聞くことができる」
――絶句。
周囲がどよめく。
どういうことだ、という声。
ミーファ教官の顔も青くなった。
悪魔の声が聞こえる。
それはまるで、忌み子も悪魔のような、邪悪な存在かのように……感じる人は、きっと多い。
裏切り者の忌み子の前例も相まって、そう思われても不思議じゃない。
「聞こう。忌み子よ。お前は悪魔の声を聞くことができるのだな?」
「……はい」
「では、語り掛けることは?」
できない、と言おうとした。
でも、それはもしかしたら悪手かもしれない。
前代の忌み子と悪魔の関連性はすでに知られてるかもしれないからだ。
悪魔に語り掛けた経験はまだ、ない。
だからできるかどうかわからない。
だがここで、「できない」と答えたとしよう。でも、本当はできてしまうとしたら?
……きっと、かなり心証が悪くなる。
「……わかりません」
「そうか、わからぬか」
……どうすればいいんだろう。
何を言っても無駄な気がする。
もう周囲は俺を悪魔のようなものと見なし、危険因子と認定している。
――もう、ダメかもしれない。
「お前は危険だ。よってここで今後の対応を言い渡す。それは――」
ははは! と笑い声。
それは当然、長老が上げたものではなかった。まして当主たちでも、周りの議員でもない。こんな雰囲気でそんなことをするなんて頭がおかしいとしか思えない。
――いったい、誰が?
「いつからいたので?」
「ひどいな~俺の存在に気付いてくれないなんて~」
「そういう風にあなたがしたのでしょう」
その間延びした口調はどこまでも場に合わなかった。だが、それが許される存在だった。
――番人様が、笑っている。
◇
「どうしてここにいるのですか」と、星の名門の当主が聞いた。
その質問を取るに足らないもののように、番人様は答える。
「そんなことは重要じゃない。そうだろ?」
番人様は仮面を被っていた。彼が仮面を被るときはいつだって事に残酷性が必要な時だ。いつもの間延びした口調のように、おおらかではいられない状況の時に、番人様は仮面を被る。
「誰だ、こんな舐めたことを始めた奴は」
――殺気。
いや、それは厳密には殺気ではない。封魔一族である仲間を、簡単に番人様が殺すはずがない。だから、それはいうならば、威圧感といった、相手に畏怖を与えるものだ。
「あなた様が出かけた後、議会の内容が煮詰まりました。――この里に、裏切り者がいます。簡単には外に出せない事案です。そこで、緊急にこの議会が開かれました」
少し怯みながら答える星の名門の当主。
番人様は肩をすくめる。
「すべて偶然か? 俺がちょうどいない時期に、俺とカルマが師弟関係であるのを議会は知っていたのに?」
「……そういうことになります」
「そうだな。できすぎた偶然かもな? 事実が分からない以上、聞くことはひとつだ」
辺りを睨み付ける。
「最初に提案したのはどいつだ?」
目だけで相手を凍り付かせそうなほどの気迫。
誰も、何も喋らなかった。
「儂ですよ、番人様」
いや、ひとりだけ。
ひとりだけ番人様の気に呑まれていない者がいた。
長老。封魔一族の中で最も長寿である、『尊き長老』。
「お前が?」
番人様が怪訝そうな顔をした。なぜよりにもよってお前が、とでも言いたげな表情。
「なぜそんなことを?」
「ドレイクの言ったとおりです。これは『緊急性』を要するものでした。そうだな? ドレイクよ?」
ドレイク。ようするに、これは星の名門の当主の名前だろう。
話を振られたドレイクは眉をひそめながら頷いた。
長老が話を続ける。
「誤解なきように言っておきますが、これには忌み子を殺す、などという目的はありません。しかし、忌み子が危険なのは事実。いくらあなたが師であろうが、監視がつくべきです」
「なるほど、お前らしい答えだ」
俺は、番人様がいない今、チャンスとばかりに殺されるのだと思っていた。だが長老によればそれは間違いで、ただ俺の監視を強めたかっただけらしい。
ほっとしたらいいのか、それでも警戒されていたことに注意したほうがいいのか。
「やりすぎだ。長生きしてきたお前の保守的な考え方もわかる。だが、これは他者の権利を無視していないか?」
「彼は忌み子です。裏切者の前例はとても濃いものなのです。これは、必要な事項です」
「お前……アレを知ってるお前が言うのか?」
「環境がその人物を育てます」
「……なるほど、お前の考えはよーくわかったよ」
なら、まずは可能性について否定しようか。そう番人様は言った。
「カルマが悪魔と手を組んで、生徒を殺そうとした。どこに根拠がある?」
「忌み子が誰かを殺そうとしたとは限りません。この事件だけを見れば、孤独であった彼は、友人を手に入れました。一番得をしているのです。この点を踏まえ、そして彼が忌み子であるのなら、せめて監視は強めるべきでしょう」
「手段について聞こう。カルマにその能力があるかどうかだ」
「可能性、という点では能力があるといえます」
舌戦をかわす二人。俺はそんな二人を見る。
てっきり、番人様は……少し頭が弱いと思ってた。でも、そんなことはない。
むしろこのいかにも老獪な長老と言い合えている、ということは、すごいことだろう。
かっこいい、と思った。確かに彼は変人だ。だけど……こういうことだってできる。
「悪魔は他種族とは手を組まない。全てが敵だ」
「忌み子には悪魔性がある『可能性』があります。現に忌み子は他の誰もが聞き取れない悪魔の言語を理解することができます」
「じゃあその反論をくれてやるよ」
勝った、と言いたげな口調。
番人様は何か、確信があるようだった。
「カルマは訓練で悪魔を殺してしまったことがある。意味は、わかるな?」
――違和感を感じる。
「それは――たしかな反論ですね」
――こんなにもあっさりと。
なぜだ?
きっとそれは――
「悪魔は全ての殺戮を願うものだ。悪魔を殺したということ。悪魔が殺してくれ、なんていうのか? 絶対にないな。つまり、カルマは悪魔と連携は取らないわけだ」
――違う。
悪魔は死を望んでいた。永劫の苦しみからの解放を切望していた。
復讐と殺戮だけで生きている、そんな生物ではない。
「……なるほど」
「カルマは悪魔を殺した。復讐を望む悪魔は、殺されたくなかったはずだ」
「では……議会はこれで終わりですね。忌み子の嫌疑は確実に晴れた」
おかしい、と思った。悪魔は邪悪。悪魔は殺戮を好む。悪魔は自分の苦しみより他者の苦しみを優先する――。
それが、皆の共通認識だった。あまりにも固定された悪魔のイメージ。
俺だけが違和感を感じている。
……俺が、悪魔の声を聞いたから、だから唯一それは違うって、思えるのか?
確かにそうかもしれない。知らなければ悪魔のことなんて、考えもしなかった。
奴らは絶対の敵で、死んだほうがいい悪。
封魔一族は他種族、特に敵対者に対して残酷だ。その残酷性は、相手への無理解と押しつけのイメージにつながる。
より彼らが悪であると考え、死んで当然だと思う。
――こんなことを思う俺が、おかしいのだろうか?
ゴーン、と終わりの鐘が鳴る。
パラパラと退場していく影達。
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