第11話 殺そうとしたのなら、殺されてしまえ



「呪ってヤル」


 悪魔の最後の声が聞こえた。

 それがどうした、と思う。


 お前は殺そうとしたんだ。だから殺されても、文句は言えないんだよ。


 力尽きた悪魔の頭蓋を見る。

 自分の中からゆっくりと抜けていくものがあった。

 憎しみに近い殺意。妄執に近い集中力。

 気張ったものをおろし、ゆったりとする。


 ふう、と一息つく。


 星装気の封印を解放せずに、なんとか悪魔を倒すことができた。

 中級クラスの悪魔になると、なにかしら能力を使ってくることが多い。この悪魔は魔眼だった。

 だが、俺の魔力耐性はかなり高い方だ。悪魔の魔眼は、通用しなかった。


 近くにいる生徒の様子をうかがう。

 疲れているようだ。投げた槍の回収もせずに、その場に座っている。


 ……どうしようか。


 やっぱり、なにか話しかけた方がいいんだろう。

 だが、もしも拒絶されてしまったら?


 その可能性は高い。俺は星装気の面を除けば、本気で戦った。

 レベルが違うと、感じたはずだ。そんな俺に、忌み子に、恐れを抱いても、なんら不思議ではない。


 ――どうしても踏み出せない。


 誰かに拒絶される感覚。

 化け物でも見るかのような、目。

 俺は生徒の方を見ることができなかった。


「おーい、大丈夫かー」


 そんなことを考えていたらあちらから声を掛けてきた。


 怯む。俺はどうすればいいんだろう?


「……大丈夫だよ」

「いやいや、左腕、怪我してんだろ?」


 とっさに負傷した腕を隠してしまう。


「ばか、一人で手当てできるのか? 手伝うよ」

「……なんで?」

「へ? いや、お前は俺を助けただろ?」


 呆けたようにそう言う。

 そういえばそうだった。

 俺は悪魔の気を途中で感じ、分かれ道を右に曲がったのだ。そちらは試験のゴールではなかったが、誰かがそちらにいたら危険だと判断し、その道を行った。


 結果、こうなった。悪魔が生徒を襲っていて、俺は悪魔を倒した。

 生徒が俺の左腕の手当てをする。たぶん、骨が折れている。


 そう伝えると彼は俺の腕を固定してくれた。

 封魔一族ならこれぐらい三日で治るだろう。


「……ありがとう」

「ばっか、それはこっちのセリフだよ」


 俺を見る目。

 最初はそれが怖かった。でも、その目は笑っていた。


「俺、ライル。鋼の名門、ライル・メチラトスだ。お前は?」

「カルマ・ラジック」


 俺は忌み子だ。それをライルだって知っているはずだ。

 なのになぜ、彼は俺をさけないんだろう?


「お前よくやるよな! 一人で逃げればよかったのに。カッコよかったぞ。ありがとな」


 ニカッと笑い、ライルはそう言う。


 俺のことが嫌じゃないのか? と聞こうとして止めた。

 たぶん、俺は心配しすぎたんだ。


「逃げないよ。封魔一族が仲間を見捨てるわけないだろ?」

「おう! それもそうだな! なにはともあれ」


 ライルが手を差し出す。


「俺たちは友達だ。まったく、めちゃくちゃ怖かったぜ。サンキューな恩人!」


 衝撃を受ける。

 急展開だと思った。

 いや……そんなことないのか。


 コミュ力の塊だと思った。距離の詰め方。物怖じしない、そういう類の。

 こわばっていたものが、取れた気がした。


「ああ、よろしく」


 俺は彼の手を握る。

 ようやくだ、と思う。

 友達ができた。


 悪魔を倒しに行ったのは打算ではなく、義務感に近かった。

 俺にしかできない状況だったから、俺は番人を目指していたから、そうした。

 でも、回り回ってこんなことになっている。


 俺は嬉しくなって、少し笑う。

 ライルも笑い返してくれた。




 ◇



「試験はドベかな? 俺たち」とライルが言う。


「まさか。さすがに事情を汲み取ってくれるさ」

「そうだよな。これは不公平にも程がある」

「一応、証拠として悪魔の体の一部を持って行こう。その方が説明がスムーズだ」


 悪魔は死ぬと体がぼろぼろと崩れ落ちる。その体の大半は魔力が元でできていて、死ぬと維持できなくなるからだ。

 だが、完全に消え去るということではない。


 俺は片腕を負傷しているのでライルが悪魔の頭を運ぶ。


 死してもなお、醜い姿だった。世の中を呪い、死んでいった物の怪。


 だが、こいつは封魔一族を傷つけようとした。だから、容赦なんてしない。


 罠を飛び越え、ミーファ教官のもとに戻る。

 幸運にも他の生徒には会わなかった。会っていたとしても、遠く、顔を視認するのも難しいような状況にしかならなかった。


「……! カルマ! 怪我をしてるじゃないか!」


 いきなり会うなり、ミーファ教官が声をあげる。


「大丈夫ですよ。ほっときゃ治ります」

「お前ほどのやつがどうしたんだ。まさか……ドジって転んだな?」

「違う……!」


 もっと凄惨な理由だ。


「きょ、教官!」とライルが声をあげる。

「どうした。なにかあるのか?」とミーファ教官が答えた。


 普通以上に厳しめの口調だ。


「そのですね、ダンジョンに悪魔がいました。これが証拠です」


 ライルがミーファ教官に悪魔の頭を渡す。

 瞬間、ミーファ教官から血の気が引いた。


「誰だ」と低い声。


 ――激怒していた。


 誰が悪魔をダンジョンに導いた。誰が生徒を、同胞を、手にかけようとした。


 そういう意味がこもっていた。

 ふっ、とミーファ教官の体から力が抜ける。


「すまなかった。少し取り乱したようだ。私が責任をもって議会に提出しよう。後は任せるんだ」


 今は落ち着いていた。

 俺は少しホッとする。

 ライルが手を挙げる。


「あのですね教官」

「なんだ?」

「……隠す必要はないじゃないでしょうか」

「うむ、確かにそうだな」


 何の話だろう。


「姉さん、カルマは結構いいやつだったよ」

「そうだろう、そうだろう」


 その会話で悟った。

 つまり二人は……。


「えーと、姉弟なの?」


 同時に頷く。そういうことらしい。

 ミーファ教官の厳しすぎる返答も、これが原因だったのだろう。

 身内びいきなんて言われれば、いろいろと困る。だから厳しめの対応をしていたのだ。


「ライル」とミーファ教官が言う。


「カルマは忌み子だ」

「うん」

「平気なのか?」


 わざわざ口にしなくてもいい内容だった。そんなことを言われると、気まずい。

 だがきっと、本当の狙いは。


「当たり前だろ?」とライルが笑い飛ばす。


「姉さん、カルマは俺を助けたんだよ。逃げればよかったのに、わざわざ俺を助けたんだ。仲間を見捨てない、なんて、いかにも封魔一族らしいじゃないか。そうだろ?」


 ミーファ教官は笑った。


「そのとおりだな。話してみれば案外普通だろ?」

「そうだな。なにも変なところはない」


 そう言ってライルは。


「なあカルマ。今まで避けててごめんな」


 そう言った。


 これだ。


 たぶん、ミーファ教官はこれを言わせたかったのだ。

 これからのしこりがないように、関係を清算する。

 これからを気持ちよく過ごせるように、なんでも言い合えるように。


「わかってくれたならなんでもいいよ!」と俺は言う。


 照れくさくて、少し上から目線な言い方かもしれない。

 なんだろう。昔から、照れくさいとこうなってしまう気がする。


 ――ずっと一緒にいようね。


「まあ、そういうことだ」


 ぱん、とミーファ教官が手を叩く。

 丸く収まった。なにはともあれ、ひとまず安心だ。


「あ、ミーファ教官」

「どうしたカルマ」

「俺たちの成績はどうなります?」


 少し考え込むミーファ教官。


「そうだな、まあ、少なくとも平均点以上だ。安心すると良い」


 まあ、すべて丸く収まったのだろう。

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