第10話 カルマ圧倒



 ◇



 ダンジョン内は暗い。だがそれは逆に封魔一族にとっては味方だ。

 封魔一族は暗がりでこそ強い。暗術や不意打ち、奇襲を得意とする、ゲリラ戦術に適した種族と言えるだろう。


 実際、番人様やその部隊はそういうことをやっている。

 忌み子の裏切りによって流出した封魔一族の遺体。それを使用したマジックアイテム。

 その持ち主を全て殺している。封魔一族に敵対するなら殺す。お前が直接殺さなくても遺体を弄て遊ぶなら殺す。そういう感じに。


 無論、こんなことをすれば人間の大国に狙われる。実際、番人様は王族だって殺す。

 小規模な報復戦争が、たまに起きたりもする。だが滅ぶことはない。


 なぜなら戦争で封魔一族は滅ぼせない。もともと姿を隠すのに長けた種族だ。そして、逃がせば封魔一族による報復がある。王族だって殺して見せるその手腕を考えれば、どんな国もおいそれと封魔一族に喧嘩を売ることができない。それほどに封魔一族の暗殺能力は高い。


 俺たちはまだ第一次成長期を終えたばかりの子供だ。だが封魔一族として、その能力の一端はある。

 暗いダンジョンだが、余裕だ。

 暇なので妄想友人ソラちゃんを召喚した。俺はソラちゃんに話しかける。


「なあ、ソラちゃん。俺、またひとりぼっちになっちゃったよ……」

『勇気を出さないカルマが悪いんじゃない!』

「なんだと!?」


 俺はダンジョン内を歩いていく。

 大鎌を前に突き出し、床を叩いていく。


 罠の確認だ。他にも飛び矢などを警戒しながら、先に進んでいる。

 ダンジョン内は広大だ。他の生徒とたまにあったりしたが頻繁ではない。


 今回の内容はダンジョンの奥にある石をとってくることだ。それがその地点に到達したことの証となり、帰って来た時間を評価される。


『そんなんだから友達の一人もできないんだよ! カルマ君のバカ!』


 俺の妄想友人はなぜだかやけに反抗的だ。


「俺の気持ちなんて……お前なんかにわかるかよ!」

『わからなくてなにが悪い!』


 さらには開き直りもひどい。


「……ッ! お前なんて嫌いだ!」

『ひどい……』


 所詮は妄想人格。ひどい、だなんて知らない。

 そう思った。


「嘘だよ! 本当は大好きだ!」

『……やったあ!』


 妄想友人に気を尽くす俺。

 ……俺は末期患者なのかもしれない。


『大丈夫だよ! カルマ君はここで一つ学んだ! 後悔したんだ! だからこんどはきっと、乗り越えれるよ!』


 おいおい、思う。

 ソラちゃんが少し、いいこと言い始めた。


 ……やばい、ちょっと楽しくなってきた。

 自分の今の精神状態が怖い。


 冷静に考えてみれば今の俺の状況はやばい。誰かに見られたらそれこそ死んでしまう。

 実際、そこまで大声で言ってはいないものの、耳のいい封魔一族が近くにいたら会話が聞かれてしまう……。


 こういうところだ。こういうので番人様は俺のことを天然とか電波少年とかからかってくるんだ。

 そんなことを言われると俺は「ちくしょう! 変人のくせになにいってんだ!」と返すが、どうみても俺が言い負けている。


 そういうことでソラちゃんは封印することにした。

 ばいばい、ソラちゃん。


『いかないでカルマ君!』


 最後までうるさかったなあ、と思い出に飛ばす。


 ……正直、精神的に参る。

 俺は誰とも話さない。喋りかける相手がいない。

 番人様に毎日会いに行っているわけではない。番人様は忙しい身分だ。やることなんて山ほどあるし……そもそも、俺がそんなに番人様に会いたくない。


 それはまるで学園生活がうまくいってないみたいで、それで番人様を頼っているみたいで……あまり、良くない。


 自分の弱さと孤独。

 それを認めたくない。

 俺は、不幸な奴なんかじゃない。


 恵まれているんだ。少なくとも、俺のことを考えてくれる人がいるのだから。

 番人様を失望させないためにも、必要なことだ。

 自分で、解決しなくては。


 俺は少し遅れて出発したが、ペースは非常に速かった。おそらく、トップの方に入れるだろう。


 分かれ道に出る。

 やけに罠とかの難易度が高くなっている。ゴールは近いということか。

 飛んでくる、先の丸められた矢を大鎌を振るって叩き落す。

 結構な数だ。普通の生徒がすべてかわしきるのは、結構、難しいのではないだろうか?


 だが番人様の斬撃に比べれば鈍い。欠伸が出そうだ。

 いまだに俺の体には罠に引っかかった形跡はない。パーフェクトでダンジョンを抜けれるなんて俺ぐらいだろう。

 別に自意識過剰とか、そういうものではなく、単なる事実だ。


 ……まあ、番人様との訓練は正直、地獄そのものだった。

 簡単に俺ぐらいできるやつは出てきてほしくないぐらいには、厳しかった。


 ふと、足を止める。

 違和感があった。

 波長。とても薄い。でも、これは。

 気のせいか? と思う。あまりにもあり得ないことだからだ。


 第一次成長期を越してから、この感覚を味わうようになった。

 自分の勘を信じるなら……急がなくてはならないかもしれない。



 ◇



 鋼の名門、ライル・メチラトス。

 それが少年の名だった。


 対して期待されている立場ではなかった。

 鋼の名門、直系の出ではあるが、五男という微妙な立ち位置。

 おまけに二十以上年の離れた兄たちはとても優秀だ。


 ライルという少年は気ままな性格だった。適当に班を作り、恵まれた能力で適当にその場をこなす。そういうことができるタイプだった。

 分かれ道に差し掛かった時、それぞれ別れて探索をしようとしたのもライルの提案だ。


 なに、どうせ死ぬような罠はない。誰かがたどり着いて、またここに戻って来よう。


「こっちは外れかな……」


 体には罠に引っかかった痕跡こそあったものの、そこまで数は多くない。それが、彼の優秀さの証だった。


 ふと、奇妙な感覚を感じてその方向に視線を向ける。


 ――どくん、どくん、と脈打つ黒いなにか。


 それに興味を引き付けられた。封魔一族として、こんななにかが起こりそうなものは、見逃せない。


 ――が大きく脈を打った。


 ひび割れていく。まるで卵が割れるような、そんな情景が目に映る。

 そしてそれは――醜悪な見た目をしていた。


「――は?」


 あるはずのないものそこにある。現実感がない。

 目の前にいるのは悪魔・・だった。

 体が動かない。


 悪魔の目が光る。強力な魔眼だ。まだ子供とはいえ、封魔一族に効果を及ぼすほど、強力な。


「……嘘だ」


 目をいっぱいに広げる。

 中級の悪魔だった。子供が絶対に太刀打ちできない。そういいう存在。

 その眼から視線が逸らせない。

 殺される、そう思った。


 ――音もなく、前兆もなく。


 少年が立っていた。

 長い髪を振りかざし、なにかを抱えたような強い気。


 悪魔がその少年を見て笑った。

 死にに来たのか? まるでそう言っているようで。


 突如、少年の姿が消える。

 ライルはそれに既視感を感じた。

 長い髪、溶けるように消える存在。それはある存在によく似ている。

 番人。英雄であり憧れの象徴。最高権力者でもあるそびえ立つ存在。

 そして、戦う姿は、無慈悲で残酷なその姿は。


 ――死神の足音は遅れて聞こえる。


 ライルはかろうじて少年の大まかな位置を掴めた。

 特殊な歩方、影のように疾走する姿。


 ――朧気纏い。


 ライルからは少年は同じぐらいの年、少なくとも第一次成長期の者に見えた。本来習得できない、封魔一族の隠術のはずだった。


「死ね」


 振りかざされる大鎌。

 いつの間にか少年は悪魔の背後に回っていた。

 悪魔はとっさに反応し、かばったその腕に傷を付ける。


 できた傷は瞬時に再生していった。


 悪魔は笑っている。


 少年は物怖じしなかった。

 それどころか、その大鎌の振り降ろされる回転速度は上がっている。


 ――おぞましいほどの集中力。

 ――妄執に近い執念。


 絶対に殺してやるというおどろおどろしい気迫。

 誰か譲りの、残酷な死神の気。


 悪魔はもう、笑っていなかった。

 魔法の発動と鋭い反撃。

 それをまるであざ笑うかのようにかわしていく。

 まるで始めから知っていたかのように、恐ろしいほどの修練度がそれを可能にしていた。


 ライルはそれに見惚れていた。

 美しく描かれる大鎌の孤。いくつもにぶれて光る刃の数々。

 戦いの魅了。高次にあるその戦闘は、見るものを惹きつける。


 ――悪魔の目が覗く。


 それはライルを見ていた。

 弱いものを感じ取り、直感的に理解した。


 ――こいつは足手まといなのだと。


 魔法の発動。

 攻撃を受け続けながらも溜めていた魔法を――ライルに向けて放つ。


「――あ」


 少年がライルの前に立っていた。

 氷の槍が降り注ぐ。


 それを大鎌を翻し、すべて撃ち落とした。

 驚嘆すべき反射神経だった。ライルは無傷で、自分以外の目標のものさえも撃ち落としたのだから。


 しかし。


 少年は片手を使っていなかった。いや、使えないのだ。

 どこかで怪我をしたのか、なんなのか。


 ――自分のせいだ。とライルは思う。


 自分に飛んでくる氷の槍が見えていた。少年自身に当たらなかったそれは、ライルにあたってしまうもので、無理矢理少年が片腕で防いだものだった。


 ケタケタと響く嘲笑。

 悪魔が笑っている。


「――殺してやる」


 少年が悪魔を睨み付ける。

 絶対に殺してやるという執念に似た射殺す眼光。死神の気。

 執念にも似たおどろおどろしい殺意。

 業深い、その敵意に。


 一瞬、悪魔は怯んだ。だがそれは一瞬だけで、すぐにも氷の槍が放たれる。


 ――どうすればいいんだろう。


 ライルは逃げることも、なにをすることも許されなかった。

 自分が恥ずかしかった。

 足手まといの自分。

 そこそこなんでもできると思っていた。


 だが実際はどうだ? 助けられて、足手まといで、少年すらも殺されるかもしれない。

 怯む心があった。悪魔は明らかに格上で、自分が敵う相手ではない。


 ――でも。


 それでもなにかできることがあるはずだった。

 己の名はライル・メチラトス。鋼の名門に連なるものにして誇り高き者なり。

 だから、立ち向かわなくてはならない。

 手には槍があった。

 そして自分がもっとも誇れる技は――。


「かわせぇー!」


 怒鳴る。大きく振りかぶり、投槍の体勢へ。

 少年が少し、笑ったような気がした。

 そしてゆらりと身をどける。


 氷の槍は小休憩とでもいうように止まっていた。それが致命的だった。


 ――放たれる槍。


 それは悪魔の体に突き刺さった。

 血のようなものを吐き出す悪魔。

 わずかに漏れる悲鳴。


 そしてその大きな隙をさらした後、警戒すべき対象を見ようとした。

 しかし、どこにもいなかった。


 ――死神の足音は遅れて聞こえる。


「お前のうしろだ」


 悪魔が振り返る。そこにはなにもなくて。


「――封魔一閃」


 大鎌による一閃。

 悪魔の首が高々と舞う。

 背後からの、攻撃だった。

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