第12話 友達ができた!



 久しぶりに、家族の様子を見に行ってみた。


 ほとんど接したことのない妹。

 仲の良い父と母。

 理想の家庭だ。そこでは争いだって、すれ違いだってあるかもしれない。


 だが普通の幸せがある。互いが互いを大事にしている。

 そこに俺はいない。だけど……。


 遠くから見て、満足した。


 母がこちらを振り返る――。


 とっさに身を隠した。

 まともに見ることができない。


 ――化け物を見る、目。


 でも、俺はこの光景に満足している。

 俺の家族は幸せで、理想の家庭で。

 俺が納得している。

 だから、これでいいんだろう。


 俺は寮へ足を向ける。

 悩むことなんて、なかった。



 ◇



 今でもたまに夢を見る。

 現実で起きた事だ。

 俺は業魔で、両親を蹂躙している。


 父が大鎌を振るう。

 とてつもない早さだった。


 ――だが、まるで当たらなかった。


 あざ笑うかのようにかわし、父を殴り飛ばす。

 吐血し、倒れる父。


 母の叫び声。


 止まって、お願い、と。

 愛している、と伝えている。


 業魔は止まりはしなかった。


 身を引きずりながら立ちふさがる父。

 一瞬で吹き飛ばされた。


 ――業魔は笑っている。


 と、突然。業魔の動きが止まった。そして母の姿を見る。


 ――化け物を見る、目。


 夢はいつもそこで終わる。


 次に立つのはとてつもなく強大な力を秘めた門だ。そこに至る道まで、緑の炎が導くように灯っている。紋章の描かれたゴブレットが、行く先を照らしている。


 門が轟々と燃え盛る。緑の炎。星の力。


 俺を待ち構えている。そこに踏み出せば、どうなるかがわからない。

 なにも起こらないかもしれないし、発狂するかもしれない。


 わかるのは、一度くぐれば戻ってこれないというだけだ。


「今はいい」と声が聞こえる。


 知っている声。声は今、俺が通れば、失敗することを知っている。

 俺は業魔の門を見つめる。


 待ち構えている。飲み込もうとしている。そして……。


 景色が変わる。

 ここでは考えることができた。


 俺は存在していいんだろうか?

 誰からも嫌われているのに、価値がないのに。


 思い浮かぶのは鍛錬の日々だ。血のにじむ思いだった。

 ここまでしたんだ。せめて、少しでも報われたい。

 だが、俺は忌み子だ。


 俺は考える。

 ライルと一緒にいていいのだろうか。

 俺なんかが、俺みたいな奴が。

 その考えを振り払おうとする。


 自分を否定する考えは嫌いだった。そんなことをしても、ますます救いようがなくなるだけだ。

 ……でも、俺のせいで誰かが傷ついたら?


 俺がどれだけ傷つこうと、まやかしなんだって、嘘を自分に言い聞かせることができる。

 俺は不幸じゃないと、かわいそうなやつなんかじゃない、と。

 だが、他人に対してはそれができない。


 ――俺は、ライルの邪魔になるかもしれない。



 ◇



「カルマ、一緒に飯くお」

「バッチ来い」


 今日は給食の日だ。

 自分で食べるものを決めれる日もある。だが毎日ではない。

 席は自由だ。ライルと友達になるまではずっと一人で、寂しかった。


「さて」とライルはもったいぶった顔をする。

「じゃんけんの日だな」

「望むところだ」


 嫌いなものを相手に移すことができる。

 それが勝者に与えられる権利だった。


 俺はピーマンが苦手で、ライルはニンジンが嫌いだ。

 この前はライルがどや顔で俺にピーマンを渡してきたのでモッタン――もちもちに包んで泣きながら食べた。


「そうか、うまいか」とライルが言ったのを覚えている。


 今日はニンジンがある日だった。


「覚悟はできたか?」


 俺はライルに向かって不敵に笑って見せる。

 運の勝負だが気持ちの持ちようというものがある。


「それは負けるやつが持つものだ。勝者には必要ないんだよ」


 ライルはノリノリだった。

 平気そうな顔でニンジンをかじってみせる。だが内心はそうではないと、俺は知っていた。


 この勝負、絶対に勝ちたい。


「世の中にはジンクスというものがある」とライルは言う。


「なにいってんだ?」

「そこで流れ切るなよ! いいか、カルマお前は俺に何連続負けた?」

「二回だ」

「ああそうだ。こんなことわざ知ってるか。『二度あることは三度ある』。つまり、この勝負、俺が勝つんだよ……!」


 キマった、という顔でそう言った。

 彼は俺がとぼけたところを除けば、終始どや顔だった。実際はなにもキマっていないのだが、楽しいからどうでもいいことだ。


「ライルこんな言葉知ってるか……?」


 俺もどや顔で勝利宣言をする。それが様式美だった。

 だがなにも思いつかなかった。


「……知ってるか?」

「おう、なんか言えよ」

「……」

「おーい」

「ジャーンケーン!」

「なんか言えよ!」


 俺は負けた。


「ああああああああニンジン嫌だあああああああああ」

「ふっ」


 彼はクールに笑う。

 許せねえ、と思った。


「カルマはじゃんけんの時に緊張しすぎだ」

「……というと?」

「そういう奴はグーを出しやすくなるんだと」

「なるほど」


 そういうものらしい。なら、


「勝負関係なくじゃんけんしよう」

「いいぞ」


 チョキを出した。

 ライルはグーを出した。


「カルマ……お前、わかりやすいよな……」

「なんだとこのやろう……!」


 じゃんけん仙人みたいなこといいやがって……!


 俺はウサギのような気分でニンジンを食べる。

 自己暗示は偉大だ。

 例え嫌いなものでもおいしいと思えばそう思えてくる。嘘だ。


「お前は良く育ちそうだよな」

「俺はよく食べる家畜か」

「残念ながら愛らしさが足りない」

「俺の耳とかダメかな?」

「なんで耳!?」


 ウサギのような気分でニンジンを食べているからだ。

 俺は耳をひくひくと動かしてみる。なかなかできるやつがいない地味な特技だ。

 ライルからは「ええ……なんか気持ち悪い」と評価してもらった。

 ありがとう。


 そんなくだらないことをしながら過ごす。


 打って変わって楽しい生活。満たされている。

 なにをするのもライルと一緒だ。授業のペアだって、ひとりじゃなくなった。

 残念ながら、他の友人は増えなかったが。


 これからの試験のパーティーもライルとの二人ペアにしてある。

 ライルがそうしたのだ。前のパーティーは五人で、少し多かったから抜けてきたらしい。


 でも、それは……。


 ライルが俺の肩を揺さぶる。


「なあなあ、聞いたか、秘境のお姫様の噂」

「いや、知らないよ」

「なんだか出るって話だぜ。封神龍樹付近を遠くから眺めてたら、おっそろしいほどの美人がでるんだと。この世のものとは思えないほどって言う噂だ」

「なんだそれ」


 ははは、とライルが笑う。


「会うと祟り殺されるらしいぞ」

「下手な怪談だなー。ついでに誰か死んだりした?」

「そういう話は聞かないな」

「だろうなー」


 そういうものだろう。


「ああ、次は歴史の授業かー。だるいなあ」

「毎回寝てるけど大丈夫?」

「大丈夫さ。そこそこはこなせるほうだ」


 歴史は、将来、何になるにしても、必要な科目だ。それをないがしろにして、大丈夫だろうか?

 俺はもともと、かなりの土台があるから問題はない。お世辞と、頭がいいというわけではないので、授業中に覚えなおしたりしてるが。


 授業中はライルの「おごっ」とか、変な声とか彼の姿を見て楽しんだ。この時期は鼻詰まりがひどいらしい。

 彼の鼻息が紙でできたプリントを飛ばす。仲の良い人間の国との交易で手に入るものだ。俺は落ちたプリントを拾って、もとの場所に戻してやる。


 歴史担当の教師の声がつらつらと続く。


 封魔一族は五百年の歴史を誇る種族だ。

 人間の大国が六か国あった時代、そのうちの二つが消えたころに封魔一族は現れた。

 詳しいことは不明瞭。しっかりとした起源がわかっていないらしい。


 それからしばらくして、人間の世界を平和に保っていた『賢者』と言う存在が動きを見せなくなった。以前は封魔一族は賢者と仲がよかったのだが、その頃から仲が悪くなったらしい。

 これも原因は不明。歴史は穴だらけでわからないことだらけだ。


 封魔一族は敵対しなければ、どんな種族ともそこそこ仲良く過ごす。逆に攻められたら容赦はしないが、人間の国が攻めてきたからといって人間すべてを嫌うわけではない。


 思えば、封魔一族は比較的人間と近い生き物だ。

 外見は似ているし、文化もドワーフやエルフほど激しい差異がない。


 封魔一族、なんていうから人間かと思っていた、なんて奴も他の種族でいたそうだ。


 確かに紛らわしい。封魔族、と名乗ればいいのに、なぜだか、頑なに『封魔一族』と名乗る。

 たぶん、慣習なんだと思うけど。


 そんなことをしながら過ごした。

 今はとても、平和だった。

 こんな日がずっと続けばいいのに。




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